♯3 焦がれた再会(魔王の憂鬱)



 俺の名はマオグリード・アスラ。

 両親が死んでからは、ただマオリと名乗っている。


 両親とは三歳の時に死に別れた。

 両親の事はほとんど覚えていない。


 俺の両親は一族の長的な立場にあったのだそうだ。

 その立場上戦わねばならぬ相手と戦い、命を落としたとそう、セルアザムから聞いた。


 セルアザムは俺の親父だった人の古い友人で、生前の両親に頼まれて俺を引き取ったのだと教えてくれた。


 俺はセルアザムに育てられた。

 その事にはとても感謝している。

 感謝してもしきれない位だ。


 けど、本当の両親の話を聞く時は複雑な気分になる。


 実の親父と母親の話だというのに、それは、どこか遠くの知らない人達の話にしか聞こえなかった。


 セルアザムにそれを言うととても寂しそうな顔をするので、自然に俺も段々と言葉数が減っていった。

 セルアザムを実の親のように慕っているにも関わらず、その事を告げる事が出来なくなっていた。


 正直俺は、歯痒さにイラついていた。

 見た事も無い本当の両親に遠慮してセルアザムに自分の気持ちを伝えられない事に、いつも腹を立てていた。


 セルアザムは魔族でありながらも人族の世界で人族に紛れて暮らしていた。


 その理由は知らない。


 一度だけ聞いてみた事があるけど、そうせざるを得ないからだとしか教えてくれなかった。


 まるで何かを探すように色んな所を転々としていたように思う。不思議に思う事もあったが、次第に、それはそういうもんだと思うようになっていた。


 だからある村で定住すると聞いた時、ひどく驚いたのを覚えている。

 珍しいとも思ったがその頃の俺はすでに、あまりセルアザムと話さなくなっていた。


 その村で俺は、レフィアと出会った。


 村の子供達。人族の子供なんかと仲良くする気のなかった俺はいつも一人でいた。それで構わなかった。


 なのにアイツは、いつも一人でいる俺に勝手に同情したのか、村の子供達と仲良くさせようとしてきた。


 鬱陶しいから無視してたらぶん殴られた。

 ひどいヤツだと思った。

 殴り返して泣かしてやろうかと思った。

 思っただけで殴られた。

 本当にひどいヤツだと思った。

  

