♯2 魔王の花嫁



 魔王城のど真ん中で魔王に喧嘩を売った。


 わははははは。

 我ながら何て無謀な事をしたもんだ。

 腹に据えかねてたんだから無理も無い。

 反省も後悔もしてない。


 謁見の間ですぐさま惨殺されるような事は、どうやら避けられたみたい。けど別に、それで助かったんだとも思えない。


 このまま何も無かった事にならないかな……。


  魔王の花嫁として、右も左も分からないままに突然連れてこられた私。


 一国のお姫様でも大富豪の一人娘でも無い私を、こんな所までわざわざ助けに来てくれる人なんているわきゃない、


 今助けに来てくれたんなら、熱烈な包容と新鮮な卵にむしった羽毛もつけちゃうのに。


 どこかに落ちて無いだろうか。

 通りすがりの英雄とか。


 ……。


 ……。


 ……無いわな。


 ありもしない妄想に逃げるのは止めとこう。

 ただ虚しいだけだ。


 連れてこられた部屋を見渡す。


 さっきまでの趣味の悪い謁見の間とは違い、うって変わったかのように極々普通の控え室だ。

 白いレースのかかった丸テーブルの上には、濃いピンクのバラまで飾ってある。


 うーん。


 これからどうなるんだろう。私。


 セルアザムと呼ばれてた老紳士に連れてこられたのが、この部屋だった。

 魔王に頼むと言われてた老紳士は、とても丁寧に対応してくれて、ついでに服まで着替えさせられた。

 村からここまで無理矢理連れてこられて、それ以来着た切り雀だったから、ありがたいと言えばありがたいんだけど……。


 何故に純白のドレスなんだ。


 そりゃあ、憧れのドレスなるものに身を包むのは、乙女として嬉しくもあるし、夢でもあったのも確かだ。

 けど何もそれが、魔王城の中で叶わなくてもいいだろうに。


 コルセットで締め上げられた腹が苦しい。

 いやマジ何だこれ。

 ドレスって、こんなに忍耐を強要されるものなのか。


 憧れは憧れのままでいて欲しかった。


「ひっひっふー。ひっひっふー」


 息も絶え絶えに呼吸を浅くしてみる。

 駄目か……。


「いかがなされました。王妃様」


 身をよじって楽な姿勢を模索してると、同じ部屋に待機していた女の子に声をかけられた。

 同じぐらいの年頃の、ずば抜けて綺麗な顔をした女の子だ。


「……何でもありません。胴回りをどうにか出来ないかと無駄に足掻いてるだけです」


 静々とかしこまる女の子。

 ごめんね、無駄に気を使わせてしま……。


 ……。


 今、なんつった?


「何か?」


 思わずまじまじと女の子の顔を凝視してしまった。

 コクンと首を傾げて、不思議がる女の子。


 くっ……。何だこの美少女は。

 本気で可愛いじゃないか。


「今、王妃って呼ばなかった? 私の事」


「はい。……そうお呼びしましたが、それが何か」


 王妃……。

 王妃って何だ王妃って。


 畑に撒く肥料か?

 それは追肥だたわけ者。


「……何で私が、王妃?」


「陛下はレフィア様を花嫁にと選ばれました。魔の国を統べる王の伴侶なのですから、王妃様とお呼びするのは当然です」


「……いや、伴侶って。私、それ断ったんだけど」


「ありえません。陛下のご意向はすべからく成される事なります」


 ……ありえませんって。

 断言されてしまった。


 いや、ありえませんって事がありまえせん。

 私は、私の自由意思を尊重します。


 ……なーんて言っても、水掛け論なんだろうな。

 こんなに綺麗な子なのに、魔王なんかに心酔しちゃってるんだろうか。


 何というか、……かわいそうに。


「何でしょうか。王妃様」


「いえ、何でもありません……」


 うっ……。ギロリと睨まれた。

 お人形みたいに綺麗な顔してるのに、変に凄みのある子だ。正直、怖いです。


 ……。


 ……。


 それにしても、王妃か。

 王妃ね。

 魔王の花嫁だから、そりゃ王妃か……。


 ……。


 ……って、ちょっと待てぃ!


