ハニートラップボーイ

「で、知らなかったんだ。トーナメントが先着順だったこと」

 キャンディナは俺の横に寝そべって文句を垂れる。気持ちのいい青空の下で芝生に横たわる俺たちは途方に暮れていた。

 俺がトーナメントの情報を仕入れた時には「トーナメントの受付開始時刻」しか開示されてなくて、大会の2日前ほどに先着順という情報が解禁されたらしい。

 全24組、俺達の情報網で仕入れたこのゲームの参加人数10万人に対して圧倒的に少ない当選枠は受付開始からわずか五分で枠が埋まってしまったらしい。

「だからもう1回情報収集に行こうって言ったじゃん。それなのにダストは『そんなに頻繁に行ったところで変わらねえだろ?』とか抜かして。バッチリ変わってるじゃない」

「ガチャゲーのメンテ延長みたいなもんだし仕方ないだろ」

「私ゲームは苦手だから意味不明な言葉使わないでって言ったよね」

 キャンディナはそもそもゲームに詳しくないらしく、この世界での単語以外はあまりよく知らない。それをわかってての言葉選びはキャンディナの怒りにさらに火をつけたらしい。物理的に俺を燃やそうとポケットから魔導書を取り出した。

 炎が俺に襲い掛かる寸前に止めたのはヴィロフェイムだった。

「過ぎたことはいいじゃん。肝心なのは暇になったってことかなー」

 相変わらずのんびりな口調のヴィロフェイムが「お腹空いたー」なんて言うから俺たちは争う気がなくなり、また芝生に倒れこんだ。

「まあ、悪かったよ。めんどくさがらずに行っとけばよかったな」

「私こそごめん。結局私もその意見に納得したんだから言える立場じゃなかった」

 お互いに謝ったところで俺たちは芝生から立ち上がってこのあとをどうするか話し合った。

 せっかく暇になったしアクセサリーを見に行こうと言うキャンディナ、眠いーと早く帰りたそうにしてるのヴィロフェイム、そして俺たちの意見に委ねると言ってるコポッポトリス。

 なかなか決まらなくて街の外をぶらついていると横からふと人の声が聞こえてきた。

 なんとなく面白い予感がして、3人に合図を出す。声を落としてもらうと少し会話が聞こえてきた。

「でさ、トーナメントまでどうするよ」

 ぼやぼやとした会話の中でこの声がはっきりと聞こえた。3人も聞こえたようで完全に会話をやめて俺と共に近くの草むらに身を隠した。

「つか参加資格ギリギリに入れるなんてな」

「先着ってラッキーだよな。俺達みたいな弱小でもトーナメントに出れるなんて」

「いや、出たいやつに高値で売ろうぜ。きっと高値で売れるだろうから」

「お前名案!」

 話し声のやつらは運良くトーナメント参加券を得たがそれを使う気は無いらしい。それどころか金儲けの道具にしようとしている。

「先頭のやつが持ってる……あれが参加券か」

「券というよりあれは剣?」

 コポッポトリスが疑問に思うのも無理はない。

 先頭のやつがこれ見よがしに見せびらかしているのは確実に武器だ。あいつらの言葉がハッタリの可能性もあるけど、それなら俺たちに気づいていることになる。そこまで近いわけでもないし、それはないと思う。

 なのであの剣があれば参加資格があるということなのだろう。

「どうする、あいつらムカつくんだけど」

 どうする、と言いつつコートのポケットから本を取り出すキャンディナ。ほかの2人も武器を構えだした。

 やる気満々だな、と思いつつ俺はゆっくり立ち上がる。

「俺があいつらを油断させるから合図したら頼む」

「「「了解」」」

 腰の小型剣をキャンディナに、盾をヴィロフェイムに預けて俺は草むらを走り出す。参加資格を見せびらかしている4人の男集団が進むであろう道を先回りして準備を始める。ゲームの中なので髪型が乱れたりすることはないが一応身なりを確認する。この作戦がバレたら素手で四人を倒さなければいけないからな。出来れば成功させたい。

 やがて男達の姿が見えた時に俺は地図を逆さに持って「あれ? んー?」と困った振りを始めた。

 本来男の俺が男4人の集団に色仕掛けなんて効くはずがない。しかし俺のこの中性的な容姿、そしてゴシックドレスならば色仕掛けなど簡単だ。

「あの、大丈夫?」

 案の定剣を見せびらかしていた男は俺に声をかけてきた。後ろの3人も俺を疑ってる様子はない。若干1名エロい目で俺を見ているが。

「すみません。道に迷ってしまったみたいで。ここに行きたいんですけどどっちでしょうか」

 猫なで声で地図の、ある街を指さした。男達の進む先には俺達がトーナメントに参加できなくて苦い思いをした街ひとつしかない。俺はその街を指さして相手の顔色を伺う。

 ここでぱーっと明るい顔になればこのあとが楽になる。逆にこの先ですよ、とだけ言われればちょっと手荒な手段をとるしかなくなるのだ。

 相手の答えは前者だった。

「俺達もそこに行くところなんだ。良かったら案内するよ」

「わぁ! ありがとうございます! 優しい方々なんですね」

 と適当に猫声を返しつつ世間話を始める。と言ってもゲームに来てからどうか、なんて聞かない。この世界がゲームだと思っているのは今のところ俺達4人しかいないのだ。目の前の男たちもここがゲームだと知らず、現実だと思い込んでいる。

「その……持ってる剣って強そうですね。ルルーさんのなんですか?」

 剣を見せびらかしていた男、ルルーにそれとなく話しかける。勝手に自己紹介を始めてくれたおかげで9割いらない情報を得ることが出来た。

「この剣はね、トーナメントに参加するための資格みたいなもんだよ」

「ということはトーナメントに出るんですか!」

「まあな! そうだ、リンリンちゃんも俺達のこと応援してよ!」

 リンリンという偽名で俺のことを呼んでくるルルーに嫌悪感を抱きながらも俺は決して笑顔を崩さない。

「ええそうですね。それなら私の友達も一緒に応援しますね。あら、噂をすれば来たみたいです」

「え、まじ!?」

「おーいみんな!」と街の方に叫びながら逆方向に隠れているみんなに合図する。

 俺は顔だけを軽く後ろに向けて観察していると茂みから出てきた三人がルルー以外の三人を各々のやり方で気絶させた。その音に気付いてルルーも後ろを振り返る。俺はその隙をついて振り返りながら気持ち悪いルルーの後頭部に回し蹴りをヒットさせた。これがプレイヤーじゃなくてモンスターだったら金に変化して消滅したのにな、と思いながら剣を拾い上げる。

 俺が腰に差してるものより小さめな剣。どうしてトーナメント主催者はこんな剣を参加権にしたんだろうか。参加剣というしょうもないダジャレのためだったら優勝賞品をもらったうえで気絶させてやろう。

「お疲れダスト。いい演技だったね」

 キャンディナが笑いながら言うので俺はあえてモデルのようなポージングで答えてやった。

「お前のだぼだぼコートなんかよりもよっぽどセクシーだろ? あいつらも俺が男なんて微塵も疑ってなかったぜ」

 苦笑いするキャンディナは俺をスルーして街へ歩き出す。コポッポトリスとヴィロフェイムもだ。結局俺のネタは触れられることなくトーナメントの開始時刻になった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺はただ自分じゃない別キャラになりきれる超本格VRゲームで遊びたかっただけなのに とゅっちー @cherry_east

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