空を舞うクラゲ.06

今日は朝から体育の授業があった。女子が教室で着替えるため、男子は足早に追い出されそのまま体育館の倉庫に押し込まれる。男子は不憫なものだ。

「海ちゃん、今日バスケらしいよ。」

「本当?早紀同じチームでやろうよ。」

「やった!海ちゃんバスケやってるとき怖いけど同じチームなら心強いな。」

「怖いって何。」

「勢いがすごいから。バスケ部より上手いもんね。」

「そんなことないよ。てか、男子と合同かな?」

「練習はそうなんじゃない?」

「ふーん。男子と試合したいなぁ。」

「他の子がついてこれないよ。」

「そっか。ははは。」

私達は着替えを終え教室を後にした。


体育館からはすでにボールを弾ませる音が響いていた。少しうるさいが、バスケが好きな私にはワクワクする音だった。この頃、心が妙にモヤモヤするので久しぶりのバスケが楽しみだった。早く走り回って、シュートを決めたい。


先生の号令の元、授業が始まる。活発な体育係の生徒が前に出て、準備体操を指揮する。彼は元気だな。

私はだらだらと体を回しながら、周りを見た。

椎名の姿が見当たらない。あれ?どこにもいないではないか。

アイツはとうとう授業もサボるようになったのか。楽しい楽しいバスケだぞ。

私は呆れながら体育係の号令の元、駆け足で整列する。ありがとう、と中年の体育教師が彼に代わり皆の前に立つ。

「はい。じゃあ今日からの授業はしばらくバスケね。でもしばらくはドリブルとかシュート練習だけだから。チームも、先生がバランス良く決めちゃうからねー。」

「「えー!!」」

男子からブーイングが飛ぶ。私も声をあげそうになったが、真面目なイメージを保つために堪えた。不満だが。

「はーい静かに。今ヤジ飛ばしたやつ後で体育館一周ね。とりあえず適当に5列作ってもらって、体育館の奥から反対側までドリブル練習からしよっか。はい起立。」

先生の緩い指示の元、皆がだらだらと動き出す。ヤジを飛ばした男子達がランニングへと向かう姿を見送り、私は列に並んだ。


一通り練習も終わり、みんなの集中力も途切れて来た頃だった。体育館の端っこで遊ぶ男子。お喋りをする女子。先生は倉庫から折りたたみ式のテーブルを引っ張り出し、パソコンで何かしらのデータを打ち込んでいた。忙しいのは仕方ないが、私達を監視する仕事はいいのだろうか。

自由な空気感の中、私は1人体育館の隅のゴールを独占してひたすらシュート練習に打ち込んでいた。周りの雑音なんて、今の私には関係ない。目の前のゴールだけを見つめ、シュートを放つ。ただただ無心で、シュートを放つ。気持ちがいいくらいに入る。この感覚だ。


「海月さん上手だね。」

「えっ?」


背後に椎名が立っていた。


「海月さん、バスケほんと好きだよね。バスケ部入ったら?」

「あれ、椎名さっきいなかったよね?」

会話より率直な疑問をぶつける。

「え?そうかな。」

「そうかなってなんだよ。どこ行ってたの?」

「んー?秘密だよ。はは。」

椎名はそうやっていつも、私の疑問や興味をうやむやにする。いつもは特に気にならないような、「ふざけたヤツめ」「クソ椎名」で片付いてしまうような事なのだが、今日は違った。今日の私は何故か、とても腹が立っていた。

きっと試合ができなかったこともそうだが、この場の緊張感の無さも。先生も。生徒も。体育館も。

気に入らなかった。なんだろう。この心のガサつきは。なぜだろう。


「おい、クソ椎名!私と勝負しろ!」

気づくと椎名に食ってかかっていた。


「えぇ?いいけど俺も上手いよ?」

椎名はいつものように、へらへらとしている。

「よし。1on1ワンオンワンで5点先取で負けた方が言うことを何でも聞くってルールな。」

「それは後出しじゃないか。」

「勝てば関係ないだろ。」

「勝っても海月さんにしてもらいたい事がないんだよね。」

「私はあるぞ。二度と下の名前で呼ぶな、って言う。」

「俺の意見は関係ないのね。」

「ない。さ、やるぞ。」

「うへぇ。」



結果、椎名の圧勝だった。

開始前のやる気の無さが嘘のように私のドリブルは速攻で止められ、シュートも入らない。フェイントも見透かされてるように、椎名は完璧に守りきった。攻守が入れ替わっても椎名は完璧さは変わらなかった。ドリブルで華麗に抜かれ、椎名の手から離れたボールは綺麗な弧を描きゴールネットを通過して行った。私の焦りもあったが、椎名のフェイントに全て引っかかった。私は完全に負けていた。悔しさよりも驚きが優先されて、不思議と全然悔しくはなかった。


「海月さん。」

転がったボールを取りに行った椎名が帰ってきた。

「なんだよ。クソ椎名、上手いんだな。」

「言ったじゃん。上手いよって。」

「あんなに上手いとは思ってもみなかった。」

「ありがとう。もっかいやろうか。」

「え?」

「このままじゃスッキリしないでしょ。思いっきりやろう。」

確かにスッキリはしていない。疲れはしたものの、動いてる時間自体は短かった。言われてみれば、物足りない。


「いいの?」

「うん。お願いは後で聞いてもらうけどね。クタクタになるまでやろっか。」

「うん!やる!次は絶対負けないからな!」

「なら俺も負けないよ。あはは。」

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