第22話 要注意商工会

 「おお、おかえり!」


 兄弟の間でかわされる会話というのは、それが突然だったしてもあまり変わらないものだ。

 そしてその変わらなさに暖かい安心感と、帰宅の実感を得る。


 「ただいま」


 心地よい空気に頬が緩むのを感じながら、俺は久しぶりに顔をあわせる兄を見る。


 「ん?少しやせたか?…というかやつれたか?」


 意地悪そうな笑みを浮かべる兄は、しげしげと俺の身体を観察する。


 「兄さんはちょっと太ったんじゃない?幸せ太り?」

 「おいおいバカいうなよ、筋肉だよ、筋肉。ちゃんと引き締まってるだろ?」


 兄さんが着ているのは仕事用の鎧の下に着るものだろう。薄手ということもあり、鍛えられた体つきがよく分かる。が、前に会ったときよりも顔が丸くなったように見える。


 「リアンくんの言うとおりね。最近のポート、お腹が柔らかくなってきた気がするわよ?」

 「えっ…!そうか?うーむ…」


 考え込み始めた兄さんの隣。

 含み笑いを浮かべつつ話すのは、義理の姉のナイアさんだ。

 

 「ナイアさん、お久しぶりです」

 「おかえりなさい。むむ、たしかにちょっとやつれたかも。リアンくんちゃんと食べてる?」


 最近はレストロを夜に抜け出すようなこともないし、ウーミィや、エクペルを作っていた頃よりゆっくり出勤しているつもりだ。

 それでも、ニアに同じようなことを言われたし疲れが顔にでているのかもしれない。


 「それにしてもいきなり帰ってきたな、手紙くれたら美味いもの用意しといたんだが」

 「あら、いつも美味しいもの用意してるでしょう?」


 やや鋭い目つきで兄さんを見やるナイアさん。失言に気づいた兄さんは、いやいやそういうことじゃなくてね…、とどう見ても不利な言い訳を始めた。

 どうやら順調に尻に敷かれていっているようである。家庭内で奥さんが強いのは夫婦円満の秘訣、という人もいるしこの二人はこれでいいような気がする。


 「でも突然なら尚の事、お義母さんとお義父さんも喜ぶわ」

 「リアンは学園卒のくせに筆不精なとこがあるからな!親父達も寂しがってるよ。早速飯にしようぜ」


 玄関先でそんなやり取りをした後、俺は久しぶりの実家で食事をした。


 レストロでニアやトレラさん、キュリオさんと囲む夕飯は暖かかった。

 しばらくぶりに家族揃って囲む食卓もまた、心地よい暖かさに満ちていた。


 そんな食卓の中央には不格好なグラス瓶が並ぶことになった。その事実も実家で過ごす時間を彩ってくれたように思う。



 「そうか、アローグ辞めたのか。まあ大変そうだったしな、兄ちゃんは応援してるぞ」

 「…ポート私に何回自慢したか覚えてる?」

 「い、いやあ…何のことかなあ…」


 両親は俺が実家に戻ったことを本当に喜んでくれた。ウーミィを渡した時は飛び上がりそうなほどであった。気恥ずかしさはあったが、贈り物が喜んでもらえたことは想像以上に嬉しくて顔が熱かった。

