第20話 脅威と狂気

 とある街の外で、二人は向かいあっている。片方は淡青に光る槍を構えている。もう片方は黒いオーラが立ち上り、捻れた日本刀を担いでいる。捻れた鞘が雲散霧消し、中からは赤と鈍色の刀身が顕になる。


「やっと会えた。面の男…………貴様を殺す」

「核を間近で食らってよく生きてられたな。俺の世界とは原理が違うようだ……殺す、ねえ。良いだろう、精霊の寵愛が消えたお前に何が出来るか、見せてもらおう」


 ――――――――


「兄は残念だけど進むしかないかぁ……」


 後ろ髪を引かれる思いでダンジョンに戻った3人は、さらに移動を開始した。目的地は決まってはいないが街に行きたい。ここで悪いのが、誰ひとりとして地図を持っていないことだ。


 これではどこに何があるのかさっぱりわからない。地中を真っ直ぐ進んでみる。半分寝ながら移動していると、ダンジョンが急に停止した。舌をかみそうになった。


「街があったか?」

「ええ。そこそこの規模の街があります」


 たしかに、奥になかなか大きめの門が見えた。地図を買えそうだ。ぬるはすぐにダンジョンから出ようとするが、ルミナに止められた。


「なんだよ」

「少し待ってください。外に何かいます」

「何がいるって?」


 ルミナが言うには、ダンジョンの真上はモンスターの棲家らしく、大量のモンスターが感知できたそうだ。外道の圧殺をほとんど機能停止させた今、相手を威圧することは出来ないだろう。



 一方その頃、『救国の勇者』シューバリエはリハビリを終え、再び冒険者に復帰した。

 今までと違うのは、武器は光る短剣ではなくアキュートが使用していたものとほとんど同じ形の長槍になった事だ。腕の怪我が思ったよりひどく、剣を長時間振るえなくなっている。なので、より軽い素材で作られた槍、【ベリアルグング】に変えたのだ。触れたものに炎と水のダメージを与える能力を持つ。

 そして、シューバリエはパーティを解散した。これは、自分の戦いだと思っている。


「次は倒す。仮面の男……皆の敵だ」


 シューバリエの目にも、強い覚悟ともう一つの感情が宿っていた。それは――――



「やったぜ! 地図があるだけですっごい安心するなぁ!」

「良かったですね、マスター。それで、マスターは地図を読めるんですか?」


 唐突に黙り込むぬる。面の奥で表情は見えないが、こころなしか冷や汗を書いているような気がする。


 ルミナは知っている。ぬるは地図などは全く読めない極度の方向音痴なのだ! 昔から学校への道を忘れる、家に帰れなくなる、お使いに行かせると帰ってこない等、数々の問題行動を起こしているのだ。


「仕方ありません、私が読みますからぬるさんは静かにしてて下さいね?」

「はい」

「従ってくださいね?」

「え? あ、はい」


 どっちがマスターだっけ。などとぼんやり考えながらダンジョンへ戻ろうとする。後ろを向いた瞬間、強烈な魔力と禍々しい気配がぬるを襲う。


「な、なんだ!?」

「ぬるさん! あれは……」


 街の奥から歩いてきたのは、マントで顔以外を覆った、見た目華奢な女性だ。しかし、歩き方から顔の動かし様まで独特な雰囲気を漂わせている。腕はマントの下で確認出来ない。

 場馴れしている、ぬるはそう直感した。そして、ぬるに歩み寄りながらその女性は口を開いた。


「いた」

「外道の圧殺」


 ぬるは封じていたスキルを解放した。黒いオーラが溢れ出し、周囲は薄暗くなっていく。しかし、彼女は全くひるまない。むしろにこやかに歩いてくる。


「は? 外道の圧殺が効いてねえのか? それにその髪の長さ……お前何者だ!?」

「忘れたの?」


 その一言で充分だった。ぬるは生前、街で厳重に決められていた約束通り走り出した。


『人数が増えている、見知らぬ女の子に声をかけられたら後ろを向かず走って逃げる』


 フリートはすぐさま空間を捻切り、その中に飛び込んだ。ルミナは霊体のようになりぬるの中に戻った。スキルの一部であるルミナと距離を問わずに逃走できるフリートは、全員で八田様から逃げるのに最適だ。


