012

「ふぅん」

 天は呆れたようにも聞こえる、気の抜けた、声にもならないような音を発した。

「なんというか……いやいや、若いって嫌だね。臭くて堪らないよ」

 鼻を抑えながら言うもんだから、変な声色になっている。

 そんなのだったか、今の話?

 ──というより、お前も少ししか違わないだろ!?

「にしても、神宮寺の一人娘と接点があるとはなぁ……恐れ入るよ」

「あはは、まぁ、ね……」

 神宮寺。

 その名をこの辺りで知らない人などいるのだろうか。

「無理じゃない?付き合うの」

 真顔で言われた。

 なんかさっきから、僕に呆れ気味じゃないかこいつ?

「や、やってみなきゃ分かんないだろ!?」

「思いを伝えられさえしない癖によくいうね」

「……、……ッ……!」

 声にならなかった。

 全くもってその通りです。


 神宮寺の一人娘。

 紛うことなき高嶺の花。

 幼馴染だから。そんな理由で、僕が手を伸ばそうとする事さえ、あまりにも、愚かであった。



「まぁ、お前さんのそんな柑橘系の香りのする噎せるほどに甘ったるい恋バナは置いといて、だ」

「すっごい貶す!?」

「皮肉だよ」

「大差ないじゃないか!」

「かわにくだよ」

「正しい読み方を知らないのか!?いや、というより、何か言うことあるんだろ?早く話せよ!」

 時間ないんだよこっちは!

「あ、そう?なら話すけど」

 少し残念そうに口を尖らせている。

 いや、そんな顔されても困るんだが!


「恐らく、お前さんの読み通り、遥真君はここら辺にいるんだろう。関わりたくないらしいし。喧嘩──いや、一方的に殴られただけらしいけど、そんな事があったのに、お前と校内で会ってしまうのは、あちらとしても嫌だろうし」

 それと、と一呼吸置く天。

「もう一人、話を聞かなきゃいけない奴がいるし」

「……城崎のこと?」

「なんでそんな驚いた顔してんだ?」

「いや、だって……」

「自分とは接点がないから、か?」

 その通りだ。

 城崎とは、今年からクラスが一緒なだけの、会話を交わしたことがあったかないか、それさえあやふやなぐらい、関わりがない。

「あのな蓮。お前が神宮寺ちゃんを殴られそうになって激昴したみたいに、城崎ちゃんだって、彼氏ボコボコにされたら感じる物があるんだぜ?……ま、どうも、それだけじゃなさそうだがな」

「いや、僕は別にそういうんじゃ──」

「情けないなお前。自分にも正直になれないのか?」

「……!」

 心の臓に、ナイフが刺さったようだった。

 その言葉は、僕には、とても、鋭かった。

「──いや、悪い。今は関係ないことだな。すまない、忘れてくれ」

「……大丈夫」

 誰かに言われないと、分からないこともあるものだ。

 自分に、正直に──か。


「……あー……それで、定期的にくうに連絡をとって、あいつには星ノ原に行ってもらってる。お前さんの着てる制服、それ、星ノ原のだろ?」

「そう、だけど……制服とかも見えるんだ」

「ま、ぼんやりだがな。んで、さっきから、校内の怪しいヤツに声掛け回らせてる」

「だから、そろそろ──」

 タイミングを見計らったように天のスマートフォンが鳴る。

「ほうら、噂をすればなんとやらだ」

 天はにやにやと笑い、通話に出て耳元に携帯を添える。

「はい、もしも──」

『何やってんの天!?早く来てよ!!こっちかなりやばいんだけど!!』

 元気のいい少女の怒号が、ここからでも電話越しに聞こえてきた。

「うるっせぇなぁ!?どうした!」

 僕にも聞こえるように(おそらくは自分の耳が耐えられないから、だと思うけど、そう思うようにしておく)スピーカーフォンに切り替えながら、天は負けじと大声で話す。

『ビンゴもビンゴ、大ビンゴ!!活きのいい生ける死体リビングデッドと鬼女に絶賛追われ中!早く来てよ!!』

「リビングデッド?鬼火のことか──いや、なんで鬼火にまで追われてんだお前?」

『それは、私じゃなくて……ちょ、お姉ちゃん!?』

『蓮!?どうしたの?私だよ!蓮までおかしくなっちゃったの!?』

「葵!?」

「はぁ!?クソ、最悪だ……!」

 何だ、何が起こってるんだ?

 天は駆け出しながら話し続ける。

「空っ、とりあえず葵ちゃん守っとけ!すぐに行くから、なんとか耐えろ!場所は学校なんだな!?」

『いや、少し移動してっ──うぁっ」

 ──短い悲鳴と共に通話が切れた。

「空っ、おい!?──あぁ、もうっ」

 天は、人混みを縫うようにして、人並み外れた速度で走る。

「な、なぁ、これ!大丈夫なのか!?」

「そんなわけあるか!どこをどう聞いたらそう思えんだよ!」

「それに、犯人は……ッ」

「そう!城崎美那!あいつが、鬼だ!ついでに、お前と同様に、神宮寺葵!あいつも殺意の矛先だ!」

 葵と、もう一人、天の仲間が、城崎──鬼と、鬼火に、追われている。

 そして、殺意。

 ──あんたらなんか、

 そう、言っていたのだと、今なら分かる。

 勿論、既に僕を焼き殺したようなやつだ。空という少女にだって、容赦しないだろう。

「とりあえず、学校だ!遥真くんのことは後に──」



「オレが何だって?」



 僕達の行く手を遮るように、織部遥真が立っていた。

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