「王妃!? 私が!?」


「今その説明をしたばかりですが、お耳に届いていらっしゃられなかったのですか?」


「いや、だって。えぇぇっ!? ……は? 何でそんな話になってんの?」


「レフィア様が、陛下の花嫁だからです」


「えっ、だってほら。魔王の花嫁って、十把一絡げに集められて、いやらしい事されたり、邪神やなんだの生贄にされちゃったりするんじゃないの!? 何でそれが王妃!?」


 魔王が人間の娘を拐って『花嫁』呼ばわりするのって、そういう目的の為じゃないの!?

 よくあるお伽噺なんかだと、そういう展開になっていくのがお約束だから、てっきりそういうもんだとばかり思ってた。


 心に浮かんだ素朴な疑問を素直に口にしたら、突然、そこはかとない殺気が辺りに満ちた。

 煮えたぎる溶岩でさえ冷えて固まるような、底冷えのするような、冷たい殺気だ。


「僭越ながら申し上げれば、陛下はいかなる理由があろうと、女性をそのように扱われるようなお方ではございません」


 淡々と否定する言葉に冷酷な殺気を感じます。

 何だか……、めっちゃくちゃ怒ってるっぽい。


「さらに言うのであれば、陛下の素顔はこれっぽちも醜くありませんし、公にして恥ずかしい事などまったくありません」


 ……さっきの私のセリフだね、それ。

 この子もさっきのあれ、聞いてたのか。


「……それでもただの村娘の私が王妃とか、後宮の賑やかしとかならまだしも、……なくない?」


「陛下に後宮はございません。自らお立ちになり即位されるまでも、されてからも、陛下は色に惑う事なく王道を歩まれておいででした」


 色に惑う事なく。

 ……浮いた話の1つも無く?


「えっ!魔王って、まさか童t……」


「……王妃様?」


「いえ何でもありません。すみません」


 何か物凄く汚らわしいモノを見る目で睨まれた。


 はい、すみませんした。


「えっと……。ああ……」


 この子の名前知らないや。


「リーンシェイドと申します」


 察してくれた。色々凄いなこの子。

 可愛いけど何か怖い。


「リーンシェイドは魔王の事よく知ってるの?」


「ご質問の意図を図りかねますが、陛下は私共の尊敬する偉大なお方であらせられます」


 うーん。とことん心酔してるっぽい。


 何か神殿でつんとしてる神官さんみたい。


「『力とは、力無きモノの為にあってこそ意味をなす。お前達の力を貸せ。俺がその力に意味をつけてやる。』」


 うん?


 一息間をおいて、リーンシェイドが語りだした。


「あに様と私に陛下はそうおっしゃられました」


「……んで?」


「その場ではっきりとお断り申し上げました」


「はい?」


「力を貸す等とんでもございません。身命を賭してお仕え申し上げますと、そうお答えいたしました。陛下の御為人をお知りになられたいのでしたら、どうぞ、御自らお訊ねになられると良いかと」


 あー、はいはい。……そういう事ね。

 探りを入れるくらいなら直接確めろと。

 めっちゃ穏やかでいい笑顔しちゃって。


 こんな美少女にそんな表情されると、見てるこっちが照れてしまうじゃないか。


 前言撤回。神殿の神官さんはこんな顔しない。


 こんな子にこんな顔させる魔王……。

 何か思ってたんと違う。……っぽい?


 でも、魔王は魔王であって魔王が魔王で魔王……。


 呼び鈴が鳴ってリーンシェイドが下がって行く。

 魔王って何だろう。よく分からなくなってきた。


 魔王なんて、お伽噺の中でしか知らない。

 少なくとも私の村にはいなかった。


「王妃様。陛下がおみえになられました」


「……ん?ああ、私か。ほいさ」


 王妃はやめようよ。呼ばれてると気付きにくい。

 陛下が来たのね。陛下って魔王の事だっけか。

 魔王も王ってんだからやっぱり陛下なんだね。

 

 王のお嫁さんだから王妃か。


 だから私は魔王の花嫁じゃ……。


 ……。


 ……。


 なんだと?


「……誰が来たって?」


「陛下がおみえになられました」


 ……魔王が、来た。





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