無表情のマナミちゃん

KUYU

第1話 秘密の昼食会

 あたたかな風が吹き始める季節。

 植物は生いしげて花を咲かせ、小鳥たちは春を知らせるかのように鳴き声を上げる。

 春という季節を生き物達は歓迎し、また人は春にやって来る新入生をも歓迎し、新しい学園生活を提供する。


 そして新入生は入学式も終えて少しずつ高校生活に馴染んでいく。そんな季節の頃。









 ある高校の教室の休憩時間ではとある話で盛り上がっていた。


「知ってるか!二年生の先輩に超人気アイドルがいるって!」

「マジか!一体何処どこのアイドルなんだ!?」

「それが今有名のアイドルグループ、BeautyビューティーFlowerフラワーのセンターの人子なんだって!!」

「ホントかよ!!今度会ってみてぇ!!」


 この高校に入学したばかりの男子生徒達の間では、その話ばかりで盛り上がっていた。

 とても思春期と言える光景だが、そんな盛り上がっている男子の連中から少し離れた所で男子生徒が二人、その盛り上がりようを見てため息をく。


「だそうだぞ。わたる

「いや急にオレに振らないでくれないかな?」

「だってお前は……って何処に行くんだ?」


 話してる途中で席を立った渉は、椅子いすに掛けていた黒い学ランを着て「昼飯用の弁当、買いに行かないか?」と問い掛ける。


「あー、確かに弁当持って来てないしな。じゃあ俺も行く」

「いやれん。お前いつも弁当買ってないか?」

「あれ?そうだっけ?」


 ああ、こいつの記憶能力は皆無かいむだとなかあきれながらも、渉はさっさと教室を出て行き、そのあとを追うように廉も教室を後にした。




 教室を後にした二人が向かったのは、先生や保護者等が使う玄関だ。

 そこは生徒が使う玄関とは全く違い、とても広々としており、その為そこでよく昼弁の販売を行っていた。


「さーて、何を買おうか……ってあれ?」


 そこまで言って廉はあることに気付く。

 それは目の前に大きな人だかりが出来ていたのだ。

 普段はこんなに人はおらず、むしいている程度なのだが、何故なぜか今回はとんでもなく多かったのだ。


「何でこんなにいるかなぁ……」

「……何か嫌な予感がする」


 面倒くさいと言わんばかりの表情をする廉に対し、渉は一体何を感じ取ったのかその場から離れようとし始める。

 あわてて廉がその渉を引き止め「何で離れるんだよ。弁当買うんじゃなかったのか?」と訊く。


「だってあの人集りって言ったらさぁ……」

「ん?あぁー成程ね……」


 その渉の言い方から廉は何を察したのか同情の言葉を述べた。


「よく見れば人集りしてる生徒達のほとんどが男性だし……」


 そう。その人集りはこの学校の一年から三年生の男子生徒を中心に出来ているものであり、学校に来て間もないはずの二人でもこの光景をよく見ている。

 簡単に言えばいつも人集りを作ってる程の人がそこにいるという事が分かる。


「さっきうわさを聞いたばかりなんだがな……」

「あら悪いかしら?」


 廉に続けてき通る綺麗きれいな声が聞こえ、それを聞いた二人は直ぐにその人集りしている方へと顔を向ける。

 すると人集りが綺麗に真っ二つにけ、そこから女子生徒が一人現れる。


 見て取れる程スタイルが良く顔立ちも美人で、とても女子生徒とは思えぬオーラを放っていた。

 ……ただ無表情というのを除いて。


「こんにちは、BeautyFlowerの愛瞳まなみさん」

「何故その肩書かたがきで呼ぶのかしら?」


 それはごもっとも。

 普通に名前や先輩せんぱいなどで呼べばいいのに何故その肩書きを付けたのか。

 愛瞳と渉には全くもって理解出来なかった。


「いやぁ、だってそのグループの中心に立つ存在に肩書きが無かったらただの一般人と同……グハァ!」


 廉がヘラヘラと喋ってる途中にも関わらず愛瞳はちょっとイラッときたのか、いきなり廉の鳩尾みぞおちに向かって思いっ切り右手をグーにして殴り、しかも先程と変わらずの無表情でそれを行うもので、渉にはそれがある意味狂気に感じた。


