斬られ役、サインする


 3-①


 スカイビルでのイベントの打ち上げも終わり、住んでいるアパートに帰る途中、武光はアパートのすぐ近くの公園に寄り道した。時間は既に夜の11時を回っており、昼間は近所の子供たちで賑わう公園も今は静寂に包まれている。

 武光は、公園のベンチに衣装が入ったリュックを置き、《竹光たけみつ》(=芝居用の木製の刀身を持つ模造刀)と普段の稽古や本番前のリハーサルで使っている木刀が入っている刀袋から、木刀を取り出し、素振りを始めた。

 100回ほど素振りをした後、今度は昼間の舞台の事を思い出しながら、木刀を振るう。

 舞台の上のあの独特の緊張感……立ち回りをしている時の肌がヒリつくような感覚……見てくれた観客達の拍手と声援、そして笑顔。舞台が終わった今でも気持ちのたかぶりが収まらない。

 今日の立ち回りを頭に思い浮かべながら、動く。


(BとCが斬りかかろうとしてくるのを胴払いで追っ払ったら……今度は頭領とAが左右から交差するように突きを放って来るから、上から突きを落とす……そしたらすかさず頭領とAが左右から足を狙って斬り上げをしてくるから跳んで躱して……そんでもって、四人が刀を振りかぶったら四方斬り。一人……二人……三人……四人かーらーの……回転斬りっと!!)


 武光が刀を返して回転斬りをしようとしたその時だった。


“ビュン!!”


「うわっ!?」


 武光目掛けて、キラリと光る何かが飛んで来た。武光は咄嗟に上体を反らして飛来物を躱した。

 武光の目の前を通り過ぎた物体はカッという音を立て、公園の木に突き刺さった。

 飛んで来た物体が何なのか確認しようと、恐る恐る木に近付いた武光はゾッとした。


「ゲェーッ!? うそやろ……手裏剣やん」


 公園の木に突き立っていたのは、棒手裏剣のような細長い刃物だった。


「ふっ……流石ですね!!」


 背後で女の声がした。武光が恐る恐る振り返ると、そこには昼間のフードの女がいた。

 武光の頭の中はパニックを起こしかけていた。


(またコイツか!? って言うかコレ投げ付けてきたのどう考えてもコイツやんな!?)


「昼間は危ない所を助けて頂き、ありがとうございました。貴方は命の恩人です!!」


(あかん……コイツめちゃくちゃ危ない奴やん!!)


「貴方の剣技……素晴らしいものでした。四人もの悪党を瞬時に斬り捨てるなんて!! そして何よりあの燃え盛るような正義の心!!」

「はは……どうも…………ぃぃっ!?」


 乾いた笑いを浮かべて後ずさろうとした武光の手をフードの女が両手でヒシと握った。


「貴方のその正義の心と剣技を見込んで頼みがあります……」

「え……えっと、その……なんでしょう……?」

「この紙に、貴方のお名前を頂きたく……」


 そう言って、フードの女は少しくすんだ一枚の紙を武光に差し出した。武光は差し出された紙をジッと見た。サイン色紙ではない、羊皮紙ようひしという奴だろうか。紙面には見た事のない文字が並んでいて、下の方に空白がある。


「さぁ!! ここに貴方のお名前を、急いで!!」


 まさか俳優として記念すべき初サインを、いきなり手裏剣投げつけてくるような危険人物にする事になるとは……


 武光は一瞬躊躇したが、相手は刃物を持っているのだ、断ったりしたら刺されるかもしれない。取り敢えずここは何とかやり過ごさねば。

 武光は、恐る恐る、羊皮紙と一緒に差し出された万年筆に似たペンを手に取った。


「えーっと……唐……観……武……光……っと、それじゃ!!」


 ベンチに置いてあった荷物を引っ掴むと、武光は一目散に逃げ出そうとしたが、思わず足を止めてしまった。


 女の頭上の空間に……大きな穴が開いている。


「なっ……何やねん……あれ……って、ちょっ何やコレ!? 引っ張られてっ……おわーっ!?」


 武光はその穴から発生した、ダイ○ンの掃除機もビックリの吸引力によって穴に吸い込まれていった。


「何とか間に合いました……これで、私の使命は……」


 フードの女はそう呟くと、自らも穴に飛び込んだ。


 ……二人が飛び込んだ穴は消失し、公園には静寂が戻った。

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