第39話 公文書の改ざん 東京都も

 9月の東京都議会―。豊洲新市場の土壌汚染の原因究明は、2020年東京オリンピックの競技施設の変更と合わせ、大きなテーマのひとつだった。設計図にもない地下空間について追及された都は、『第9回の技術会議で独自提案された』と説明した。しかし、当時の外部委員が否定。あろうことか都がアリバイ作りのための資料を今年9月になって東京都のホームページに公表したことが明らかになった。一般に言う『改ざん』だ。同じ会議の他の資料がアップされたのは2009年2月なのに、モニタリング空間としての地下空間が提案された内容の資料だけ、7年半も遅れてアップされたのだ。パソコン上の文書の更新履歴から明らかになったもので、あまりにも不自然過ぎる行為だった。

「バッカだよな。そんな“足”のつき方」

「ヤバいサイトの閲覧履歴も簡単にバレるもんな」

「そういう話じゃないだろ。まるでオレがエロサイト見ているみたいじゃん」

「あれっ、見てなかったっけ? 何なら履歴チェックする?」

「やめろよー やめろってば!」

清水央司のスマホに手を伸ばした大宮幹太が央司とじゃれ合っている。


“汚れた市場”と呼ぶのはレッテル貼りだろうか。“疑わしきは罰せず”は刑罰の基本だが、3施設の6つの工事について全てが事実上の1社入札だったこと、建屋の建設工事に関してはいずれも99パーセント以上の落札率だったことをはじめ、豊洲新市場の公共工事をめぐっては常識では考えられない事実が次々に発覚した。舛添要一氏が当選した2014年2月9日の都知事選中に豊洲の3つの建屋工事の入札が行われ、小池都知事が誕生した2016年7月31日の都知事選挙の最中の7月21日には築地市場の解体工事の入札が行われ、しかも翌22日に都は約36億円で工事を発注している。なぜ、知事不在のタイミングなのか。十分な説明がなされていないこの謎は、依然謎のままだ。都民は、このまま受け入れていいものかどうか。東京オリンピック・パラリンピックを3年後に控え、新国立競技場をはじめ新設する競技会場や選手村、関連施設など五輪特需の公共工事は続く。豊洲の問題が有耶無耶になれば、ゼネコンと政治、行政との癒着の疑念はオリ・パラに向けて更に深まるだろう。「ワイズ・スペンディング(税の有効活用)」を謳う以上、小池都政は都民の疑問に十分に答える責任があると同時に、問題を明らかにしなければならない。

「『蟻の一穴』という言葉、聞いたことがあるだろう」

と横須賀。

「頑丈な堤も僅かな蟻の穴一つから崩れてしまうもの、という格言ですよね。私の将棋みたい」

将棋でも、たった一手の悪手で形勢が逆転することがある。愛香は自虐的に言った。

「些細なことと高をくくって油断してると、大きなしっぺ返しがある、っていう戒め」

「正確には、『蟻の一穴天下の破れ』って言うんだ。豊洲の盛り土問題はまさに『蟻の一穴』だな」

「ですね」

頷く広海。幹太の言葉をつないだ横須賀がホワイトボードに向かう。教室の黒板の前に立つ姿と重なった。

豊洲新市場にしても、もし計画通りに盛り土をしていたら一連の疑惑は表面化することなく、盛り土の下に“埋もれていた”に違いない。小池知事も本当は健康面の影響が心配される化学物質の安心、安全だけでなく、莫大なカネが動いた市場建設の過程を透明化したかったのではないか。

「議会での都職員の答弁を聞いていると、なんか情けないね。君たち流に言うと、ペラいというか、ペラ過ぎ。盛り土についても『日建設計っていう業者からの提案で、東京都からの提案ではない』と担当部長が言い切ったり。都には責任はない、って宣言したわけで。どう思う?」

教室での口ぶりとは明らかに違う横須賀がいた。

「どう思うも何も、それって設計会社があっさり否定しちゃったじゃない。そしたら次は『技術委員会からの提案だった』って作戦変更したんだけど、委員会のメンバーが怒っちゃって。そういうの『恥の上塗り』っていうんでしょ」

広海の言葉に苦笑いを見せた深雪、

「どうしてそんな分りやすいウソつくのかしらね。案の定、すぐバレちゃった。問い詰められた揚げ句、議会の委員会質疑で『間違いでした』って謝ったんだけど、間違いじゃないでしょ、間違いじゃ、ってテレビに向かってツッコんじゃったわ」

都議だけでなく、都の職員にも意見した。

「ディスるついでに言えば、正しくは『ウソをついてました』ですよね。意図的なんだから」

「結局さ、責任を取るのが嫌なんだよね。『ウソをつきました』って認めると印象も悪いし、『誰が?』ってツッコまれる。『間違えてました』なら、うっかりミスみたいで、何となく誤魔化せるもんね。官僚用語では『失念』っていうの」

「“霞が関文学”ね」

耕作も広海も、責任の所在を明らかにしない公務員の体質を指摘した。

「都庁の職員って、国の省庁の官僚みたいに頭良いんでしょ。別な意味でガッカリよね」

美佐子の中の、中央官僚や都職員イコールエリートという計算式が音を立てて崩れていく。

「打たれ弱いんだよ。挫折を味わっていないから。結局、学校の勉強が出来たり、試験の成績が良いのと社会に出て仕事が出来るのとは違うんだよね」

と幹太。

「どうせつくんだったら、もっと上手なウソつくけどな。少なくても1日でバレるようなヘマはしない」

耕作は、何かウソを考えているのか、宙を見つめていた。

「やめてよ“課長”。仮に上手なウソでも、TPOはわきまえてね。少なくても市民や国民に奉仕する立場の公務員が公務でついちゃダメでしょ」

先回りした広海が言った。

「TPOで許されるのは、海外のメディアがエイプリル・フールにやるようなユーモアとかエスプリの効いたやつ、だな」

「だな」

幹太と耕作が男同士、納得している。

「何よ、二人して」

「責任転嫁、縦割り、ウソの上塗り-。もう、豊洲の新市場問題って、土壌汚染じゃなくて、知事から職員までまるごと都庁汚染っしょ」

と耕作。

「うまい。座布団3枚!」

「笑点の山田クンみたい“課長”」

若く見えても、深雪の喩えはやはり“昭和”だ。広海には耕作が大喜利で座布団を運ぶ山田隆夫ではなく、どちらかと言うと新しい司会者の春風亭昇太に見えた。

「今回、盛り土をしなかったことを知らなかったとか、専門委員会で決めたことにしようと工作したことって、校則違反を注意されて『そんな規則知りませんでした』とか『友達に誘われて』って言い訳するオウジみたい。そんなんで見逃してくれる横須賀センセイじゃないですよね。処分は200パーセント確実」

と広海。

「そう来るか。まあ、処分は別にして、素直に非を認めて謝るより印象が悪くなるのは確実だ。欠席裁判のようでオウジには悪いが、他人に責任転嫁しても潔白が証明されないばかりか、印象は相当悪くなることは明らかだろう。不幸にもそんな場目に出くわしたら、肝に銘じておいた方がいい」

突然、話を振られた横須賀はこっちに振り向くと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


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