奪う姉、奪われる妹

正方形

奪う姉、奪われる妹

私には双子の妹がいる。


私は昔から、妹の好きなものばかり欲しがる人間だった。

それは妹の趣味が私と似ているとか、そういうことではない。

妹がそれを好んでいるという、ただそれだけの理由で私は、妹の好きなあらゆるものを欲しがっていたのだ。

妹が好きだと言うのならたとえ埃であっても欲しいと思ったし、反対に妹の好きなものでないのなら大抵のものには興味すら持たなかった。

現に、小さいころ妹の好きな玩具を横取りしたときも、妹がその玩具から興味を移したことに気付いた途端にそこらへほっぽり出していた。

とにかく、私は昔から妹の好きなものが欲しくてたまらなかった。

妹の着ている服が欲しかった。

妹の遊んでいる玩具が欲しかった。

妹の食べているおやつが欲しかった。

そして、何よりも。

妹の好きになった人が欲しかった。


────


奈雪なゆきさん、やっぱり良くないって、こんなこと。美雪みゆきにも悪いし……」

「ふうん? そのわりにはずいぶん期待してるみたいじゃない?」

「そんなこと……んむっ」


この期に及んで言い訳がましい口を無理矢理塞ぐ。

これから彼女とデートの約束があるというのにノコノコと違う女からの呼び出しに応じ、あまつさえホテルにまでついてきた男の言い訳に一体どれだけの説得力があるだろう。

案の定、抵抗らしい抵抗は最初だけ。

その後はしばらく黙ってされるがままになっていたが、やがて少しずつこちらに合わせて舌を絡め始めた。

この瞬間が、たまらなくイイ。

完全に妹のものだった男が私になびく決定的な瞬間。

その瞬間の、男の表情。心理。

こんなこと良くない、彼女に悪い、数秒前までそう言っていた口が、いまは私を求めているという事実。

この光景を妹が見たら、どんな表情かおをするだろう。

この男の裏切りを妹が知ったら、どんな気持ちになるだろう。

それを思うだけで、私の全身をたまらない熱が駆け抜ける。

この男はいま、どうやって自分の浮気を正当化しているだろう。

まがりなりにも恋人の姉なのだから、あまり強く拒否しては角が立つ?

待ち合わせの時間までまだ少しあるのだから、下手に抵抗するよりも受け入れて手早く終わらせた方が彼女にバレずに済ませることができる?

彼女には悪いと思っているし本当はしたくないが、こうも強く迫られては合わせるしかない?

しかたない、やむをえない、問題ない。自分をそう納得させるためのエクスキューズが、ほんの数秒の間にいくつも頭に浮かんでいるに違いない。

ついに男の手が私の腰に回る。

ぞくぞく、と背中から腰にかけて甘い震えが走る。


ああ、またやってしまった。



~~~~



私には双子の姉がいる。


姉は昔から、私の好きなものばかり欲しがる人間だった。

私の着ている服を欲しがった。

私の遊んでいる玩具を欲しがった。

私の食べているおやつを欲しがった。

姉が欲しいと言うのならあげてもいいかなと思って、私はそれらを快く許してきた。

それは服や玩具やおやつよりも姉の方が大事だからなのだと、小さい頃はそう思っていた。

だけど、姉が私の恋人を初めて奪ったとき、私は自分が姉を許してきた本当の理由に気が付いた。

結局のところ、私たち姉妹は正反対でもあり、瓜二つでもあるという、ただそれだけのことだったのだ。


────


彼との待ち合わせ時間の十五分前。私は彼に電話をかけてみた。

1コール、2コール、3コール。

8度目の呼び出し音の途中で私は電話を切る。

今回はコトの最中に電話に出させる遊びはしないらしい。

それとも彼が嫌がったのかな? だとしたら、私からの電話で我に返ってしまったのかもしれない。

私は少し考えて、「電車が遅れてるみたいだから、少し遅くなるね」と彼にメッセージを送る。

もちろん嘘だ。でもこれで、「もう少しだけ時間がある」という口実を彼に与えることができる。もし彼がそう取らなかったとしても、姉がそう仕向けるに違いない。


きっと彼は、少し遅れて来るだろう。


────


「ごめん! 遅くなった!」

「ううん、私もいま着いたところだったから」


待ち合わせ時間を三十分ほど過ぎた頃、彼が現れた。

走ってきたのか呼吸が少し荒くなっており、服装もやや乱れている。

思ったとおり、最後のを堪能してきたらしい。

思わず上がりかける口角を誤魔化すように、彼に抱きつく。


「み、美雪みゆき? どうした?」

「んーん、会うの、久しぶりだから……」

「久しぶりって……先週も会っただろ?」


彼女にハグされているというのに、明らかにうろたえた様子の彼。無意識なのか、わずかに私を離そうとすらしている。

そんな彼を無視して強く彼の胸に顔を埋めると、汗の匂いに混じって、かすかに姉がよく使う香水の匂いがした。もちろんこの香水も、私が使っていたものだ。

ぞくぞく、と腰の奥が淡く痺れる。

私の服を着て、私の香水を使い、私と同じ髪型をした姉が、彼の上で躍る様を想像する。

彼と姉が共有したわずかな罪悪感、背徳感、そしてそれに煽られて膨れ上がる情欲の炎。

彼の中で塗り潰され焼け焦げていく私への思い。

コトが終わって、焼け跡から再び私の顔を見つけてしまったときの彼の気持ち。

後始末をしているとき、ホテルからここまで走ってくる間、私の姿を見つけた瞬間、そしていま、後ろめたいままで彼女に抱きしめられている彼の心情。

手に取るようにありありと見えてくるそれらすべてが、私の脳を甘く溶かす。唇が震え、下腹部に甘痒い疼きが走る。

姉が私の性嗜好を知ったら、どんな表情かおをするだろう。

私がすべてを知った上でそれを愉しんでいるとわかったら、どんな気持ちになるだろう。

それを思うだけで、私の全身をたまらない熱が駆け抜ける。

はあ、と熱い息をひとつ吐いて、私は彼の胸から離れる。

あからさまにホッとした様子の彼に思わずくすりと笑ってから、手を差し出す。


「さ、行こ? 今日はこの前言ってた、あのお店に行きたいな!」


ああ、またやってしまった。

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