アナフィラキシー人生病の不心得者

ちびまるフォイ

昨日の内容を! 詳しく!!

「あーーあ、退屈だなぁ」


妻と別居してから毎日が同じような日に思えてならない。

退屈しのぎの遊び半分で人間ドックを受けてみると医者から言われた。


「アナフィラキシー人生病です」


「アナフィラキシーってあのハチのやつですか?」


「そうです。あなたはウォシュレットの水の勢いを

 いつも強くしているでしょう?」


「ええ、まあ」

「それが原因です」

「うそぉ!?」


「昨日と同じような日を過ごせば死にます。

 人間ドックに来てよかったですね。

 普通に過ごしていたら病気の存在すら気付かずに死んでましたよ」


「う、うわぁ……」


「とにかく、毎日の変化をつけることです。

 あとは必要以上に銭湯のお湯の温度を上げないことと、

 テレビのCMを飛ばさずに見ることで改善されます」


「嘘くせぇ!!」


とはいえ、帰ってネットで調べてみると病気は本当のようで

死にたくない一心で明日からの予定をびっしりと書き込んだ。


翌日、いきなり海外への弾丸旅行。


「日帰りで海外に行けるなんて、いい時代に生まれた!!」


アナフィラキシー人生病はささいな変化は誤差の範囲として受け止めてしまう。

昨日よりも早く朝起きようが、その程度の変化じゃ同じ毎日とされる。


「ふふふ、海外まで来ればさすがに大丈夫だろ!」


旅行しつつも頭の中には病気のことと、

桃太郎の桃を川に放流した第三者は誰なのかで頭はいっぱいだった。


旅行に終わった翌日には異業種交流会なるパーティへ参加した。

普段の俺では考えられない。


「私は飛行機のパイロットです」

「僕の仕事は美術館の監視員ですよ」

「我は魔王じゃ」


さまざまな人と交流して興味深い話を聞いた。

狭かった自分の世界がどんどん広がっていくような気がする。


その後も、友達と出かけたり、やったことないギャンブルやってみたり。

ふとした拍子に異世界救ったり、料理教室に行ってみたり。


「毎日はこんなにもエキサイティングだったんだな!

 毎日が退屈なんじゃなくて、俺が退屈にしていたんだ!!」


ここ最近は毎日気分が良くて、明日が来るのが待ち遠しい。


明日も、明後日も、その次の日にもたくさん予定を入れた。

アナフィラキシー人生病が俺を変えてくれた。ハッピーライフ。


< 危ない!! >


ニコニコ横断歩道を渡っている時だった。

どこからか聞こえた声に反応したときにはもう手遅れ。


赤信号を無視した車が目の前まで迫ってきていた。


 ・

 ・

 ・


目を覚ますと病院のベッドで寝かされていた。

吊られている自分の両足にがくぜんとした。


「せ、先生……俺は車に引かれたんですか……!」


「いえ、車に引かれる直前に

 あなたを助けようと、あなたを押し飛ばした人により

 電柱に激突して両足の複雑骨折になりました」


「ええ……意味ねぇ……」


助けた人は自動車をはね飛ばしてセーフだったらしい。

ケガしたのは俺ひとり。


「ま、こんな事故の日もある意味じゃ劇的な毎日だしいいかな!」


ポジティブに受け止めることにした。

最近の充実度が俺の思考を前向きにしてくれる。


でも、翌日になって急に焦り始めた。


「先生……この足って全治どれくらいなんですか?」


「かなりかかるとしか、今はなんとも……」


「困ります!! 昨日と同じ今日を過ごすわけにはいかないんですよ!!」


リハビリを始めるとか、車いすで出かけるとか

そんな小さな変化じゃ誤差の範囲で同じ日になってしまう。


いくら考えても答えは絶望しかない。


日も落ちてきたころ、死の足音が聞こえてくる。


「ま、まずい……!! このまま今日を過ごし終わったら

 間違いなく昨日と同じ今日になって死んでしまう!

 なにか! なにか方法があるはずだ!」


ネットショッピングで意味なく爆買い。

ネットで炎上してみる。


寝たきりでもできそうなことはやったが効果なし。

ネット上でできることなんて誤差のうちなんだろう。


「もうダメだ……これ以上はできない……」


諦めたとき、病室のドアが開いた。



「あなた!!」



音楽性の違いから別居していた妻だった。


「アナフィラキシー人生病の事を聞いて、ここに来たのよ」


「そうか……でも、もう手遅れだよ。今日はもう終わる。

 昨日と同じような毎日を送ってしまったから俺はもうだめだ」


「そんな……!」


「最後に君の顔が見れて本当に良かった。

 俺が愛したのは君ひとりだけだと伝えられてよかった」


「いいえ、終わらせないわ!」


妻の唇が俺の口をふさいだ。

あまりの突然で出来事に理解が追い付かなかった。


「これなら、昨日と同じ今日にはならないでしょう?

 私だってアナフィラキシー人生病は勉強してきたのよ」


「あ、ありが……う゛っ!!」


急に胸が締め付けられるように苦しくなった。

最後に聞いたのは心電図のピーという単調な音と、妻の声だった。



「え!? 発症した!? あなた、昨日誰とキスしたのよ!!」

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