第14話 創成の焔


「何としても俺は……生きる、例え世界を敵に回しても!」

「『ウォーターシュート・瀑帝ばくてい』」



地面が急速にぬかるみ、ぬるはバランスを崩す。一緒に沈んでいく刀をすぐさま掴むと、足元から『深紅しんく色の炎』が発生し、泥の地面を固めてしまう。


「バカが、自分で動きを止めおって!」

「『鎧炎がいえん』……!」


明らかにぬるの声ではない、何者かの声が彼から発せられる。吸い込まれるようにアキュートの槍が胸元に迫ってくる。

が、槍が当たることは無かった。炎が槍に巻きついていた。


「どうして炎に実体があるんだ……!?」

「放出」


槍に巻きついていた炎と共にぬるは後ろに飛び退く。すると炎が背中に集まり、巨大な翼を形成した。槍先からさらに水魔法が放たれるが、突き出された刀により弾き返される。天才的な技能だ。


「『鎧炎・ウェポンズバックショット』」

「な、何ィ!? お前ら一時撤退しろ!」


「うわぁあ!!」


炎の翼が動き出すと大量の火種を飛ばす。その火種は捩れると剣や槍に変化し、敵の頭上から雨あられと降り注ぐ。

ほとんどの部下が逃げれずに串刺しになってしまった。


「『鎧炎・ハリノムシロ』」


部下達の死に気を取られたアキュートには目もくれず、炎は地面を舐める。するとその部分が盛り上がり、地面から大量の剣が生えてきた。アキュートは転移魔法でかわしたようだ。ぬるの『転移無効』は自身が触らないと効果の対象外となる。


「うう……!?」


突如、ぬるが爆発に巻き込まれる。鎧炎はを触媒にしているので非常に不安定であり、ぬるにも大ダメージを与えるものだ。


――鎧炎の正体に最初に気がついたのは、ルミナだった。



「あの炎……まさか! 核が主成分なの……?」


ぬるは、それに答えるように指先に光を灯す。


〈null〉air.atomic


鎧炎がさらに広がり、ぬるの周りも先ほどとは比べ物にならない回数の小爆発を繰り返している。こんな危険なものを使い続ければ被曝し、無事では済まない。何としても止めねば。


「ぬるさん! こっちを見てください!」


ぬるはルミナを見据える。服や面から一部見えている体が黒ずんでいるところを見ると、かなり汚染されてしまっているようだ。しかし、半分スキルに呑まれていても多少の正気は残っていた。こちらの呼びかけに答えたのが何よりの証拠だ。


「……あなたは私と外道の圧殺悪魔の囁き、どちらを選びますか?」


ぬるにそう問いかける。ルミナの方向を向き、棒立ちになったぬるに向かってアキュートが肉薄する。


「スキありだ! その妙な炎と共に死に晒せ!」

「……」


ぬるは答えを返さない。が、アキュートの攻撃に対して鎧炎がぬるの前半分を覆い、攻撃を止める。次の瞬間、ついにアキュートの槍が溶けだした。


「クソッ!『水球スフィア』!」


金属部分が溶け落ちる寸前に水の球体が槍を包み込み、大きな音を立てる。再び冷やされた槍は、少し不格好になったがまだ使えるようだ。アキュートは構えなおそうとするが、ぬるの腕が先に動いた。鎧炎を置き去りにするほどの高速の刺突だ。使用者がその場から消えてしまった鎧炎は、数秒後に消えた。


鞘に収まったままの刀だが、切っ先が槍の先端に触れたとたんに柄にまでヒビが入り、アキュートの手の中で砕け散った。その隙を確実に取り、ぬるは刀を構えると体をひねる。鞘が解けるようになくなり、刀身が姿を現す。刃は鋼色だが、上半分は赤いレーザーで形作られている。返答しなかったぬるに対し、ルミナは『最悪の状況』を予感した。


「ぬるさん! もうやめ……」

剣・『霞ノ太刀』」


――刀が消えた。いや、刀はそこにある。しかし、目立つ色調の刀身はなぜか全く見えない。相手は空気を握っているかのようにも見え、且つひどく緩慢な動きだ。しかし迫って来ているであろう刃は『おぞましい』という形容詞が相応しいほどに速い。


「ウォーターベール『水鏡』!」


刀が水で作られた透明な盾に当たる。この魔法は受けた攻撃をそのまま相手にはじき返すことができる、【水魔法最強の盾】だ。

しかし、盾は上下に両断された。まるで撫でるように斬られたのだ。しかし、その一撃に優しさは一片も無い。無慈悲であり無情な力。アキュートは死の間際、幼少のころ聞いた「撫で切り」という言葉を初めて体感し、理解した。刀は、かの魔王ですらも斬り捨てた。


ぬるは一人笑う。もはや、この男は外道の領域に踏み込んだといっても過言では無い。歩き出そうとすると、目の前にルミナが立ちふさがる。


「……悪魔よ、私はを許さない。彼は……私のマスターだ! そのスキルと一緒に出て行ってもらうぞ!」

「ほう? ……今、この男に備わっている力と生前積み上げた技術。対してお前はただ再生することしかできない能力。どこに勝てる要素があるのだ?」


発言が完全に悪魔のそれに置き換わっている。生まれたときから見てきたルミナにはわかる。この『顔』は、ぬるのものではない。心に巣食う悪魔だ。ぬるは生前に一つ、重大な事故を起こしてしまい、その罪悪感から心の闇を抱えてしまったのだ。そこを悪魔に付け込まれた。


精霊の寵愛は、選ばれた人間の生涯を豊かにし、危険から最大限守るスキル。対して、外道の圧殺は自らの最適解となる道を作るために他人の幸福を奪い、容赦なく捨て駒に使うスキルなのだ。その二つを同時に持つぬるは、知らず知らずのうちに『人のために戦う』勇者を嫌い、『自分のために戦う』魔王を嫌う性格になって行った。

ルミナとしては、できれば勇者側になって欲しかった気持ちが強い。だがぬるがいじめられっ子を助けた時に、こういう道もあることを知った。


――――


「諦めろ、お前にはどうすることも出来ない。お前が死ねば、この男は俺のものになる」

「はぁ……はぁ……」


ルミナは未だにぬるに一撃も加えることができていない。対して、ルミナは身体中に攻撃を受けている。ぬるの足がひしゃげる程強い一撃を、何発もだ。


「ぬるさん……あなたは精霊か、悪魔か、どっちを選ぶんですか?」


先ほどと同じ質問をする。ほとんどスキルの悪魔に乗っ取られているので、帰ってくるのは悪魔の答えだろうが……ルミナは賭けに出た。


「……精霊だよ」

「!? ぬるさん!」


『き、貴様ァ……何故だ! 何故出てこれる! 感情の主導権は今、俺だ! 何故だッ!』



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