斬られ役、異世界を征く……前の日


 2-①


「よぉっしゃあああああーーー!! やったるでーーー!!」


 梅田スカイビル内に用意された一室で雄叫びを上げている男がいた。


 彼の名は唐観からみ 武光たけみつ、劇団《舞刃団ぶじんだん》に所属する役者である。


 舞刃団は大阪を拠点に活動する6人程の小さな劇団で、殺陣たて……いわゆる時代劇アクションのショーを各地のイベント等で披露して回っている。

 その日、武光は燃えていた、それはもう他の舞刃団のメンバーに若干引かれるほど燃えていた!!

 何故なら……その日は武光にとって初めての主役だったからだ。舞刃団結成から七年、最古参のメンバーであるにもかかわらず、武光は今の今まで主役を張った事が無かった。

 舞刃団では、経験を積ませる意味も込めて、入団二年目くらいで、新人に主役をさせるのだが、武光の場合、イベントが急遽中止になったり、音響係の病欠で急遽代役に入らなくてはいけなくなったりと、不運が重なりに重なって、主役を張るのに今の今までかかったのだ。


 七年もの間、斬られて、斬られて、斬られ続けて、刀のさびになり続けた男が、ようやく華々しく戦える場を与えられたのだ、アホの子みたいに雄叫びを上げるのも無理は無いというものだ。


 今日は、梅田スカイビル下のイベントステージで、20分程の尺のショーをやる事になっている。雲一つ無い快晴!! 大勢のギャラリー!! 武光のような役者バカなれば、心躍らざるを得ないというものだ。


 ……あと10分で舞刃団の出番である。武光達、舞刃団のメンバーは舞台袖ぶたいそでに向かった。


 2-②


 そして舞台は幕を開けた。

 武光は上手かみて(=客席側から見て右側)の舞台袖に隠れて舞台の様子を窺っていた。

 舞台の上では悪の浪人四人が、彼らの悪事を偶然目撃した町娘を捕らえている。


「見られたからには生かしちゃおけねぇ……」

「運が悪かったと諦めるんだなぁ……」


 浪人B役の下原しもはら君と浪人A役の小野おの君が町娘役の岩野いわのさんの両腕を捕らえて下卑た笑いを上げる。

 武光は拳をぎゅっと握った。もうすぐ出番だ……鷲矢わしやさんが抜刀して刀を振り被ったら、すかさず『待て!!』と言って登場する……


 頭領役の四ツ橋さんが片手を上げた。


「………この者を斬れぃっ!!」

「はっ!!」


 浪人A役の鷲矢さんが抜刀して、上段に振り被った!!


 よっしゃ……今や!!


「待──」

「お待ちなさいッッッ!!」


 武光が舞台上に登場しようとしたその瞬間、突然観客を掻き分けてフード付きのマントを羽織った人物が舞台上に上って来た。


「卑劣な真似を……そのご婦人を離しなさい!!」


 フードを被っているせいで顔はよく見えないが、声や体格からして女性だろう。

 観客のおっちゃんが、『ええぞーねーちゃん!!』などと声援を送る。完全にショーのキャストだと思っているようだ。


 (いやいやいやいや!! 全然良くないし!!)と武光は焦った。


 こういう観客はたまにいる……ショーを見ているうちにテンションが上がり過ぎて舞台上に上ってきてしまう客が。

 武光は舞台袖から出て行こうとしたが、四ツ橋さんの目が『待て』と言っていた。『目は口ほどに物を言う』とは良く言ったもので、七年も一緒に舞台に出ていると、目だけで相手の言わんとしている事が分かる時がある。ここは舞刃団一のベテランである四ツ橋さんに任せるしかない。


「飛んで火にいるなんとやら……こやつも捕らえろ!!」

「はっ!!」

「なっ、離しなさい!!」


 四ツ橋さんは下原君と小野君に命じて、舞台上に上って来た観客を下手しもて(=客席側から見て左側)に移動させた。その間、岩野さんには鷲矢さんが付いている。


「ふっふっふ……二人とも始末してくれる!!」


 四ツ橋さんの目が『今や、出てこい!!』と言っている。ベテランの機転に感服しつつ、武光は腹の底から声を出した。


「待てぇぇぇいッッッ!!」


 武光は、舞台袖から勢い良く飛び出した。


「何奴!?」

「その二人を返してもらおう…………はぁっ!!」 


 武光は浪人達の間に割って入り、町娘とフードの女を助け出した。アドリブで殴りかかったが、三人とも上手く対応してくれた。

 これから舞台上では激しいアクションが展開される。観客に舞台上にいつまでも留まられては危険だ。先に上手かみての袖にハケた(=隠れた)町娘に続いて、武光はフードの女を上手かみて側の舞台袖に誘導した。