 レフィアは亜麻色の髪をふわりとさせながらよく怒り、よく泣き、よく笑うヤツだった。


 そのくせ1つ年上だからか怖い時には怖いと言わず、本当に痛い時や悲しい時には無理にでも笑い、やたらとお姉さんぶって何かと構ってくる。


 いつの間にかそんなレフィアから目が離せくなっていた。

 最初は絶対に隙を見つけて泣かしてやろうと狙っていたのに、そんな事はすぐに忘れてしまっていた。


 レフィアと一緒にいる事が楽しくなっていた。

 気が付けば、いつも一緒だったように思う。


 大人にも物怖じしないレフィアはセルアザムにもすぐになついた。

 レフィアと一緒に、セルアザムから色んな話を聞く機会が増えていった。


 歴史や文化、花の名前や動物の名前。剣の扱い方から、とっさの時の行動まで、レフィアと一緒になって、色んな事をセルアザムから教わる事が出来た。


 いつも感じていた苛立ちも消え、素直にセルアザムと向き合えるようになっていた。


 いつまで一緒にいたかった。

 いつまでもレフィアと一緒にいるもんだと、訳もなくそう思い込んでいた。


 11歳になった俺は力に目覚めた。


 力の目覚めとともにセルアザムは本当の事を俺に教えてくれた。

 俺の両親が誰と戦い、何を守ったのか。

 力無き俺では受け止められなかった真実を、俺はその時になってはじめて聞かされたのだ。


 俺は覚悟を決めた。


 俺にはしなければならない事があった。

 その為に多くの血が流れたのだ。

 俺は、それを背負わなければならないのだと知った。


 そしてそれは、レフィアとの別れを意味していた。

 俺は魔の国に戻らなければならない。


「レフィア! 必ず迎えに来るから待っててくれ!」


 あきらめきれなかった俺はそう約束した。

 守れる保証なんかないのに。

 迎えになんか、これるハズも無いのに。


 それでもレフィアは俺を疑わず、頷いてくれた。


 それだけで、……十分だった。


 その約束と人の世界での時間は、俺の宝になった。

 俺を支えてくれる確かな力になった。


 5年。


 乱れる祖国をまとめあげ、俺は念願を果たした。

 ただひたすらに駆け抜けた5年間だった。

 運もよかった。仲間にも恵まれた。

 けれどもそれは、レフィアと過ごした時間が俺を変えてくれたからこそだと知っていた。


 力無きものの苦しみ。誰かと共にある事の喜び。

 手を差しのべる事で、声をかけるただそれだけで救われる者がいる事を、俺はレフィアから教わったのだ。


 俺は魔王になった。


 俺の力は、その為にあるのだ。

 傷つき疲れ果てていた魔の国。

 この魔の国を、これからこの力で救わねばならない。


 その為に、魔王になった。


 魔王になった俺に、レフィアを迎えに行く事なんて出来るハズもない。俺は魔族を統べる王になり、レフィアは人族の世界の人間なのだから。

 約束を忘れた事なんか一時も無い。

 あの約束こそが、俺を支えてきてくれたのだから。


 だからこそ俺は、自分の耳を疑った。


 レフィアを俺の花嫁として迎え入れる。


 その話が出た時に、ありえないと思った。

 そんな事が出来る訳がない。

 レフィアは人族の娘だ。

 魔王の花嫁なんかに出来るハズもない。


 ……。


 ……。


 けど、俺はすがってしまった。

 もしそれが出来るのであれば。

 もしそんな事が可能なのであれば。


 俺は配下から進言されたその話を受け入れた。

 誰とも婚姻を結ぶ気もなかった。

 けど、それがもし、レフィアであるのなら。


 謁見の間にレフィアが姿を現した。

 全身が歓喜に震え、身動き一つ出来なかった。


 5年の歳月を経た彼女はより美しくなっていた。

 見惚れて言葉を失った俺の元へ、近づいてくる。


 間違いなく、レフィアだ。

 今目の前に本物のレフィアがいる。

 ただそれだけで、嬉しかった。


「マリエル村のレフィアで、相違無いな」


「違います。人違いじゃないですか?」


 ……。


 ……。


 ……は? いや、違わないだろ?

 誰を見間違うとも、俺がお前を見間違うハズがない。


 ……あれ?

 何だかいやな予感がする。


「陛下の前へ進み、跪いて忠誠の言葉を」


 宰相のバルルントがレフィアに告げる。


 いや、待て。……忠誠?

 レフィアが、……俺に?


 駄目だろ、駄目だって、駄目だそれは。


「ふざけんな」


 あ、レフィアの顔色が変わった。やばい。

 全身から急激に血の気が抜けていくのが分かる。

 氷点下の視線にさらされながら、バルルントがさらにレフィアに忠誠を促す。


 やばい。止めないと。

 けど、どうやって止める!?


 今ここで、大勢の目の前でバルルントを諌めるか?

 ……駄目だ。魔王である俺が、人族であるレフィアを庇ってバルルントを諌める?

 それではいらぬ禍根が残ってしまう。


 気づけ! バルルント! 

 俺の顔色を読め!

 違う。兜のせいで顔色が分からないんだ。


 ああ! 何で今俺はこんな兜をかぶっているんだ!

 兜がなければセルアザムかアドルファスに、バルルントを止めるようにアイコンタクトできるのに!!

 感動の再会を演出しようとした、自分の浅はかさが恨めしい。


 だってチャンスじゃん!

 すっごく良いシチュエーションじゃん!


 魔王を目の前にした緊張の場面。

 そこで兜を脱いで幼馴染と再会するとか、ちょっと演出してみたくなるじゃん!

