大きいところを勝てたなら

ペーパーオーナーゲームという、競馬ファンのお遊びがあります。

その年デビューの2歳馬を指名して、自分がオーナーになったつもりで応援していくというもの。どのレースを勝てば何点というようにポイントをつけ、来年のダービーやクラシックレースが終わるまでポイントを競ったりします。

この仔は走りそうだとか、この仔なら血統がいいから楽しみだとか、そんなことをワイワイ言いながら馬を選ぶのは毎年の楽しみでもあります。


ある年、わたしは1頭の牡馬に目をつけました。

サンデーサイレンスの仔で上にそこそこ走ってる兄がいる。

気性はきつそうで少し仕上がりは遅めだけど、ダービーには間に合うかも。

そんな気持ちで指名したことを覚えています。

名前はスウィフトカレント。青鹿毛の馬体が輝いて見えました。


予想通りデビューは遅く、暮れの阪神競馬場。

先行策から逃げ込みを図ろうとしたところで差されての2着。

もっとも、スピードはあるし成長は遅めだから、負けても次が楽しみだと思えました。

そのとおり、次の未勝利戦で初勝利。ペーパーオーナーゲームでは指名した仔が未勝利のままということも珍しくないので、正直この勝ちでホッとしました。

そこから自己条件を一度使って、次に出てきたのは青葉賞。

格上挑戦だしまだまだ成長途上だしで、応援しているわたしとしては期待より不安の方が先に来てしまいます。

優先出走権が取れればいいが、勝ち負けまではどうだろうと思って見ていたら、案の定4着。ダービー出走はかないませんでした。

それでも、能力の高さは少しだけ見えたのかな、と。

ダービーに出られなかったことでペーパーオーナーゲームとしては終わってしまいましたが、彼はこの後も応援していきたいなと、ハズレ馬券を握りながら考えていました。

いつか大きいところを勝てたなら、その時は自分の馬を見る目があったってことにもなりますし。


その後は常に人気を背負いながらも鋭い末脚を武器に勝ったり負けたりを繰り返しつつ、迎えた5歳。

この年から夏のローカル競馬にサマーシリーズというものが出来ました。距離別に該当する重賞の成績に応じてポイントが割り振られ、そのポイントを一番多く獲得した馬に賞金が出るというものです。

スプリント、マイル、2000とシリーズが組まれ、ローカル競馬を得意とする強者たちがこぞって出走してきます。

この頃には彼の適正距離は2000メートル前後ということもわかり、オープンに上がったばかりの彼にとってはサマー2000シリーズは魅力的なものに見えたようで。

じっくりと休養をとって力を蓄えた彼は、小倉記念に出走してきました。


道中は後方待機。4コーナーで最内を突いた彼は直線を内ラチ沿いにスルスルと伸びてきます。

そのまま人気どころを従えて重賞制覇。奥手の血統ですから、これから大きいところも狙えるなあと、わたしは期待に胸をふくらませました。

続いて出た新潟記念では4着でしたが、シリーズに出た馬の中で最も多いポイントを獲得した彼は、サマー2000シリーズの初代チャンピオンとなりました。


勢いに乗った彼は続くオールカマーでも4着と好走。いよいよGI、秋の天皇賞へ出走することとなりました。

出馬表を見ると「そこそこ走ってる兄」のアサクサデンエンがいます。今となっては安田記念を勝ってて、そこそこどころではありません。やはりこの血統は奥手だったんだなあと思いながら改めて見てみれば、他にもダイワメジャーやスイープトウショウなど、骨のあるメンバーが揃ってます。

新聞は夏の上がり馬と言って取り上げてくれましたが、人気も7番人気とそれほどあるわけではありません。

こりゃあ苦労するかなとパドックを見てみたら、彼は絶好調でうなってました。青鹿毛の馬体が秋の日差しを受けて輝いてます。

これならやれるかも知れない。わたしは単勝馬券をそっとポケットにしまい込みました。


道中は中団の内側。わたしは小倉記念のことを思い出していました。

あのときはインをすくって伸びたよな。今回だって有力どころは後ろで外を回してくる。

だからインは必ず開くはず。うまいこと突ければ……。


大ケヤキの向こう側までじっと我慢していた彼は、4コーナーのイン側をスルスルと伸びて来ます。

前を走ってた兄をかわして少しだけ外に持ち出し、逃げ込みを図るダイワメジャーに馬体を併せていきます。


いける、もう少しだ。交わしてくれ。

そんな願いもむなしく、半馬身ほど遅れてゴール。

とはいえ、7番人気で2着は上出来とも言えるものでした。

奥手の血統だしまだまだ成長出来る。今でこれならこの先だって。

わたしは馬券が外れたことよりも、この先に大きな喜びが出来るであろうことに期待しました。

いつか大きいところを勝てたなら……。


しかし、彼の活躍はここまででした。

この後も彼は8歳の春まで走ったのですが、勝ち星は掴めずじまい。中京記念で15着と大敗をした後、彼の引退が発表になりました。


大きいところは最後まで勝てませんでしたが、彼は種牡馬になれることになりました。

静内の牧場で種牡馬生活をスタートさせた彼は、毎年少ないながらも子供を送り出してくれました。中にはドバイのUAEダービーで3着に来た仔もいたほどです。

2019年には大井で娘のサンルイビルが5連勝を含めて7戦6勝7連対と大ブレイク。重賞制覇まであと一歩という活躍を見せてくれました。

そして、3年前からは青森の牧場に引っ越して来て、青森の馬のレベルアップに貢献してくれています。

地方競馬の重賞勝ち馬は出てますが、中央での重賞勝ちをした子供はまだ出てきていません。

しかし、今の牧場ではすごく大事にされてますし、これからの活躍だって期待したいところ。

彼の子供が、いつか大きいところを勝てたなら……。

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