016

 僕の前に現れたそいつは、焼死した今朝のことなど忘れたかのような、いつも通りの、普段の僕の肉体であった。

 ──その中に、得体の知れないものが入っていなければ、なのだけれど。


「おいおい、鬼火ちゃんさぁ……流石に校舎破壊は不味いだろ……夜の校舎であっても、壊し回っていいのは窓ガラスだけなんだぞ」

 そんな事を言いながら、天は少し驚いたのか、冷や汗をかいていた。

「学校なんてどうなってもいい。こんな、理解者のいない場所なんて、私は、別に、どーでもいい」

 僕の体が、女の子みたいな口調で話す。無論、僕の声で。

 すごい、違和感。

 いや、というか、気持ち悪い。

──じゃないだろ?鬼火ちゃん。それは、お前を生んだ鬼の、城崎美那の感情だ。お前の、じゃない」

 天はいつもの調子で言ってみせた。

「──ふふ、そうだね。そうだよ。その通り。私は、ただの写鏡。彼女から溢れた、感情の越流。それが私。ただ私が生まれた、私となったその感情に、従うだけ」

 鬼火は、掌に炎を灯す。

 その炎は、殺意の炎。

「それが、たった二人の人間への殺意だとしてもね。そうでしょ?──日向蓮っ!!」

 自分の大切な、鬼が、自分よりも彼を知ると言ってみせた人間如きに、何も出来ない人間如きに、何も知らない人間如きに、傷つけられた。

 不安定な感情なら尚のこと。

 殺意を抱くのは──容易だろう。

 鬼火は、僕に容赦なく、隙間なく、一斉に焔を僕へ向けて放った。

 殺意の矛先へと。

 今朝と、同じように。

 しかしその炎は、遥真によって遮られた。

「……随分とぬるい炎だな。人間は、こんなんで死ぬのか」

 僕の前には遥真が──鬼が立っていた。

 角を生やした、紛うことなき、鬼の姿で。

「遥真……これは、遥真の為なんだよ?邪魔しないで」

「何処がだ?何がだ?オレはこんなこと、全くもって望んでなんかねぇよ」

 遥真はわざとらしく指の骨を鳴らし、いつもみたいに、ニヤリと笑う。

 喧嘩相手を、見つけたらしい。

「それに、鬼火如きが、オレの幼馴染の体で、美那の言葉を使うな」

「悪ィな蓮。昨日の借りを返させてもらうからよ、ズタボロの肉体に戻るハメになるが、我慢しろ、漢だろ、つってなァ!」

 遥真は、そう言いながら、まさに、鬼のような右拳を鬼火の顔面目掛けて放った。しかし、その拳は軽々と避けられてしまい、壁に当たってしまった。

 その結果、壁の穴がもう一つ増えることになった。

「容赦ないなお前!?」

 やっぱり、昨日のこと割と根に持ってるんだなぁ……。

 はやく謝らないと。


 二人の戦いを眺めていた天が、ふいにおっ、と声を漏らした。

「体育館の方……何か動いてるなぁ……」

「……葵達?」

「んー、そこまでは分からない。けれど、こんな保育園顔負けのお昼寝タイム中に起きてるんなら、誰であれ、ほっとけないだろ?──遥真。ここは任してもいいかい?」

「……ハッ、あったりめぇだ!こんな所に何処にいるかも分からないオレのせいで、二回もこいつに蓮を殺されちまったら、たまったもんじゃねぇからな!」

 それに、と少し、言いとどまってから続けて言った。

「葵と、美那を、頼む。オレは葵を傷つけ、美那を、救えなかった。だから──天、お前達に、頼む」

 その言葉に対し、天は鼻で軽く笑った。

「頼まれるまでもないよ。そんなの、当たり前だ」

 天はそう言うと、僕の襟首を掴み、体育館へと走り出した。

 僕は躾の悪い猫か何かか?

 ぞんざいに扱われていた僕だったが、そんな時、見てしまった。離れていく、僕を見ていた、鬼火の表情を。

 先程までの、殺意とは違う──。

「なんで、そんな──」

 お前は、悲しそうな顔をしているんだ?

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