第34話 盛り土問題に消極的な自民都議団

「そうだ。自民党の都議団が一連の豊洲新市場の地下空間の視察をしたというニュースがない」

東京都がホームページにも掲載している安全対策の盛り土が、実際にはされていなかった問題。喫茶『じゃまあいいか』では、二人の主婦を交えて小笠原広海たちのゼミが盛り上がっていた。

「もう、みんながやったからじゃないですか」

愛香は何も疑問を感じていない。

「そんなはずはない。政治家というのは人一倍対面を気にするものさ。オイシイところを他の党に譲って善しとするわけがない」

恭一が即座に広海たちの考えを却下するのは珍しい。

「マスコミが記事にしなかっただけ、とか」

広海も単純に考える。

「そんなわけはない。最大与党の視察を取材しない社はないだろう。それに、万が一視察をしたニュースを報道しなかったら、間違いなく党がクレームをつけるよ、確率で言うと200パーセント」

「出たっ、橋下徹だ」

幹太の軽口に座が和む。実際、自民党の都議団が件の地下空間を視察したのは9月16日。共産党に比べると約二週間も遅い対応だ。

「ここで賢明な諸君に第一問」

「第一問じゃなくて、二問目ですよ、マスター」

ニコニコしながら深雪。しっかり恭一ゼミに参加している。

「賢明な諸君だって。もう意地悪なんだから。子育てに追われる主婦にとっては、話の展開についていくだけでも精一杯なのに」

高岡美佐子もこの場を楽しんでいる。二問目の出題を催促した。

「自民党都議団はなぜ、ないはずの地下空間の存在が指摘されてから二週間以上も視察しなかったのか?」

どんな理由があるのだろう。政治の駆け引きは数学の計算や歴史の暗記とは違う。恭一の難題に、高校生たちは頭をひねった。

「地球の裏側のリオネジャネイロまで、大挙してオリンピックの視察に行く計画をしていた最大会派だよね、自民党って」

「共産党が不参加を決めると、予算があるからって自分たちの人数を増員していたんだよね。リオ行きの」

深雪も美佐子も正しい。主婦目線ならではの指摘だ。いずれも都議会自民党のことだ。税金を納めている側からすると到底納得できる内容ではなかった。東京都議のリオ視察計画は、舛添要一前東京都知事の高額出張問題に端を発する一連の無駄遣いの追及で明らかになった。経緯と内容、そしてどんぶり勘定の予算が詳(つまび)らかになると、マスコミや世論が厳しく反応し、結果、視察自体取りやめになった経緯がある。みんなそれぞれに軽口は叩くが、恭一の問いにそれらしい答えが思いつかない。

「ブラジルのリオには何千万も掛けて行こうとした党が、都庁からほんの目と鼻の先にある豊洲へはなかなか行かなかった」

リオを引き合いにディスる広海。

「自分の事務所費に使う政務活動費はあっても、大きな問題になっている豊洲の新市場問題の疑惑の調査にかける活動費もはなくて、調査する気もなかった」

幹太もまた、最大会派をディスった。当の議員に尋ねたところで本音は聞けない。ちなみに都議会自民党の高木幹事長によれば『いろいろ分らないことがあったので、確認してから視察した』ということらしい。分らないことがあるから、まず視察するのでは、と恭一はテレビの情報番組にツッコミを入れた。

「分からないことを全部、都の担当に確認できたら、わざわざ視察しなくてもいいもんね。まあ、都が嘘をついていないことが前提だけどさ。じゃあ、一体なぜ?」

と広海。頭を冷やしてもう一度、自民党都議団の視察が遅れた理由を考える。

「ご本人たちに聞いたわけじゃないから、ここからは仮説だ」

と断って、恭一は続けた。ホワイトボードに箇条書きする。

「仮説① 実は盛り土がないことも、地下空間の存在も知っていた。

 仮説② 存在は知らなかったけど、市場建設をめぐるカネの問題と安全対策、両方とも議会で問題にしたくない」

「えっ、地下空間の存在を知っていたの?」

広海が聞き返した。

「だから、仮説だ。みんなで考えてみよう。まず、仮説①の『盛り土がないことも、地下空間の存在も知っていた』説。知っていたとしたら、誰かが伝えたことになる。じゃあ、情報を伝えたのは誰か」

「やっぱ、東京都の職員でしょ。それも、ある程度の立場にいる人」

耕作は第一に、最大与党と行政幹部の関与を疑った。

「工事を担当した会社の偉い人かもしれないわね。管理職か役員とか」

美佐子は2時間ドラマの主役にでもなったような言い方をする。大きな瞳で辺りを見渡す様子は、片平なぎさのようだ。

「なるほど。情報を知っているのは限られた人間だから、まあどちらの可能性もある。じゃあ、なぜ知事にも正しく報告していない情報を自民党都議連にだけ伝えたのか」

広海には、自分たちのために話を噛み砕いていく恭一が、カメラを片手にした船越栄一郎にも見えてきた。でもドラマと違って、広海たちにはセリフが書かれた台本がない。みんな黙り込んでしまった。

「何かメリットがないとね」

広海は誰にともなく話を振ってみた。

「自民党は都議会で最大会派だから、採決でも決定力を持つんですよね。豊洲新市場の問題が議題になった時に、移転賛成の側についてもらうためとか」

幹太の考え方はある意味自然だろう。

「議会工作、というわけだな。都の上層部が情報を漏らす理由としてはアリだ。じゃあ、工事の施工業者が漏らすとすれば、どんな理由が考えられるだろう」

恭一は別な可能性を示唆した。

「やっぱり議会工作じゃないかしら。基本的に議員って法律とか政策を作るのが仕事でしょ。都道府県議会や区市町村議会なら条例。民間企業でも、やっぱり自分たちの会社に有利になるように決めて欲しいじゃない」

と愛香。幹太と同様、疑念は拭えない。

「議会には行政をチェックする役割だってあるでしょうに」

指摘したのは美佐子だ。

「形の上ではね。でも、できればスルーしてほしい。仮にチェックするんでも、手心を加えてもらいたいのが本音だろうね」

恭一も議会で決定力を持つ最大会派と行政の癒着を疑う。

「見て見ぬふりってことね」

切って捨てるように広海。

「だってそういう時のために政治献金ってするんじゃないの。国の歴史を見てもそうだよね。ロッキード事件とか…」

深雪は政界を揺るがせたかつての大事件を持ち出した。

「リクルート事件も、結局は自分たちの都合の良いようにするために儲けが確実な未公開株を政治家に譲渡していたわけでさ」

美佐子も思い出した。

「ワイロでしょ、ワイロ」

「歴史を紐解けば、そういう事実もある。最近問題になった甘利前経済産業大臣の秘書が、UR(都市公団)の用地取得に絡んで口利きをしたとされた事件覚えてる? 結局、甘利議員も秘書も不起訴になったけどね」

恭一には、不起訴処分で追及も報道も中途半端に終わった事件は消化不良で納得がいかない。

「あれもなんか有耶無耶な感じがして、後味が悪いよね。録音テープや、会合の記録だって残っていたんですよね」

耕作も事の顛末に疑問を残したままだった。政治家をめぐってはよくある幕引きの形ではあったが。

「睡眠障害だっけ。どんな病気なんだろう」

広海が何気に問題の核心を突いた。みんながもやもやしていた追及逃れの理由だった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る