第19話 魔王とは

 半分駆け足で村を抜けたぬるたち4人は、正村に自慢したいのと安全地帯に戻りたいということで、ダンジョンまで引き返してきた。


 ダンジョンを見た正村の第一声はというと……


「ピラミッドみてえだな」

「それは……言わないでくれ……」


 これでも、そこそこ効率的な形をしているのだ。色合いはともかくとしてパクリではないことはここに宣言せねばなるまい。

 そして、ここにきてまた食糧問題が発生した。村に行って盗む訳にも行かないが、正村が言うように皆この世にいないのなら、どうだろうか。


「はっきり言うぜ、樹利坊。あの世は死者が最優先だけど、この世は俺達生者が優先だ。消えた村から食料を貰おう」


 生者、か。果たして自分たちは本当に『生きている』と言えるのか? 正村は事故で、ぬるは病気で、それぞれ死んでいる。

 考えれば考えるほど分からなくなり、ぬるは思考をやめた。すると、ルミナが正村に向かって頷き、ダンジョンの出口に歩き出す。


「ちょ、何する気だよ? まさか……」

「食料を確保してきます、必要なことですからね。ぬるさんがどうしても気が引ける、と言うなら合理的な判断ができる私達3人の誰かが行くべきです」

「それはどういう事だよ!」


 流石のぬるもその言い草に少し怒る。しかし、ルミナはそれを流水の様にいなしながら視界から消える。続いて、正村とフリートも動き出す。


「お前は中途半端に優しいんだよ。人の兄貴を殺す勇気はあるくせに、誰もいない村から飯を戴くことが出来ない。この世界は俺らが生きてた世界ほど平和じゃねえし、甘くないってのは分かってんだろ?」

「マスター、時には非情になることも大切ですよ。とくに食品なんかは、腐らせてしまうくらいなら少しでも消費した方がいいと思いませんか?」


 2人もぬるに厳しい言葉を掛けながら歩き去る。言っていることは正論だ。とくに正村の言葉で忘れていた戦いの一場面を思い出した。そうだ、自分はもうこの手を紅く染めている。人から家族を奪っている。であれば、自分たちが生きるために貰っても問題は無い。


「倫理の外に出ちまったな、俺は……必定地獄行きだな。いや、八田様に連れてかれるのが先かな?」


 軽く目を閉じると、目を開けた。ぬるは立ち上がると、先に行った3人を追いかける。その目には『覚悟』の光が宿っていた。


「……ぬるさん、来るかな?」

「来るよ。間違いなくな。あいつは意見を受け止める懐の深さは一級品だからな」

「懐の深さ?」


 正村は棒を拾うと砂の上に絵を書き始める。言葉の意味がよく分かってない顔をしているフリートにルミナが説明している。


「寛容さ……とか、心の広さとかですね。ぬるさんは滅多に怒らないでしょ? まあ、それとは関係ないけど……あの人は豊かな感情で抑圧しなければ私たちの中で最も冷酷な判断が出来るし、容赦なく実行できる人ですよ」


「魔王アキュートを倒したのも、生かした場合に軍勢を差し向けられたらこちらが不利になることを理解した上での行動だと思うしな。その場にいなかったから分からねえが、昔から先読みに長けた奴だったよ。ま、深読みしすぎて稽古にならなかったことも多かったけどな」


