第15話 答

 ――ぬるは、夢を見た。幼少の頃にさんざん見てきた山の入口に立っていた。その時、自分の身に起きた、恐ろしい出来事を思い出した。ぬるの住んでいた地方にまだ残っている古い風習で、山に行ったのだ。その山は神隠しが頻発する山で、子供心に怖かったのを覚えている。


 風習の内容としてはこんなものだ。

 ・30年に一度の周期で現れると言う【八田様】に選ばれた子供は非常に強く育つ。だが、八田様は子供が大好きなので、選ばれた子供は必ず10年程経つと連れていかれてしまう。

 これを回避するには、10歳の誕生日にその子の隣に同じ背丈、服装の人形を右側に置いて山の入口で立っていること。八田様は目が悪いのと、ので残った右手で触りやすい右側の人形を連れて行く。


 結論から言うと、ぬるは八田様に出会った。確かに左手が無かった。顔は……思い出せない。髪は長かったような気がする。最近会った人たちの中の誰かに、記憶をくすぐるような似ている人がいたのかもしれない。


 この記憶によって、ぬるは一つの可能性に至った。だが、それより先に自分は選択し、決別しなければならない。


「俺は精霊を選ぶ」

『何ィ!? 貴様、何故だ!? いや、なぜ出てこれる!?』


 ぬるは今、目の前にいる不定形のモヤと話している。夢を見ているような変な感じはそのまま続いている。だが、先程までとは違い、山などは見えなく、自分というものを強く自覚できる。

 そいつはひどく焦った様子だ。コイツがスキルの悪魔って奴だろう。


「何故? 俺の体だからだよ。俺はお前に押し潰されて何も出来なくなってから、色々考えたんだよ。頭を冷やした、と言うべきかな?」

『違う! 舐めるな、そんな事で我々の権能を破れるわけが無いだろう!』

「権能かは知らねえが、お前は他所もんだろ? 生まれた時から見ていたわけじゃ無いだろ」


 おそらくそうであろうと思う。完全に勘ではあるのだが。しかし、図星だったようだ。モヤで隠れている顔に怒りがチラついた。同時に真紅の炎がぬるを取り巻く。鎧炎はこのスキルに由来するものだったわけだ。


「この炎もとんでもない強さだったが、体を蝕まれてしまう。死ぬわけには行かねえからな、スキル諸共封印してやる」


 それを聞いたモヤは、鼻で笑った。


『はっ! 貴様、スキルを封印できると本気で思ってんのか!?』

「出来るさ。改悪してすべての機能を止めれば、簡単だろ。俺の改造は、なんでも対象だ」



 ぬるの指先には、いつものように光の文字列が示されている。それを見たモヤは、先ほどの威勢はどこへ行ったのか、懇願してきた。



『やめとけ! 死にたいのか!? 俺が居たから……! やめてくれ! 消えたくない!』

「さっきまでの高圧的な調子は鳴りを潜めたな、すげえ哀れだぜ。でも、すまんな」





「この能力は一度使うと、無効化も元に戻す事も出来ないんだ」




 なおもやめてくれと叫ぶモヤに指を向ける。モヤの方は止めようとぬるを掴む動作をするが、虚しく通り抜けてしまう。


〈Null〉skills.sistemdown


 文字が緑色に光ると、流動しているモヤがピタリと止まる。黒いモヤの真ん中のあたりに白い光が現れると、その中に吸い込まれていく。そいつはまだ何かを叫んでいるようだが、ぬるは無視した。


「お前とは決別するよ。……怖い夢を見たからな」


 一瞬だけ、また、あの山の入口が見えた。奥に誰か立っている?


