第22話 運命を決める一枚

 真っ直ぐ自宅へと戻ったりょうは、アルバムや写真立ての中身といった、家中の写真をリビングのテーブルの上へと広げていた。

 代償だいしょう写真しゃしんの儀式に成功すれば自身の存在と引き換えに雫を呼び戻すことが出来るが、失敗すれば自らは死に、雫を呼び戻すことも叶わない最悪の結末を迎えることになる。


 雫と自分の運命を左右する写真だ。使用する写真には納得のいくものを使用したい。


「これも何かの運命かな」


 選んだ一枚はアルバムではなく、涼の部屋の机の引き出しに収まっていた一枚だった。それは中学校の卒業式後に撮影した、雫と共に写るもう一枚の写真だ。

 これはアルバムに収められている方の写真を撮った後、涼があまりにも仏頂面だったために麟太郎が取り直してくれた一枚だ。結局、涼の仏頂面は改善されず、多少は表情がましだった最初の写真の方が採用となりアルバムに収まっていた。

 せっかく撮ったのだからと二枚目の写真も麟太郎から渡されており、そのまま自室の机に入れっぱなしとなっていた。そのため草壁くさかべ彩乃あやのに発見されることもなかったようだ。

 一枚目とはポーズが異なり、こちらの写真では雫は涼の腕を取らずに両手でピースをしている。密着していないため、この写真ならば涼だけを切り抜くことも可能だ。


 特別意識していたわけではないが、写真嫌いの自分の部屋に唯一置かれていた貴重な一枚。

 雫と共に写り、代償写真の条件を満たしている一枚。

 心情的にも実用的にも、この一枚が相応しいのではと涼は確信した。


「しかし、代償写真のやり方ってのは思ったよりも簡単なんだな」


 涼ははさみを手に取り、雫と二人で写る二枚目の卒業式の写真から、自分の写っている部分だけを切り抜いて行く。


 代償写真には、暗黒写真で消失した人間と別の誰かが一緒に写る写真を使用する。

 儀式はとても簡単で、暗黒写真で消失した人間を残し、代償として差し出す人間が切り抜かれた写真を、感情を込めて黒い布で覆うだけで完了する。これにより、暗黒写真で消えてしまった人間と、新たに代償して差し出される人間の立場が逆転するらしい。


 対になるというだけあって、それは暗黒写真の行い方と酷似していた。

 異なるのは写真から切り抜く対象と、布で覆う時に込める感情だけだ。切り抜くのは代償として差し出される者、込める感情は親愛。

 涼は写真から自らの姿だけを切り抜き、予め用意しておいた黒い布の上へと置く。あとは感情を込めてこの写真を布で覆えば、代償写真の儀式は完了だ。

 昼間の栞奈かんなの話によれば、暗黒写真で消失した人間と同等の代償を払うことで儀式は成功し、失敗すれば石清水のような惨たらしい死がもたらされることなる。

 いくら双子といえでも男女の違いはあるし、体格も背格好もまるで違う。ひょっとしたら石清水の方がまだ条件に適合していたかもしれない。

 それでも涼に迷いは無かった。傍からみたら無謀な自殺行為と映るかもしれない。だけど、ここでやらなかったら絶対に後悔する。


「それじゃあ、やってみますか――」


 黒い布の端に手をかけた瞬間、テーブルの上に置いていたスマートフォンが鳴り響き、涼の作業を中断させた。


「……麟太郎りんたろうか」


 耳障りな着信を止めるために電源ごと落とそうかとも考えたが、操作をしようした手が不意に止まる。

 代償写真を行うことに迷いは無いが、やはり親友に別れの挨拶くらいはしておきたかった。


「麟太郎か」

『涼、お前今どこにいる?』

「家にいるよ。言っただろ、疲れたから休みたいって。お前の方こそあれから草壁達はどうなった?」

『俺一人の手には負えないから遠野とおのを呼んだよ。あの場は遠野に任せて、俺はお前の家に向かってる』

「何で俺の家に?」

『お前が、早まったこと考えてるんじゃないかと思ってな』


 その言葉を聞いて涼は微笑んだ。親友とはいえ、どうして麟太郎はいつも鋭いのだろう。


「早まったことって?」

『まさかとは思うが、草壁彩乃から代償写真のやり方を聞き出したんじゃないのか?』

「考えすぎだって」

『何年友達やってると思ってるんだよ。草壁から何かを聞いてから、お前の様子がおかしくなった。気付いてないとでも思ってるのか?』

「だから考えすぎだって。疲れたから家で休んでるだけだよ」

『それならそれでいい。とにかく様子を見に行くから、俺が家に着くまで大人しく待ってろ』


 やはり麟太郎に嘘は通用しないらしい。流石は相棒だ。

 テーブルに並べた写真の中には、麟太郎と一緒に見切れた涼が写っているものもある。その内一枚を手に取った。これ以上の友はいないと心から思える最高の親友。最後の言葉を残すなら、やはり麟太郎以外にはいない。