 上機嫌を通り越した両親はあっという間にお酒が進み、さっき俺と兄さんで寝室に連れて行った所である。

 今は食事が片付けられたテーブルを囲み、兄と義理の姉、俺の三人で二次会といった様子だ。


 「自慢って…?」

 「いやいや何でもないんだ!特に話すようなことじゃない!」

 「リアンがアローグ工房に入った!あいつもすぐに一流技師になるぞ!…って何回も言ってたの」

 「ナイア、旦那の立場を察するのが妻ってもんだと思うんだが…」


 あっという間にかつての発言をバラされてしまう兄。

 とはいえ、そんなことを兄さんが言っていたとは思わなかった。クビになった手前非常に申し訳ない。


 「まあ…なんだ。リアンの思うような道具を作っている工房もないし、とりあえずコネっていうのか?そういうの作るには、アローグは有名だし良さそうだとは思ってた。

 それに出世すれば個人工房をもつ技師もいるって聞いたからさ、リアンもそういうのになるんじゃねえかと」

 「でもリアンくん工房入ってからますます帰ってこなくなっちゃって。すごいキツイ職場なんだろうね、ってちょっと心配だったの」


 兄夫婦はありがたいことにこんな俺を案じていてくれたらしい。

 仕事が忙しく実家に行く頻度が減ったのは半分くらい事実ではある。しかしもう半分は俺のなけなしの見栄がそうさせただけなのだ。

 気まずさと気恥ずかしさが地面から昇ってきて、どうにも落ち着かないのは自業自得であろう。


 「まあでも今も技師してるんだろう?ウーミィっていうのもなかなか綺麗なもんだったしな」

 「…いやあれは俺が作ったんじゃなくって…」


 気恥ずかしさもあり、ウーミィは王都の端に出向いた際にたまたま見つけたものだ、と説明して渡したのだ。俺が魔法技師として作ったとは告げてはいない。実際キュリオ工房の商品だし。


 「ただのお土産を喜ばれても、あんなに嬉しそうな顔はしないと兄ちゃんは思うけどなあ…」

 「私も旦那様と同じ意見だけどなあ…」


 チラチラとこちらを楽しそうに見やる夫婦。

 妙なところで旦那を立てるのはやめてください。


 「リアンくんの言うとおり、王都の端のお土産ってことならまた買ってこれるんだよね?」

 「そうだな、王都の端だもんな。すぐだよな」

 「お義姉さんの分もお願いね」


 とてもいい笑顔でちゃっかりと希望を通すナイアさんには敵わない。まるでどこかの受付嬢のようである。

 ひとまず次に帰省する際に新しいウーミィが必要になるだろう。

 

 「それじゃあ私は先に寝るね。今日は飲みすぎてもいいよ」


 最後にくすっと笑ってみせると、ナイアさんはそう言って寝室に向かった。

 きっと兄弟の時間を作ってくれたのだろう。気遣いのできる奥さんだ、兄さんが羨ましい。


 「それで結局今はどこで働いてるんだ?ウーミィの件は置いといても魔法技師やってるんだろう?」

 「まあ、一応ね。商工会に個人で所属して仕事をさせてもらってるんだ」


 ハンブル商工会ノースモア支部の知名度はほとんどない。試験を課す変わった商工会の噂も流れてはいるが、地理的に近い地域か、魔法技師、商工会関係者の一部くらいにしか知られていないだろう。

 一般の人なら尚のこと。街に溶け込むような建物の前を通っても商工会とは思わないのではないだろうか。


 「個人で所属?出世じゃないか!」

 「大きな商工会ならね。すごく小さい商工会なんだよ。所属してるのも俺と工房が一つだけ」


 皆が名前を知るような商工会に個人で所属すれば、それは出世といえるだろう。貴族やお金持ちのお得意様をある程度抱えることは必須条件だし、その時点で技術的にも認められている証拠である。

 そこまで行くと相手先に直接出向く場合もあるので、身なりもそれなりに整えるので見た目にも出世はわかりやすい。


 「そんな小さい商工会もあるのか。仕事があるんなら問題ないが、潰れないかちょっと心配だな。なんて名前のとこだ?」

 「知らないとは思うけど…ハンブル商工会ってとこ」


 実はサンライニとの外交窓口であり、商工会でもありながら、商店も始める謎の組織だ、とまでは説明できない。説明したとしても内容が突飛すぎて笑い飛ばされてしまうだろう。

 その内実を知らなければただのしがない商工会である。サンライニなら最近名前も売れてきたが、ノースモアでは名前が売れるようなことはほとんどしていない。路地裏で試験希望者を客引きしようとしていたくらいなのだ。

 

