第3話

「何度も社会現象になったゲームが、またしても」

 と言う見出しだったと思う。マスカレイドシリーズは、出るたびにニュースになるのは増田も知っていた。人気ゲーム故に小学生が発売日に学校を休んだりだとか、恐喝事件があったりだとかいう話ばかりだった。

 今回はそれとは少し違う。ゲームをクリアするために、多くの人と通信をしなければならないのだが、その冒険仲間を探すために、プレイヤー達が駅前に集まっている。それが、全国で見られるのだから、社会現象だとニュースは言っているのだ。インタビューに出ていた開発者は「家の中でゲームばかりしていると親に起こられますからね。このゲームが、ひとつのコミュニケーションアイテムになれば良いと思ったんです」と語っていた。

 なるほど、ゲームというのも、知らないうちに色々進化するものだな、と増田は素直に感心した。実際は当初予定されていたオンライン通信が技術的問題で実装されなかったのが原因なのだが、もちろん増田はそんなことは知りもしない。

 とりあえず、増田はゲーム機を開いた。これだけいるのだから、すぐに誰か一緒に遊んでくれる人が見つかるだろう。そう思ったのだが、甘かった。

 通信画面には、いつまでも「ショウタ」一人がいるだけだった。ショウタは増田のプレイヤーキャラクターで、名前はもちろん本名の増田翔太からつけた。子供っぽい三頭身の見た目に似合わない大きな剣を背負っていて、鎧は銀色に輝いている。目つきは少し鋭いものを選択していた。いつもは堂々とした立ち姿も、なんだか今は少し寂しそうに見える。

 結局、ここにいる人達は、これでひとつのグループなのだ。もう一緒に旅に出る面子がほとんど固定されていて、そこに突然見知らぬ増田が入っていっても、なかなか仲間にはなろうとはしてくれない。もとは皆見知らぬどうしだったのだろうが、しばらく一緒に遊んでいれば、そういう風にもなるだろう。

 しかし、増田はそれをよく理解していなかった。そのうちに入ってくるだろう。入ってきたら、なんと話しかければいいだろうか。そう思って十分もドキドキしていた。

 二十分がたって、待つのにも飽きた。なんだよ、話と違うじゃないか、と増田が壁に背を持たれかけさせた時に、ようやくゲームがピロリと音をたてた。

『ミオ さんが入室しました』

 画面には、ミオという名前の女の子が表示されていた。黒い帽子をかぶって、魔法使いのような格好をしていた。初心者でないのは見てすぐ分かった。レベルはショウタよりも十以上も高い。いかにも可愛らしげなドレスを装備しているが、実はショウタの鎧よりも二倍も防御力がある。

「すみません、僕初心者なんですが、いいですか?」

 増田はゲームのチャット機能で話しかけてみた。ダメだと言われたらどうしよう。

「いいよ~」

 ミオは、ゲーム画面でにこにこ笑ってこたえてくれた。


 四番目のボスが倒せない、と言ってみると、ミオは一緒に行ってあげると言った。

 みんなそこで一度は詰まるのだという。言うなれば、ゲーム攻略上のひとつのカベだった。プレイヤー達が仲間を求めてひと所に集まるのは、時々こういった極端に難易度の高いボスが居るのが一因になっていた。ゲーム会社の言葉を借りれば、強敵をみんなで倒して欲しい、とのことだ。

 ダンジョンの最深部にたどり着いた。一人ではここに来るのも一苦労だったが、二人で、おまけに高レベルのミオがいたおかげであっさりと着くことができた。

 しかし、問題はここからだ。何しろ、ショウタの防御力では、ボスの攻撃でほとんど一撃でゲームオーバーになってしまうからだ。

 すると、ミオは持っていた杖を振って、何かの呪文を唱えた。黄色い光がショウタを包む。

「これは?」

「ぼうぎょりょくアップの魔法!」

 それは心強い。二人はボスの部屋へと足を進めた。

 ボスの間では、巨大な牙を持った龍と人の中間くらいの生き物が玉座に座っていた。ただし、ミオとショウタの何倍もの巨体である。ギルナザークとかいう名前で、ゲームでの設定では世界を統べる四魔王のうちの一人、とかいうたいそうな肩書きのはずだった。

 しかし、これと戦ってみるとなかなかに恐ろしい。何度か戦った増田はそう思っていた。プレイヤーのキャラクターは三頭身で、いかにも子供向けなかわいらしいグラフィックなのだが、こういったボスだけはかなりリアルに作りこまれているのがこのゲームの特徴だった。そのギャップと敵の巨大さが、何やら奇妙な緊張感を生み出しているのだ。

 登場のセリフを言い終え、翼を広げてギルナザークが飛び込んできた。ショウタはなんとか避けようとしたが、間に合わなかった。思い切りダメージを負ってしまう。この開幕の突進でゲームオーバーになってしまうことも、増田は何度か経験した。まずい、と思ってショウタのHPゲージを見ると、残りほんのわずかのところで赤く点滅していた。もう一発喰らう前に、早く回復しないと。

 そう思っていると、ショウタの体が緑色に光った。見れば、ミオが回復魔法を使ってくれたようだ。強力なものらしく、ショウタのHPは全快まで回復していた。

「ありがとう!」

「おれいはいいから、早くこうげきして!」

 言われたとおり、ショウタは大剣で斬りつけた。相手のHPが表示されないため、利いているのかいないのかも分からない。それでもとにかくボタンを連打した。ギルナザークが振り向きざまに爪で切り裂いた。ショウタは再び吹き飛んで、HPが赤く点滅した。ミオはすばやく回復する。

 そんなことを、何度も繰り返した。斬っては吹き飛び、また回復され、駆け寄ってはまた斬る。炎のブレスでやけどをおって、部屋中を転がりまわる。空中からの攻撃になすすべもなく逃げ回る。

 とにかく走り続けた。ショウタが必死になって走るのを見ていると、なんだか自分まで疲れてくる。ショウタというこの少年を操作して戦っているのではなく、このゲーム機は、ショウタとミオを応援するための装置にすぎないような、そんな気がした。そういえば、現実世界では、もう何年もこんなに走った記憶がない。ボスとショウタたちの追いかけっこは、なんだか子供のころの鬼ごっこに似ていた。

 どれほど時間がたっただろう。ひたすらに走り回り、無我夢中で斬りつけたその末に、ようやくギルナザークは倒れた。他のザコモンスターと違って、倒されてもすぐに消えるのではなく、ギルナザークの巨体は足から倒れ、ゆっくりと地面に伏した。ずん、と重い音がゲーム中に響いた。

 勝利画面が表示された。レベルアップ。レベルアップ。大量の賞金。

「おめでとう! たおせたね!」

 ミオが笑った。ショウタはあわてて「ありがとえ」と返した。押すボタンを間違えたのだ。ミオは今度は、くすくす笑った。

 ゲームの中のことだというのに、すごく嬉しかった。小さなショウタが、大きな敵を倒したのが、自分のことのように感じた。いや、実際に操作したのは増田自身なのだが、それともまた違う。よくがんばった、と言ってあげたかった。それに、ミオにも。

「ごめんなさい。回復ばっかりさせちゃって」

「いいよ~。回復たのしい~」

 ミオはゲームの中でくるくる回る。

 すると、急に画面が暗くなり、不気味な文字で文章が表示された。

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