第3話 夢に終わった“もんじゅ”の知恵

 幹太や千穂が考えていた高速増殖炉は、2016年末に大きな動きを見せた。政府は12月21日、高速増殖炉もんじゅの廃炉を決めた。理由は単純明快。年間維持費が200億円もかかっているもんじゅの運転再開のためには、準備だけでも最低8年かかり、再開した場合も5.400億円もの巨費が掛かることが判明したからだ。これに対し、使用済み核燃料の取り出しを含め、廃炉までにかかる時間は約30年。廃炉の費用は3.750億円と試算されている。どっちが得か、よ~く考えてみたのだろう。1兆円を注ぎ込んだ「夢の増殖炉」は、事故や不祥事のため結局22年間でたった250日しか運転できず、文字通り夢のまま終わることになる。がしかし、核燃料サイクル政策を維持するために「実証炉」の開発は続けるという。このまま高速炉の開発自体を中止したら、六ヶ所村の中間処理施設に一時保管したままの核廃棄物の行き場がなくなってしまうし、一部で再稼動が始まった原子力発電でさらに増える核廃棄物の処理の説明がつかなくなるからだ。

 松野博一文部科学大臣は就任から5ヵ月分の大臣給与と賞与あわせて約66万円を返納。また運営主体の日本原子力研究開発機構の児玉敏雄理事長も給与の10パーセントを6ヶ月分、約66万円を自主返納するという。


「1カ月分の給与の10パーセントが11万円の計算ってことは、返納しても月100万円程度の給料はもらっているわけ。で、半年経ったらまた約110万円もらうわけだよね毎月。理事長は」


「これで責任取った、って言えるのかな」


金額について、新聞やテレビが報じない計算をしてみた幹太。恭一が輪をかける。


「文部科学大臣だって、大臣給与は返納しても元々議員歳費もボーナスも高額だから、66万円の自主返納なんか屁でもないだろう」


「俺ん家なんか、ペナルティの小遣いカットが10パーセントなんてあり得ない。いつもは半額。場合によっては全額カットだってあり得るワケ。10パーセント返上なんて羨ましい限り。ペナルティの内に入らないよ」


「いっつもお小遣いカットされているもんね、オウジは」


大臣や責任者の取った“責任の大きさ”を自分の生活に置き換えて比較してみた央司を広海がからかう。


「庶民感覚で66万円っていうと相当な額だけど、この人たちにとっては痛くも痒くもないお金ってことよね。先入観って怖いですね、マスター」


とびっきりの笑顔を見せる千穂と視線を合わせながら恭一。


「先入観に気づいたことはいいことだ。でも、1兆円を注ぎ込んだもんじゅの責任を取るのに66万円×2人分の132万円でケリをつけようというのは虫が良過ぎると思わないか。しかも「実験炉」のもんじゅでろくに研究成果が上がっていないのにも関わらず、更にその先の段階の「実証炉」の研究を始めるというから、おいおいってツッコミを入れたくなる。文科大臣と機構の理事長をスケープゴートにしたけど、所詮代わりなんかたくさんいるわけで」


なるほど、と大きく頷いた千穂は皮肉で恭一に応えた。


「結局。名前負けした感じね、もんじゅ。三人どころが、官僚や研究者が何十人、何百人寄っても、もんじゅの知恵なんか浮かばなかったってこと。『三人寄れば文殊の知恵』の文殊菩薩も可哀想」


不祥事の対価として政治家や各界の責任者が罰として受ける給与や手当の返上額と期間。果たして戒めの意味として適当なのかどうかも、再考の余地がありそうだ。何しろ20年以上がムダになったのだから。

そもそも返上される給与はどこに行くのか。国庫に返上された後、どう使われるか不明だ。政府の飲食費なんかに使われたら目も当てられない。せめても、廃炉に使われなければ意味がない。

幹太は原子力発電を止めて、他の発電に切り替えるべきだと考えている。


「だけど、火力発電だってCO2とかの問題があるんじゃないの」


火力発電は石炭などを燃焼させてタービンを回して電力を作るから、大量の二酸化炭素を排出することは避けられない。


「確かに大量に排出されるCO2は、地球温暖化の大きな要因でもあるし課題も多い。でも森林がCO2を吸収することで相殺されるから、気候変動に関する世界会議で加盟各国がCO2の排出基準を定めて対策に乗り出してはいるんだよね」