 当然兄さんも知らないと踏んでいたのだが。


 「ハンブル…商工会…!?リアン、本当にハンブル商工会に所属したのか…?」

 「えっ…兄さん知ってるの?」

 「知ってるもなにもお前…。王立騎士団的には要注意組織だよ…」


 どうやらノースモアでは、謎の組織の存在は認識されていたようである。

 しかも要注意って…。



 「いいか、リアン。何故かあそこは巡回哨戒区域に指定されてるんだ。最初は路地裏の治安のためかと思ったが、別に特別治安が悪いところじゃない。

 だから騎士団の若手の中でも噂になってな。付き合いの長い諜報部の同期に聞いてみたんだよ。そしたらハンブル商工会っていう建物周りの哨戒が目的だって話さ」


 秘密の外交窓口であったことを知ったとき、おそらく両国の腕の立つ皆様が監視しているはず…と思っていたが。

 どうやら俺は兄弟に監視される可能性があるらしい。


 確かに考えられないことではない。王都の治安維持組織の中でもっとも捜査権を行使できて、かつ鎮圧するための力をもっているとすれば王立騎士団だろう。

 元首階級への話が付いているということだったので、王様直属の裏の諜報部隊みたいなものが動いているのかと思っていたが。動いていたのは意外と身近な皆様であったようだ。


 「妙な犯罪に手を染めたりしてないよな?兄ちゃん、弟を捕まえるなんて御免だぞ」

 「いやいや大丈夫だって…!」


 ん?でも誘拐されたんだっけ。解釈によっては。

 ま、まあ俺が犯罪をおかしたわけではないし大丈夫だよね。被害者だし…大丈夫…の方向でお願いします。

 っていうか付き合いが長いとはいえ諜報部なんだからそんな簡単に話しちゃっていいのだろうか。機密だよね?

 俺が訝しげに聞くと、兄さんは悪そうな笑みを浮かべていた。…深く聞くのはよそう。ろくでもない話しかなさそうだ。


 「お前の事情聴取は簡単そうだな。すぐ顔に出るし」

 「最近それものすごく言われるんだけど…兄さんにまで言われると思わなかった」


 今更何言ってんだ、と笑う兄。

 転移扉や外交関係の話までは出ていないのだろう。王立騎士団所属の出世株とはいえ、若手には違いない。俺も余計なことは話さないことにした。


 「何か困ったら言えよ?言えないこともありそうだけどな。とりあえず元気でやれてるならそれでいい」

 「理解が早くて助かるよ」


 ニヤリと笑うと、兄さんは一度席を立ち飲み物を取りに行った。

 ふと気づくと俺のもつ木製のコップは空になっていたし、それを見越して取りに行ってくれたのだろう。


 こういう所は似た者同士の夫婦である。


 感謝の念を抱きつつ、俺も見習わないといけないなと改めて思った。



 「どうだこれ!期末の寄り合いでもらったんだ。珍しい魔法道具らしいぞ、見てみろよ」


 取りに行ったのは酒だけではなかったようだ。

 兄さんはその手に銀色のアモーリテ製のカップを持ってきた。やや大げさな装飾が入っている。


 期末の寄り合いというのは騎士団の食事会のことだろう。余興で景品のある遊びをすることがある、というのは昔聞いた気がする。さすが王立騎士団、景品が魔法道具とは随分太っ腹である。


 一般庶民が使うのは大抵木製である。取っ手を付ける場合は、一番安く手に入るいぶし銅色のアモーリテを成形し、後から組み合わせることが多い。


 そう考えると比較的高価な銀のアモーリテを使ったカップというのは、まさに貴族向けといった感じである。


 「カップ型の魔法道具なんて珍しい。使い方は?」

 「これは中に入れた飲み物を冷やせるんだ。冷たい酒を飲みたい時用だな!」

 「そ、それはまたなんというか…」

 「魔素の流し方には慣れが必要らしくてな…」


 俺の木製のコップに酒を入れた後、兄さんは銀のカップに酒を入れ、一体型になっている取っ手を持った。

 家では取っ手なしのコップで飲み物を飲むのが普通なので、ちょっと新鮮な光景である。


 「ちょっとまってろよ…この前は上手くいったんだ…」


 むむむ…と魔力をかけ魔素を流し始める兄さん。

 魔素の操作は苦手だ、と昔から言っていたが今はそうでもないのだろうか。


 しかし、随分と奇特な魔法道具である。

 貴族やお金持ちならものを冷やしておける魔法道具を持っているだろう。飲み物を入れたまま長時間放置するということはあまりないだろうし、その度に冷やしたい…とも思わないのではないだろうか。


 「だあっ!」


 あまり知的ではない声を上げた後、兄さんの飲み物は冷えた。

 それはもうしっかりと冷えた。


 「凍っちまった…。この間は上手くいったんだけどなあ…」


 …加減は間違えてしまったようだが。

 