 ――――


「ぬるさん! 起きて!」

「……ルミナ?」

「何うわごと言ってるんですか! ここから離れますよ!」


 そう言うが早いか、ぬるの体はふわっと浮く。ルミナに担がれ、そのままダンジョンまで走って逃げる。ダンジョンに飛び込むと、「ボコォ!」と言う音を立てて地下に潜った。


 改造した時に作った業務用通路を使い、最深部までショートカットする。少しして、ベッドに叩き込まれる。ベッドに何かいるようで、もっこりしている。慎重にめくると、泣き疲れて眠ってしまったフリートが寝息を立てていた。心から申し訳ないと思いました。いまだにうっすらと残る涙の跡を指で拭ってあげると、ぬるは自分の選択は最善だと感じるようになった。


 ルミナが何か言いたそうにこちらを見ている。心配と安堵が入り混じったような顔だ。



「ぬるさん、あなた、うわごとで『八田様』ってずっと言ってましたよ。私は生まれた時からあなたを見てきた、と話しましたがそんな人物は記憶にありません。誰ですか? ……いいえ、その『八田様』は人ですか?」


「そんなことを言ってたのか……! 八田様って言うのは俺が生前住んでた地域の伝承だよ。地域の中には八つのデカイ田んぼがあってね、それを守って豊作にしてくれるのが八田様なんだ。だから人ではないな。後は、怖い話だ……。」

「どういうものなのですか?」

「一緒に遊ぶふりをして気に入った子どもを山に連れてく。その子供は見つからないままになる。もう一つは、妊娠したお母さんの近くで、どこかおかしな女の子が遊んでいるとその子供は八田様に選ばれてしまった、と言われる。そうなると風習に倣い、山に行って回避する。俺達には掟があったのは知ってるだろ? 『五時以降山には行かない』『山に入る時は必ず人数を数えてから』『もし、一人増えてたらすぐに逃げて森から出ろ』……それで一つ考えた事があるんだ、俺」


「そうだ、ぬるさん。その事なんですが、この世界にも同じような伝承があるみたいです。かなり遠くの街ですが、とある森に入ると何者かに連れていかれる。そして戻ってこない……。似てませんか?」


 それは初耳だ。と言うより先程まで、半分ほどの記憶が抜け落ちているので曖昧なのもある。しかし、外道の圧殺を停止したのは覚えている。


「似てるけど、それが俺の記憶に残っている八田様とは無関係だろ? 盗賊にでも誘拐されたとかだと思うよ。その手の怪異は……寄るな、見るな、聴くなってのは常識だよ」

「あぁ……。まあそうですね」


 しかし、確かに引っかかる。話を聞いてもいいかも知れないな。

 そう思いながら一旦は眠りについたぬるだが、また悪夢を見た。


『ねぇ、お姉ちゃんと遊ばない?』

『……へ?』


『離れろ! ジュリ!』

『お姉ちゃんと……………』


『走れ! みんな逃げんぞ!』

『ドウシテニゲルノ?』


『 なんで夜に山行ったんだ! ……和尚の所に行くぞ! お前ら一緒に来い!』

『オネェチャンガキライナノ?』


 どこからとも無く手が伸びてきた。顔に触れる。その感触は確かに、今まさに顔に触れられている。

 ――

「う、うわぁあああ!」


 目が覚めると同時に黒いオーラが噴出する。外道の圧殺は簡単に止められる代物ではないようだ。それに気がつくと心から落胆した。

 また、記憶を失ったり悪魔に取り入られたりするのか……。勘弁してくれ。


「おはようございます。ぬるさん、確かに悪魔は封じられてますよ。。これは、防衛反応です。あなたの意志が外道のオーラを再起動したんですよ」

「防衛反応……?」

「マスター! マスターですか!? ですよね!? うう……」


 隣で大声が聞こえたかと思うと泣き声に変わる。フリートも起きたみたいだ。寝る前にはルミナと『何も無かった』と口を合わせる予定だったのでそう答える。


「何も無かったよ。心配かけたね」


 まだ泣いてるフリートを軽く叩くと、ぬるは朝飯を作りに奥の方に入っていった。しかし久々に嫌な夢を見た。少し気持ち悪い。感触は間違いなく寝ている時に誰かに触られたと思った。


 そう言えば、スキル看破の店主が言っていた事を思い出した。


『何に愛されているか分からない』

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