「なんで逃げるの?」

「お前が嫌いだからだよ! 人にまとわりつきやがって! お前、八田様だろ!」


 相手は返答しない。しかし、追いかけてきていることは確かだ。うしろの足音が異様に大きく聞こえる。背中に指が触れる感覚を感じ、外道の圧殺で振り払う。黒いオーラの時点では完全に制御出来る。


「邪魔をするな」


 聞いたことのある声が耳に届いた。一拍遅れて何かが貫く音がする。振り向くと、八田様らしい女性の背中から長槍ジャベリンが突き出している。


「お姉ちゃんが……」

「邪魔をするなと言った」


 槍を振り上げると真っ二つになる。しかし、体が地面に着く瞬間、どろりと溶けだし、土に染み込んでいく。中からは、かなり年数の経った人形が二つに割れて出てきた。よく見れば先程おってきた女性と瓜二つの体つきと、服装だ。残念ながら逃げられたようだ。声の主は、こちらを振り向くとフードを取った。八田様の事よりも、目の前に立つ男の変化に驚き、すっぽりと記憶が飛んだ。


「……その仮面。ついに見つけたぞ」

「その顔は、なるほど。随分いい目で睨むようになったな? その目は勇者じゃなく、人間の目だ。もちろん正攻法じゃ来ないよな? そういえばお前、シュウとか言われてたな? それが名前か」

「だったらどうした。名前なんかどうだっていい」


 武器を槍に持ち替えているのは、剣が破壊されただけでは無く日本刀のリーチより長いからだろう。魔王の槍とも似ているが、形状からして突くことに特化している。それに奇妙な能力も備わって居るようだ。個人的に一番驚いたのは、その眼だ。確実に仇をとる、その恨みに燃えていた。異様な回復スピードも執念で体を半分以上騙したのだろうか。


「ずいぶん言うじゃないか。姑息な手は……」

「俺は俺の戦い方がある。皆が貴様の死を望んでる」

「あ、そう。あの国では有名人になったようだな。多分、俺に対する恐怖だと思うがね。勇者も倒し、魔王も倒した。その強さに恐怖したんだろ?」


 彼はまた、『うるさい』と吐き捨てた。図星なのかは定かではないが、ずいぶん嫌われたものである。あの眼をしたやつの強さは、尋常ではない。否、急速に力をつけるのだ。単純な強さとしては自分を超えているかもしれない。こちらも本気で潰さないと。


「ここじゃ人を巻き込む、町の外に出ようか」

「くだらない。どこで殺そうが俺の勝手だ!」


 槍を構え、突き出してくる。恨みが強すぎて落ちるところまで落ちてしまったようだ。もはや勇者ではなくただの復讐者だ。穂先を軽くいなそうとするが、思った以上に速い。刀の柄ではじき、確実に首を狙う。シュウはかがんでそれをよけ、今度は足を狙ってきた。ちょっと強くなり方が異常だ。しかし槍を扱いなれているわけではないようで、ところどころにチャンスを見て取った。


「随分と強くなったじゃないか」

「貴様を殺すためだ」


 シュウはすさまじい勢いで槍を振るう。一撃がどっしり重く、いなすことすら難しい。ぬるは後ろに飛びのくと刀を腰に回し、居合の構えをとる。すると、シュウの姿が眼前から消える。一瞬風の音が切れた。ぬるは居合の構えから、さらに体勢を低くする。頭の上を槍が通過した。次に蹴りが飛んでくる。


「強い……!」


 ぬるは一瞬刀を手放すと足をつかみ、ハンマー投げの要領で投げ飛ばす。そして地面に着く前に刀をつかみ、肉薄する。この強さだと、出し惜しみはもうできない。


「隙ありだ! 秘剣・左連乱斬」


 左側に刀を動かす。これで斬れる…………


 また、眼前からシュウが消えた。空間転移で横に飛ばれた。横から槍が飛んでくる。何とかいなしたが腕を軽く切られた。ぬるは、初めて体に傷をつけられた。驚きや怒りよりも、安心した。いざとなった時、自分を倒しうる存在がいることを。八田様に連れて行かれるくらいなら、強者に殺されたかったのだ。


「本当に強いな……性格はゴミのようだけどな」

「貴様さえ死ねば……!」


 ぬるは少し笑った。再度、体から黒いオーラが噴き出した。そして、また指からテキストが流れ出す。


 <null>skills. Disabled break→Gaien>


 赤い光が蠢いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る