 「この魔力の調整が難しいんだよな。せっかくもらったんだけど使いこなせねえんだ。こういうのはリアンのほうが得意だろ?明日の朝にでも挑戦してみてくれ」

 「え?明日の朝?」

 「一回凍っちまうと火で炙るくらいしないと溶けないんだよ、これ。いや魔法道具で温めるのもできなくはないんだけど、熱で回路が変形することもあるらしくってさ」

 「ああ…」


 一度失敗すると一晩お酒を楽しめないカップだった。効果はもちろんだが、その使い勝手も挑戦的である。


 後で聞いたが、王城近くにいる技師が遊びで作ったものを買ってきたものだったらしい。おそらくさほど高価ではなかったからこそ、景品として並べられたのだろう。


 考えてはいけない。俺のいぶし銅色のルーヴより高く売れそう…などと深く考えてはいけないのだ。


 「でも氷を作る魔法道具としては使えるんじゃない…?」

 「まあそうかも知れないな。ただ続けて凍らせると壊れるって言われたぞ」


 本来ならもっと長い回路が必要なところを無理に短く設計している。おそらく回路に無理がかかるのだろう。

 魔素の操作が上手ければある程度制御はできそうだが…、魔素訓練もある騎士団所属の兄でこれである。一般庶民にはこの魔法道具を使うことこそ訓練になるだろう。

 しかも一度失敗したら時間を置かなくてはならない。挫折が得意な末端技師は3日で諦める。


 「兄さんも騎士団で訓練してるのにね」

 「昔よりは魔素操作はかなり上達したぞ!アケイトの訓練の成績もかなり上になったからな」

 「アケイトの訓練?」


 兄さんの愚痴を聞いていた頃には聞かなかった訓練だ。

 俺は少し興味が沸いたので、内容を聞いてみる。


 「リアンには言ってなかったか。一人ひとりアケイトっていう石が配られるんだ。まあこう…両手で持つくらいの大きさのやつだな」


 そう言って兄さんは両方の手のひらを広げて、胸の前で円を描いて見せる。

 大体大人の顔が隠れるか、隠れないかくらいの大きさのようだ。アケイトという石については昔勉強していたので知っているが、訓練とはどんなものだろう。


 「で、このアケイトってやつに回路が彫ってあってな。魔素を流すとアケイトがどんどん重くなっていくんだ。

回路にはあれだ、よくある光がでるやつも使ってあって、流した量に応じてアケイトの何箇所かが段階的に光る。

で、すべての箇所が光った状態でどれくらいの長さ持っていられるか競うわけだ」

 「へえ…騎士団ってそんなこともするのか」

 「一応緊急時には魔法道具を使うこともあるからな!沢山魔素を流せるのは大事だ」


 あれ、でもその訓練だととにかく魔素を沢山流す訓練しかしてないよね。魔力を調整する能力は鍛えられていないんじゃ…。


 「先輩もアケイト訓練上位のお前なら使えるぞ、ってこの景品を勧めてくれたんだがなあ…」


 先輩の想像以上だったわけだな、と納得顔の兄。

 その時先輩はおそらくにやにやしていたのであろう。まあちょっとした悪戯だとは思うが。

 兄に真実を告げるのは辞めておこう…と心に決める。知らないほうがいいこともあるのだ。


 ナイアさんには完璧に使えるようになってからお披露目するつもりだったらしい。


 しかし翌朝俺たちを起こしてくれたナイアさんが、出しっぱなしのカップを見つけてしまった。二人でテーブルに突っ伏して寝てしまっていたので仕方がなかったのだ。

 話を聞いたナイアさんが、兄さんにあっさりと真実を突きつけたことも仕方がなかったのだ…。



 騙されやすいのは兄も同じらしい、弟の俺も気をつけないと。

 この時俺は、自分のことを棚にあげた後しっかりと鍵を掛け、そんなことを考えていたのだ。すでに手遅れであったとも知らず…。


 リアン教は人の善を信じていく宗教なのだ。邪教っぽいだけで、意外と純粋なのだ。だからこそ傷つきやすい。特に教祖はその傾向が顕著である。周囲の皆様におかれましては、隣人としてこの事をよくよくご理解いただきたい。




 …なので、騙されやすい教祖を弄ぶのは以降慎んで下さい。どうかよろしくお願いします。

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