幹太は授業で習った京都議定書のことを思い出した。現在は、2020年以降の対策を定めたパリ協定が発効され、2016年11月段階でEUを含めた196の国と地域が批准している。


「COP(コップ)(Conference of the Parties)ね」


「COPもさ、南北格差、つまり先進国と遅れて工業化が進む地域、高度成長の真っ只中にいる国々との間の調整、折り合いが難しいらしいよ」


と幹太。現在経済発展を続ける新興諸国の主張には、先進諸国に対する批判や反発がある。温室効果ガスの排出基準のない時代に、無秩序にCO2を排出して経済発展を遂げながら、今は各国平等に削減を求めているからだ。


「オゾン層が破壊される原因とも言われているCO2は、植物の光合成による吸収効果とのバランスを取って調整することが可能で、人間の知恵で何とかなるレベルらしいけど、原子力発電の場合は使用済みのウランも副産物のプルトニウムも今のところ安全に分解する術がないのが最大のネックなの。オマケに人体をはじめ生物界にとって、ガンの発症とか遺伝子の変異とか生命に関わる大きな影響を与えるもんだから地中深くに捨てるとかしか方策がないらしいわ」


原発の抱える最大の問題を千穂は不安に思う。福島のような大事故が起きなくても、現状のままでは問題は解決されず、危険な副産物だけが生産され続けることになる。


「だからパンドラの箱ってわけか。開けてはいけなかった禁断の箱。豊かな生活、より便利で快適な暮らしを求めた結果、危険と知りながら誘惑に勝てずにパンドラの箱を開けてしまった…」


話についていけず、一人蚊帳の外にいた央司が“戦線復帰”した。


「だから福島の事故以降はドイツをはじめ海外では脱原子力、つまり原子力発電から脱却した再生可能エネルギーへのシフトも始まっているわけさね」


世界の潮流が自然エネルギーに向いていることは確かだ。実際、ドイツでは元々は原発擁護派だったメルケル首相が東日本大震災後に反対派に転じ、政府は2022年までに原子力発電所を全廃することを法律で定めている。


「もう5年だよ、5年。東日本大震災から。どれだけ復興したっていうの」


と広海。当時、ボランティアで被災地に入った4つ違いの兄が今も被災地で復興の活動を続けているので、極々たまに話を聞くことがあった。


「復興の予算もさ、発生から時間が経って復旧工事も進んでいるって理由で、これからは国主導から、それぞれの被災自治体が中心の対策に切り替えられたけど、本当に一段落しているんだろうか。何か疑問が残るんだよね」


確かに被災地にも自助努力が求められるだろう。5年の月日は経ったが、果たして復興・復旧は進んでいると言えるのか。幹太の疑念は解消されない。


「どうせ、体の良い言い訳さ。いつまでも復興、復興ってかまっていられないっていうのが政府の本音だよ。災害復興住宅だって当初の予定通りに建設されているかっていえば全然だし。仮設住宅暮らしを余儀なくされている人たちは3年も4年も押し込められたままだぜ」


高校生の議論を黙って聞いていた恭一が、幹太の疑問に答えた。


「被災地の中でも特に原発事故の収拾の目処が立たない福島の場合は、全然先が見えないんじゃないかな。放射線量が下がったから避難解除して帰れっていうけど、無責任な印象は否めないわよね。5年も住んでいない住宅は傷み放題だし。家は借金して再建できたとしても、仕事はどうするっていう話。職場もなくなってしまった上に、病院や商業施設、商店街とか当たり前のライフライン、生活インフラが復旧していないのに個人の住まいだけ、除染が済んだから戻れって言うのはひど過ぎると思わない?」


「赤坂の一等地に建つ新しい議員宿舎に法外に安い家賃で暮らす国会議員には到底理解出来っこないんだろう」


恭一は千穂と同様、政府の方針に納得できないでいる。

2016年12月には、福島原発の廃炉の費用が21兆5,000億円に上ることが発表された。当初の予算の2倍を超える見通しだ。まるで、新国立競技場をはじめとする東京五輪関連の予算とダブって見える。政府や世界を代表する国際都市、東京の舵取りを担うエリート役人の力量を疑わざるを得ない。

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