「麟太郎、雫のことを頼んだぞ」

『縁起でもないこと言うなよ。お前の家族だ、お前がちゃんと迎えてやらないでどうするんだ!』


 電話口で麟太郎は感情的に声を上げる。


「お前になら雫を任せられる。お前、あいつのこと好きなんだろ」


 雫に対する麟太郎の気持ちを知っているからこその言葉だった。親友同士という手前、今までは気づかない振りをしていたが、これからいなくなる身として、この話をする機会は今しかない。


『お前、知ってたのか』

「ああ、気づいたのは割と最近だけどな」

『ふざけるなよ! そういう大事なことは電話じゃなくて面と向かって言いやがれ!』

「言えたら良かったんだけどな」

『おい、早まるなよ。きっと何か方法が有るはずだ。お前がいなくなっちまったら雫ちゃんが悲しむだろ。俺は何て説明したらいいんだよ!』

「まあ、上手いこと説明しておいてくれよ。俺からの最後の頼みだ」

『涼、止めろ!』


 麟太郎の叫びを聞き取ったのを最後に、涼は耳元からスマートフォンを離す。


「じゃあな、親友」


 遺言のように言い残すと通話を切り、涼は再び黒い布へと手をかけた。




「間に合え、間に合ってくれ!」


 麟太郎は必死に駆ける。涼は一方的に通話を切ってしまった。それの意味するところは一つ。直ぐにでも涼を止めなければいけない。


 すでに津村つむら家のある住宅街までやって来ている。間もなく到着だ。


「頼むから間に合え!」


 津村家に到着するなり一直線に玄関に飛び込んだ。最悪、窓を破って侵入することも考えていたのだが、幸いにも玄関の鍵は開いていた。


「涼!」


 灯りの消えた薄暗い家の中に立ち入り親友の名を呼ぶ。無情にも返事は帰ってこない。


「おい、居るんだろ? かくれんぼなんてするような歳じゃないんだ。早く出て来いよ」


 家中に呼びかけながらリビングへと向かう。

 リビングもやはり薄暗く、レースカーテンから差し込む月灯りだけがその場を照らす光源となっていた。


「涼?」


 リビングのテーブルへと伏す人影が確認出来た。

 もしかしたら代償写真に失敗し、石清水若奈のように変わり果てた姿で涼が朽ちているのではないか? そんな不安が頭を過る。


 麟太郎は恐る恐るリビングの明かりのスイッチを点けた。リビング全体が蛍光灯で照らされ、テーブル上に伏せていた人物の姿が照らしだされる。


「雫ちゃん、なのか?」


 茜沢あかねざわ学園の制服を身に着けた雫の姿がそこにはあった。テーブルに伏したまま目を閉じ、その体はピクリとも動かない。


「雫ちゃん、大丈夫か」


 麟太郎は慌てて雫に駆け寄り、その体を抱きかかえた。


「息してる、ちゃんと生きている」


 最悪の事態も想定されたが、雫は息をしており心臓もしっかりと動いていた。

 呪いで消えてしまっていたこの数日間が嘘のようだ。普段通りの日常を送っていて、たまたまテーブルの上でうたた寝をしてしまっただけのように、雫は極自然にその場に存在していた。


「良かった。本当に良かった」


 麟太郎の目から一滴の涙が零れ落ちる。普段は涙なんて見せることはないのだが、この時ばかりは感情が溢れ出ていた。


「涼、雫ちゃんも無事に戻ってきたんだ。お前も早く出て来いよ」


 喜びを分かち合う相手が足りない。麟太郎はひょっこりと涼がその辺から顔を覗かせることを期待し、悪戯っぽく何も無い空間に言った。

 きっと二階か風呂場の辺りに隠れているに違いない。そういう無駄なサプライズをしたがる奴なのだから。


「かくれんぼなら俺の負けでいいからさ。お前も早く雫ちゃんの顔を見に出て来いよ」


 雫がこの場にいるということ。それが何を意味するのかはとっくに理解している。それでも親友の名を呼ばずにはいられなかった。


「涼がいなきゃ、雫ちゃんが悲しむだろ!」


 涼を失った悲しみと自ら犠牲にした涼に対する怒り。相反する二つの感情をぶつけるかのように、麟太郎は力強く床を殴った。


「こんな結末、悲しすぎるだろうが!」


 麟太郎の悲痛な叫びに、涼の声が応えることはなかった。


 この日、津村涼の存在は消失した。


 双子の妹を取り戻すために、自らを代償として。

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