 より感動的に再会したかったんだってば!


 何でわざわざ一番禍禍しく見える鎧兜を選んで着込んでだよ俺は。ちょっとそれらしく、偉ぶってみたりもしてたし。

 そうだよ。そっちの方がギャップがあって、より盛り上がるかな? とか少し考えてたからだよ! ごめんよ! 本当に!


 レフィアに会えると知って、浮わついていたちょっと前の自分を撃ち殺してやりたい。


 どうしよう。益々険悪になっていく。

 早い所顔を見せないと、やばいかもしれない。


「嫌です」


 レフィアがはっきりと拒絶した。

 頭の中が真っ白になる。


 嫌われた? レフィアに?

 魔王が? 俺が?

 嘘だ……。え? マジで?


「魔王と聞けば誰でも言う事を聞くと思ってんの? ふざけんなっ! そんなん、お伽噺の中だけでじゅーぶんだっての! えっらそうにふんぞり反ってるけど、たかが私みたいな村娘一人捕まえて、何を大袈裟にしてんだかっ、器が知れるわよ!」


 ……いや、魔王だからだ。


 俺が魔王だけど、魔王は俺だけど、彼女にとっては俺は俺で、魔王は魔王で。


 ……分かっていても滅茶苦茶きつい。

 レフィアは魔王が俺だとは知らない。

 だから仕方ないかもしれないけど、今の一言にはずいぶんと心を抉られる。


 落ち着け。落ち着け俺。落ち着け魔王。

 今から兜を脱いで、落ち着いて俺だと……。


「だいたいにして、あんたもあんたよ! 魔王!」


 レフィアが俺にビシッと指を差した。


「花嫁だなんだと人に求婚するなら、それなりの誠意ってもんがあるでしょ、普通はっ! 村の人達を人質にとってまで無理矢理連れて来ておいて、それが曲りなりにも花嫁を迎える態度なの!? どんだけ恥ずかしくて醜い素顔だろうと、兜をとって顔を見せるのがせめてもの誠意ってもんでしょーが! それが何よ! 完全防備で偉そうにふんぞり反ったままで! 素顔が恥ずかしいならもう千年、顔を洗って出直して来いっ!」


 今兜脱いだら駄目じゃん!


 村人を人質にとか何の事だ? 知らんぞ!?


 ……やばい。

 バルルントが目に見えてぶちギレた。

 見かねてアドルファスが宥めるも、その言い方じゃ火に油を注ぐだけだ。


 レフィアなんか目を閉じて覚悟を決めちゃてるし。

 そこまでか!? そこまで嫌か!?


 なんだかバルルントとアドルファスも、最早ただの口喧嘩になってきている。


 ……。


 ……。


 ……はぁ。


 駄目だ、これは。


「バルルントも、アドルファスも、もうよせ。」


 何か俺1人で舞い上がっちゃってごめん。

 周りに迷惑かけてたな。反省するよ。


「もう良い。二人ともそこまでにしておけ」


 少し冷静になろう。……うん。


「色々と行き違いがあるようだ……。後で詳しく聞こう。セルアザム。レフィアを頼む」


「かしこまりまして」


 セルアザムなら俺と一緒にマリエル村にいたし、レフィアの事をよく知っているから、上手くレフィアを宥めてくれるだろう。


 セルアザムとレフィアが謁見の間から退出する。

 残りの謁見や報告には、何も問題はなかった。


「お見苦しい所をお見せしてしまい。誠に申し訳ありませんでした。陛下。」


 後でバルルントが顔を真っ青にして謝ってきた。

 目に余る所も多々あるけれど、優秀だし、かけがえのない腹心である事に違いはない。

 今回は助平心を出し、周りに配慮を怠った俺に一番の責任がある。

 俺の方こそ、正直すまなかった。


 これからの事を思うと気が重い。

 どんな顔をしてフォローを入れればいいのか。


 鎧兜がとても重く感じる気がする。


 どうしよう、……これ。





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