第23話 給与の返金で本当に捕まるの?

「俺だったら、まず個人事務所を自宅の外に移すな。公人である政治家にとって公私混同って疑われるのは一番避けたいわけで、家族旅行の代金とか、使ってしまった飲食代は返金するしかないけど、現在進行形の事務所費はすぐに態度を改めることが都民に示せる数少ない反省材料だったと思うんだよね」

恭一が言う。別に知事を庇うつもりもないし、続投を期待しているわけでもない。むしろ、すぐにでも辞めた方が良いとさえ思っていた。人としての身の処し方を助言しているつもりだった。

「都議会の中には『リオデジャネイロのオリンピックやパラリンピックに次回開催都市の東京都知事が出席しないと国際問題になる』なんて言っている議員がいるらしい。けど、都民や国民から支持を受けていない知事を仕方なく出す方が失礼だし無理があるよね。そっちの方がよっぽど国際問題だよ。仮に辞職して選挙になっても、新しい知事が選ばれるまでは副知事が知事の職務を代行するルールがあるんだから、オリンピックだって副知事が出席すれば何にも問題はない」

恭一は即座の辞任は適当でないとする側の理由をキッパリ否定した。

「参議院選挙と時期が重なるからとか、仮に都知事選になると任期満了の次回の選挙が東京オリンピック直前になるから好ましくないとか言われてるじゃないですか」

深雪が世間一般の論調を代弁する。

「それは公認候補を擁立する側の政党の論理で、国民や都民にとっては全然問題じゃないですよ。四年後の東京オリンピック・パラリンピック直前に都知事選になることは避けたいっていうのも、案外心配しなくても良いかもしれない。だって、この5年で3回も知事選挙やったわけだし。石原さんも猪瀬さんも任期満了まで務めていない。舛添さんが辞めた後の次の知事が4年の任期を全うするかどうか、全う出来るかどうかだって分らないからね。選挙の度に多額な予算が必要になるから、都民にとっては迷惑な話だけど。50億円くらいらしいですよ」

恭一は、自民党の都議や政府与党の国会議員が知事を辞めさせたくない表向きの理由をあっさり却下した。

「本来だったら4年に1回で済むはずの知事選の経費を、繰り返し支出しなきゃならないんだからね。そんな金があったら待機児童を受け入れる保育所が何ヶ所も作れるわよね」

悠子が続く。子育て真っ只中の深雪が大きく頷いた。

リオ五輪と知事選が重なったらマイナス」と語った知事だが、どういう意味だろう。五輪の旗を受け取るだけのセレモニーなら副知事に代わったって全然構わない。2020年のオリ・パラと都知事選が重なる心配も、知事の任期が切れる前に選挙の日程を調整すれば済む話である。モラルが問われ、資質の疑わしい知事が無理矢理、形だけで延命することにどれだけの意味があるのか。事実上の“都政の空白”を続けるだけのことだ。

大規模災害時に湯河原の別荘に向かった件について『電話やメールで知事としての職務は果たせる』と弁明したが、緊急時にフェイス・トゥ・フェイスで指示できる現場と遠く離れた別荘から伝言だけで済ませることが同じと考えていること自体に、都知事としての資質に疑問が残る。

「舛添前東京都知事さ、『給料を半分にするから、知事を続けさせてくれ』って言ってたね。カッコ悪!」

幹太が一刀両断した。

「『全ての給料を返上します』とも言ってた。そこまで執着する意味が分からないな。そんなに大事なポストなら、セコい行動しなきゃよかっただけなのに」

耕作には舛添知事の行動も言動も理解できなかった。

言葉の中に、ボーナスや退職金は含まれていたのだろうか。結局、辞任直前の夏のボーナスも退職金も臆面もなく受け取った。

「元々、高給取りなんだから半額にしたって相当な金額でしょ。全然、懐痛まないって」

特段、舛添支持者でもない広海だが、少々同情的だ。

「それだけ反省していますっていう彼なりの意思表示じゃないのかな」

中立的な発言をする長岡悠子とは対照的に、恭一は知事の自覚と責任を口にした。

「意思表示するのは勝手だけど、何でもかんでもカネで解決しようという姿勢そのものが気に入らないな。それにカネで解決するんだったら、もっとしなければいけないことがあるんじゃないかな」

「他に? 例えば?」

矢継ぎ早に広海。

「まず政党交付金。国会議員時代に新党改革で受け取った交付金を離党直前に500万円自分の政治団体に移しているんだけど、これって新党改革の政治活動のために配られたお金だから、離党したり解散した後に自由に使える道理はないんだって」

数千、数万の飲食代や旅行代金をケチる一方で、何百万円単位の税金由来の金の扱いも自分勝手だと、恭一は批判した。

「でも、法律的には問題ないんでしょ。専門家も言ってる」

専門家の論評は高校生の広海には大きく恵右教している。

「それは、法律自体に問題があるのよ。常識的に筋が通らない金はもらっちゃダメでしょ」

と千穂。

「でも、悪法も法なりっていう言葉もあるわ」

「誰も幸せにならない法なんて、さっさと改正しなきゃ」

諦めムードの広海とは明らかに温度差がある千穂。妥協は許さない。

「夏の期末手当、ボーナスの約400万円も返還できないんだって言ってた。寄付に当たるから公職選挙法違反になるって、ほら」

幹太が最新号の週刊誌を持ち出した。

「それは違うな」

恭一はあっさり否定した。

「違う?」

「正確に言うと違わないかもしれないが、返せないことはないと思うよ」

「どういうことですか」

みんなを代弁するような広海の疑問。恭一はいつもの定位置を離れると、カウンター席に並んで座った。

「法律で禁止されているからって、自動的に罪に問われるわけじゃない。当局、つまり警察や検察が法律違反だって立件の手続きをして初めて罪になるんだ。選挙区内での寄付行為は買収の疑いに当たるから禁止されているけれど、道義的にもらう筋合いのない金を返したって、果たして当局が立件するかどうか。今回のような場合、返金したって買収目的にはならないと思うよ。知事がボーナスを返納したからって『素晴らしい。次の選挙も投票しよう』なんて絶対に思わないからね。君たちが思っても、少なくてもオレは。第一、辞任した直後の選挙に出るわけがないからね。法律が前提にしている目的自体、成立しない」

「そういうことか」

「本音は返したくないだけ。法律の盾にして、返さないだけだな」

「ふ~ん、そうなんだ」

あっけない謎解きに感心する広海たち。ふと、コメンテーターの言葉を思い出した。

「でも、テレビに出ていた評論家や大学教授とかも『法律で禁止されているから返金できない』って」

「試しに元検事の弁護士とかに聞いてみるといいよ。買収目的と分る寄付と今回のようにペナルティの性格の強い返金の寄付が同じ扱いを受けるかどうか」

「何かとっても面白い。興味津々ね」

千穂は、家に帰ったら父親に聞いてみようとメモを取った。



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