7.湿布

テレビを視ていると、祖母がやってきて「また湿布を貼っとくれ」という。心持ち緊張を覚えながら「うん」といって立ち上がり、自室に向かう祖母を追った。室内のゴミ箱にはすでに貼り損ねた湿布が一枚、くちゃくちゃになって投げ込まれている。服をたくしあげた背中に指先をあて「ここらへん?」と尋ねる。「もう少し右」というので「じゃあ、このへん?」と指をおきなおす。「も少しだけ下」といわれるまま、肌に指をあてたままゆっくりと下方へおろしていく。「そこそこ」という声に手を止めたのは条件反射的だった。あてた指で軽く圧迫しながら「ここ?」と念をおして確認すると、「そうそこ」と祖母が応えた。慣れたものならこの確認は無用の用心深さだろうと、自分がまどろっこしく感じながらそうせずにいられない。指を祖母の背から離し、無駄にならないよう粘着面のフィルムを剥がしている最中にも、を見失わないよう一心に捉えて目を逸らさないようにする。――目で見ても、指で触っても、してみても、僕にはその痛みが分からない。他のどことも区別のない背中の肌だ。でも祖母にとっては明確な番地のついた患部だった。この湿布貼りに伴う緊張は、こうしたところからきていた。他者の痛みは見えない、ということを初めてまじまじ見たのは、この体験だったのだろうと思う。

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