第24話 舛添知事辞任と小池劇場、開幕ー。

 「やっぱり、スジの通らないお金は一切合切、全額返金。家族旅行の代金もピサやそば打ちの書籍代も。いろんな政治団体に名義を換えまくっている車代も」

志摩耕作は話をまとめた。

「ピザの本は、外国人の客に食べさせるから政治活動。シルクの中国服もきれいな書を書くために必要だから政治活動、って理屈からして無理があるわよね」

どうしてこんな筋書きが通用すると考えたのだろう。秋田千穂には不思議でならない。

「そんな理屈が通るんなら、外国人との交流でお茶を振る舞うからって、何十万円もするナントカ焼きの茶碗を買っても大丈夫っていうことになる」

「日本の古い文化を紹介するのに、江戸時代の小判や刀剣とか掛け軸とか買っても政治活動費で認められちゃうわけだもんね」

「何でもあり」

「政治活動費、あるある」

火のついた高校生たちは、てんでに言いたい放題。容赦なく都知事を責め挙げた。

「だから、そんなことが全部認められてしまう政治資金規正法なんて、全面的に改正しなきゃ」

千穂の提案に、耕作が抜け道を塞ぐように駄目を押した。

「それも、当事者の国会議員ではダメ。舛添知事が言うような“公正な第三者の厳しい目”でね」

「賛成!」

「『異議なし!』っていうんだよ。こういう時、センセーたちは」

場を和ませた大宮幹太に反応する代わりに、耕作は新たな問題を提起した。

「舛添知事の公私混同問題を調べる“公正で厳しい第三者”っていう弁護士だって、果たして第三者って言えるかどうか、疑問だよね」

「疑問?」

きょうの小笠原広海は基本、聞き役だ。

「まずは考えてみよう。第三者っていうからには“第一者”と“第二者”が存在するわけ。民事事件なら原告と被告。訴える側と訴えられる側。刑事事件なら検察当局と被告。もっと身近な例を挙げれば生徒同士のケンカでもいい。一対一でも、一対多でもいいけど、対立する当事者同士さ。契約関係なら甲と乙に分ける場合が多い。で、ケンカを仲裁する役割を演じるのが“第三者”。その第三者に最低限求められるのは何か」

「んー、どっちにも偏らない公平さ」

マスターの渋川恭一と目が合った広海が答える。

「正解!当事者同士どちらの言い分にも偏りのない見方をするためには公平な目が必要ということだ。つまり、少なくても両者に対して利害関係がある人は第三者にはなり得ない。例えば、当事者のどちらか一方がお金を払って依頼した人は第三者とは呼べない。利害関係が発生しているからね」

「すっごく分かり易い」

恭一の嚙んで含めるような説明は広海の腑にあっさり落ちた。

しかし、恭一は何でもかんでも第三者委員会任せにしがちな安易な風潮にも問題があることを指摘するのを忘れなかった。一番大事なのは、あくまで当事者自身だと。

「舛添知事の場合は? 確か知事がお金を払って依頼した人よね」

「あの弁護士は、知事が知人に紹介してもらった“政治資金規正法に精通した元検事”だって言ってましたよね」

「ボランティアって言ってないもんね。もうこの段階で公平で公正な判断なんて期待できないってことさ」

再び、耕作が知事の説明を否定した。

「ふ~ん」

「今回の場合、当事者というのは知事と都民、国民と言えるわけで、どちらにも偏らない人でなければいけない」

恭一は満足そうに結論付けた。

山形県天童市で当時中学1年生の女子生徒がいじめが原因で山形新幹線に飛び込み自殺したケースでは、いじめの事実を調査するために第三者委員会が設置されることになったが、その選任をめぐって相当の紆余曲折があった。遺族の両親と、もう一方の当事者である市の教育委員会側が第三者委員会の構成メンバー選びで折り合いがつかなかったからだ。調査開始までには相当時間を費やした。選び方次第で調査結果が左右されるからに他ならない。公正、中立というのはそれほどにナーバスな要素を含んでいる。

「俺たちでさえ、知事の隣りで会見したあの弁護士に『何だ、これ』って思ったもんな」

会見を思い出す幹太。

「テレビの2時間ドラマでも、あそこまでの茶番はないよね。結果が見え見え。局で会見見ていたけど、胡散臭いなってピンときたもの」

横から長岡悠子が口を挟んだ。

「周りからどう見えるか、って想像力が働かないのかな」

千穂はここでもクールだった。


舛添都知事の辞任を受けて、2016年7月31日に投開票が行われた東京都知事選挙は史上最多の21人が乱立したが、元防衛大臣の小池百合子氏が300満票に迫る勢いで大勝。自民、公明などが推薦する元総務大臣の増田寛也氏、民進、共産などの推薦を受けたジャーナリストの鳥越俊太郎氏らを退けた。18歳の誕生日を過ぎた広海たちと同学年の高校生と一つ年長の19歳にとっては初めての都知事選挙になった。国政選挙では同じ7月の10日に参議院議員選挙を経験していたが。


小池知事就任から約2カ月後の10月3日、東京都議会は代表質問が行われた。豊洲新市場の土壌汚染問題や東京オリンピック・パラリンピックの膨らんだ予算問題など喫緊の課題が山積し、不祥事続きの知事を受け継いだ新知事の初議会ということもあって注目を集めた。

7時間に及ぶ議会の後、感想を聞かれた小池百合子新都知事は『国会に比べて寝ている人がいなかった。むしろ驚きだった』と答えている。

「きょうは、国語の問題だ。初めての都議会を終えた小池知事が『国会に比べて、寝ている人がいなかった』ってコメントしました。知事の真意を80字以内で答えよ」

恭一からの課題だ。

「80字ね。小論文の模擬試験にしては楽勝かな」

「普通は、小説の一説とかから出題するもんじゃないの」

テーマがテーマだけに、広海も耕作もリラックスした感じで答える。

「『国会は本会議中、寝ている議員が多い。都知事は経験上、都議会も同様なムードを予想していたが、思いの外、議事に集中していたのでビックリした。』の68文字。ちょっと短いかなぁ」

長崎愛香の答えだ。

「『いつもなら都議会も寝ている議員はいるはず。都民やマスコミの注目度が高かったので、議員には緊張感を持たざるを得ない状況にあり、今回は寝ている議員はいなかった。』で、79文字。これなら文字数もピッタリよ」

広海は、議員の自覚よりもマスコミの注目が高かったことに注目した。

「っていうか、爆睡中の人いるんですけど。ほら」

央司がスポーツ新聞の記事を指差す。新聞や週刊誌で『都議会のドン』とされる議員が目を瞑っている写真が大きく写っている。

「だからさ、小池知事の発言って皮肉なの、皮肉。ドンの他にも多分、居眠りしている議員はいたんだよ、きっと。コメントも『国会に比べると、いない』って言っているだけで『誰もいない』なんて言っていないわけ。一般紙やテレビはどうか分らないけど、『週刊誌やスポーツ新聞、ワイドショーは取り上げるわよね』って知事らしい狙いかな」

「確かに、スポーツ新聞と週刊誌、それと情報番組は飛びついた!スッゲぇ」

「オレもそう思うな」

恭一も頷いた。


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