 そう言いながら嬉しそうに笑う正村。ルミナとフリートも振り返る。


「俺も行く、ぼっちは勘弁してくれ」

「やっと来たか、遅かったな。ああでも、ちょっと待ってくれ。自信作を書き上げてからでいいか?」

「なんだよその絵は。イモムシか?」

「ちげえよ! ダックスフントだよ!」

「いえ、どう見てもイモムシです」

「ダックスフントが何かはわからないですけど、その絵は多分動物じゃないと思います」


 正村の自信作は散々な言われようだ。そう言われると見えなくはないが、胴体に線をたくさん入れているのがいけない。


「覚えとけよ、お前らが絵を書いたら……」

「今度やろうか?」

「いいですね! たまには楽しみましょう!」


 出場者4人のイラスト選手権が開催されるようだ。いつの間にか村の前に着いていた。奥には相変わらず神社がそびえている。だが、おそらく近づかなければ何もしないだろう。

 適当なお店らしき場所から野菜や保存の効くものを持っていく。

 しばらく食料調達を進めていると、大人数の人の気配がある。自分たちは取り囲まれているようだ。


「ぬるさん、囲まれてます」

「OK、知ってる」


 同じように勘づいたルミナが寄ってきて、注意してくれる。フリートと正村も帰ってきて、四人しっかりと集まった。正村が冷静な分析をする。


「たぶん追い剥ぎ同然の連中だ、囲み方が素人のそれだしね。手練ならもっと間隔を広げ、不意打ちと反撃を想定して逃げやすく攻撃しやすい場所を使う」

「じゃあやって来る。みんなが出なくてものせるでしょ」

「いえ、マスター、ここは私がやります。無闇に殺すべきじゃないと思いますよ」


 そう言うと、フリートは握っていた手を開く。すると、空気がヒビ割れ、剥がれ落ちる。いや、空間を破壊したのだ。ぬるはてっきり吸収と排出だと思っていたが、全く違うものだ。


「吸収と排出は副産物ですよ。私は引力の方向を変えれるんです」


 たった今フリートが作った空間を見ると、まるでねじ切れた様な形になっている。空間を引っ張り、ちぎったのだろうか。


「うわぁ!?」「なんだ!?」


 それぞれが素っ頓狂な声を上げ、囲んでいたらしい二十人ほどが空間から弾き出され、地べたに転がる。それを見下ろしながらルミナはぬるを正村の方に押しやる。パスされた正村はぬるをブロックしている。攻撃したら相手が即死するからだ。質問に答えさせる前に喋らなくなってしまっては仕方がない。


「なんで私たちを囲んだのかしら?」


 ルミナは高圧的に問う。彼女にしては珍しく、目線を合わせない。上から言葉を掛けているところを見たことがないぬるは、目を丸くした。

 縛ってないので、奴らはすぐに動こうとした。フリートが止めようとするよりも早く、正村が動いた。青い煙がなびくと、それと同時に動いたひとりの上半身が消し飛んだ。下半身は前のめりに倒れたが、不思議な事に1滴の血も出ていない。ぬるは驚きのあまり声も出ない。


「死にたくなけりゃ全部吐け。動けば殺す」


 正村は低い声で脅す。ぬるは三人揃って普段と違う事に焦りながら頭数を数えると、残りは19人だ。


「……始めるよ。あなた達は誰に言われて私たちを襲った?」

「俺達は何も知らない! 『この村に行けば飯を食える』と言われたから来たんだ!」

「誰に言われた? と聞いたんだけど。もう1人くらい消した方がいいかな?」


 最後列の1人を青い煙が囲む。その男は目に恐怖の色を浮かべ、泣き出した。そして泣きながら話し始めた。


「女だ。髪が長くて……」

「……隻腕か? 背丈は?」


 正村は何か察したのか、そう質問する。聞かれたそいつは、目に涙を浮かべながら続ける。


「両方腕はあった、背は俺より少し低いくらいだ」

「じゃあ奴じゃねえな。俺が出会った奴は腕が無かった」

「びっくりしたよ……」


 下半身のみになってしまった捕虜を見ないようにしながらそう言うと、正村も頷いた。


 ――その後、捕虜は全員解放した。自分たちのことを洩らさない事と、この村に来たことをも口止めした。


「……新しい脅威が動いたようだな。人の心を掴み、操ることに長けた者が」

「もしかすると、新たな『魔王』になる可能性もありますよ」


 適当な鉄棒をスコップに変え、簡素なお墓を作っていたぬるは顔を上げる。そして、こう言った。


「俺はどのみち地獄行きだ。だから、出来るだけ脅威は排除する。そいつの情報と八田様の情報を引き続き集める。兄、協力してくれないか?」

「一緒に行動してほしいってことか? 悪いがそれはノー、だな」


 思わぬ返答にたじろぐ。


「俺もお前も狙われていると見て間違いない、ターゲットは分散していた方が良いだろ? そんな顔しなくても大丈夫だ。定期的に情報を流すよ」


 そう言うと踵を返し、村の反対側にある森の方に歩いていく。それに対し、ぬるは止める手札を持ち合わせていなかった。一瞬悲しくなるが立ち止まっていても始まらない。


「2人とも、行くよ」


 一言だけ告げるとぬるは村の入口に向かって歩く。それを追いかけるルミナとフリート。


【ミ……タ】


 どこからとも無く、小さい声が聞こえたような気がした。

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