「危ないからここで大人しくしとってください!! 絶対に出てきたらあきませんよ!?」


 フードの女が小さく頷いたのを見て、武光は再び舞台に戻り、悪役達に啖呵を切った。


「貴様らの悪業……天が許しても、この私が許さん!!」

「おのれ……者共、此奴こやつを斬れぃっ、斬り捨ていっ!!」

「「「応ッ!!」」」


 BGMが流れ出し、下手しもて側にいる悪役達が一斉に抜刀した。


「でやぁーっ!!」

「うおおーっ!!」


 浪人B・Cと続けて上段から袈裟掛けに斬りかかって来るのを左右に身体を振って躱す。


「だあーっ!!」

「おおおっ!!」

「ハッ!!」


 抜刀!! 頭領と手下Aが上段から斬りかかって来ようとする所を抜刀して牽制する。二人がジリジリと下がりながら刀を構え直す。

 武光はそれに合わせて、両手で大きな円を描くように腕を回した後、刀を右耳の横で垂直に立てて八双に構えた。実戦ならばそんな大袈裟な動きをしていたら斬られてしまうだろうが、これは、《見得みえ》を重視した時代劇ならではの《芝居のウソ》という奴だ。

 その後も武光は四方から次々と迫り来る斬撃を躱し、受け流し、受け止め、捌いた……と、文字に起こすと、武光がまるで剣の達人のように見えるが、殺陣たてとは元々、次に誰がどう動くか、順番があらかじめ決まっているのだ。


 もっとも……『順番があらかじめ決まっている』という事を観客に感じさせないようにするには、かなりの鍛錬が必要である事を付け加えておく。


 そして殺陣はクライマックスを迎えた。武光の左右の斜め前と左右の斜め後ろに立った四人が一斉に刀を振り上げようとするのに対し、武光は刀を上段に構えて《四方斬り》の態勢になった。


 《四方斬り》とは、自分の左右の斜め前と左右の斜め後ろに立った敵に対して、∞の記号を描くように刀を振るい、その名の通り、四方から襲いかかってくる敵を四連続の袈裟斬りで瞬時に斬り倒す技だ。


 全身の脱力と重心の素早い移動、刀の正確なコントロールが要求される技で、少しでもモタつくと一気に『順番があらかじめ決まっている』感が出てしまい、観客の子供とかに『あのワルモン、今のウチにあの人斬ったらええやん』と言われてしまう技なのだ。


 四人が刀を振り被った!! 全身の力を抜いて刀を振り下ろす!!


「うおおおっ!!」

「ぐはぁっ!!」


 一人目!! 右斜め後ろの敵を、上半身を捻りつつ袈裟懸けに刀を振り下ろす!!


「せいっっっ!!」

「ぐっ!?」


 二人目!! 一人目を斬った勢いをそのままに、今度は上半身を左に捻って上段に構え、再び袈裟懸けに刀を振り下ろす!!


「はあああっ!!」

「ぬぉっ!?」


 三人目!! ここで動きを止めてはいけない。今度は重心を右前に持って来て刀を振りかぶり、上段から右斜め前の敵を袈裟懸けに斬る!!


「どりゃあっ!!」

「ぐああっ!!」


 ラスト!! 今度は左に重心を移動しながら上段に構えて最後の一人を袈裟懸けに斬る!! 最後の一人を斬り終わった時に、刀を “ピタッッッ!!” と止めるのが、格好良く見せるコツだ。


「うおおおっ!!」


 止まる事無く四方斬りを終えた武光は、すかさず刀の切っ先を左後方に向けて、左の《脇構え》になると、その場でくるりとターンして水平に刀を振り抜いた。周囲の四人が斬られたリアクションをしながら、ぐるりとその場で一回転する。


 “……パチンッ!!”


 そして、武光が刀を鞘に収めると、四人の悪役は四方に倒れた。そのさまは、あたかも花のつぼみが開くかのようであった。


 ……まぁそれも、そう見えるようにタイミングや位置取りを計算して、斬られ役が斬られているのだが。


 観客から大きな拍手と歓声が上がる。途中でハプニングはあったものの、ショーは大成功だ。


 武光は観客達に深々と頭を下げた。


 無事にエンディングを迎えて、観客への挨拶も終わり、退場しようと上手かみての方を向いた時、武光は、あのフードの女がいなくなっているのに気付いた。


「まぁ……ええか」


 だが、武光はこの後、ちっとも良くない出来事に巻き込まれる事を知る由も無かった。

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