「ゲホッ!ゴホッ!」

「おいおい大丈夫か?」

「そんな何も分かってない男なんて放って置きなさい。それよりも渉?」


 そう言って渉に近付く愛瞳はずっと表情を変えず、せめて表情ぐらい変えろよと渉は内心呆れそうになる。


「ん?何?」


 そう小さな声で呟き、彼女はその場を去ろうとする。


「またかよ……」


 思わず渉は文句を言ってしまう。

 するとそれが聞こえたのか、愛瞳はクルリと向きを変えて再び渉に近付く。


「文句なんて言うからさ」

「いやお前、なぐられてよく平気だな……」


 先程鳩尾を殴られてうつ伏せになり掛けていた廉がケロリと立ち上がり、その彼の頑丈さに渉は感心と呆れさが入り混じりそうになった。


「言うの忘れてたけど、勿論もちろんそこにいる廉を連れてね」

「その事かよ……」


 それだけ言って愛瞳は今度こそ、その場を去って行った。

 その時でも愛瞳は無表情であり、あれでいいのかセンターがと渉は今度は声に出さず、心の中に収めておいた。


「おい!そこの君!」

「!?」


 急に声を掛けられたせいか、渉は驚くかのように慌て始め、直ぐに声の主を探すかのように周りを見渡す。

 すると一人の男子生徒が近付いて来て、二人をにらむような目で見ていた。


「随分と愛瞳さんに馴れ馴れしいな」

「いやだって……知り合いだから」


 そう言うと渉はこの状況と空気が嫌いなのか、さっさとその場を離れる。

 勿論その後ろを追うように廉も付いて行く。


 その行動に、場にいた男子生徒の誰もが彼を睨み、そしてねたんでただろう。




 その場を離れた渉は取り敢えず一度深呼吸をし、来た道を戻るように階段を登って行く。

 しかしそれは廉の言葉によって止まる事となる。


「おい渉。いいのか?」

「いいんだよ。オレはあの空気が嫌いだからさ」

「いやそうじゃなくて……昼弁の事だよ」

「あっ」


 彼はすっかり昼弁の事を忘れていたようで、自分の黒い髪をむしりたい気持ちになりながらさっきの所へ戻ろうと試みる。

 だがそれと同時に授業が始まるチャイムが鳴り響き、二人は昼弁を逃す事となるのだった。










 それから四時限目の授業が終わったあと、二人は愛瞳に言われた通りに図書館へとおもむいていた。


「それで来たのはいいけど、昼弁買えなかったからなぁ……」

「ふふ、君達らしいわね」


 この時間帯に図書室を利用する生徒は殆どおらず、寧ろ入っては行けない領域──愛瞳が外部の立ち入り禁止と強制的にさせている──となっており、その図書室には渉、廉、愛瞳の三人だけが利用──主に昼飯の為だけに──していた。


「それにしても愛瞳さんは、相変わらずこの面子めんつになると素顔を出すんですね」


 廉の言う通り、先程のずっと無表情だった顔がいつの間にか表情豊かになっており、笑顔を表している。


「だってこの笑顔は……」

「ハイハイオアツイコッテー」

「棒読みだぞ廉……」


 流石にそこはツッコむ渉。


「そんなドジをすると思ってね、今日は二人に弁当を持って来たよ」


 そう言うと愛瞳は弁当箱を二つ机に置き、それを二人に差し出した。


「おぉ!ありがとうございます愛瞳さん!」


 昼弁を逃した廉にとって、これ程にないサービスに思わず声を上げてしまうが、それに対して渉は「ありがとう愛瞳」といつもの若干低いテンションで返されたのだ。


 同じ人間なのに何故ここまで反応が違うのか。

 愛瞳はその二人がまるで暑い夏と寒い冬にいるかのように見えていた。


「さーて中身はっと……」


 そう言って廉は直ぐに弁当箱のふたを外す。

 すると見えてきたのは、ご飯の上にさけフレークとグリーンピースでえがかれたバスケットボールに、エビフライ、卵焼き、焼き魚、肉巻きアスパラガス、サラダと一般的なものだ。


「これ手作りなんですか?」


 「ええ勿論よ」と答えた愛瞳は何処か自慢げで、廉は素直にその手作り弁当を評価するべきだと渉にうながす。


 そんな渉の弁当も基本変わらないのだが、唯一ゆいいつ変わっていたのがバスケットボールの絵柄で、渉のは何故かハート柄だったのだ。


「あーなるほどぉ……」


 その柄を見て何を察したのか、廉はそんな事をつぶやく。

 勿論愛瞳自身で食べる弁当もハート柄なので、そういう意図なのだと廉は自然とそう読み取った。


「……どうかしら?渉」


 恐る恐ると訊く今の愛瞳の姿はとても可愛らしいもので、思わず廉はニヤけそうになる。


「うん。ありがとう」


 何と返しの言葉はただそれだけ。

 そこから先は何も言うことは無く、直ぐに愛瞳は確認を取り始める。


「他に言う事は無いの?」

「ん?無いけど?」

「こりゃあ……また……」


 そのハート柄を見て渉はそれに触れず、はしを取って「頂きます」と言うと共に、ご飯に手を付けたのだ。


「これはまた失敗だなー……」

「……そうね……」


 思わず項垂うなだれてしまう愛瞳。

 折角せっかく整えてある長い揉み上げ部分の黒髪があしに付く程かがみ込み、それを見た廉は同情したくなった。


「今日も想いは伝わらずって事で」

「いつになったら気付いてくれるの……」


 渉の鈍感どんかんっぷりに愛瞳は半ば泣きそうになり、それを廉がなぐさめるように肩を叩いて今日の昼食会はそのまま終える事になった。

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