第4話 好きに生きます

 そしてそれから五年が経った。


「じょ、女王陛下~! 大変です! 侵入者です!」


 オークが血相を変えて執務室に飛び込んでくる。


「何よォ、今、決算報告書のことで忙しいんだってば……侵入者くらい自分たちでなんとかしなさいよ」


 私がのびをしながら返事をすると、オークはサッと千里眼の水晶を差し出した。


「それが……侵入者は例の勇者どもなのです!」


「……へっ? 勇者?」


 あのカス野郎、今さらどの面下げて魔王城に来たというの?


 半信半疑で水晶玉を覗き込むと、そこには、ボロを身にまとい、頭頂部が少し禿げかかった勇者とその一行が映っていた。


「あらまあ、髪まで薄くなって……ずいぶん苦労したようね。お金に困って、報奨金目当てにようやく私を助けようという気になったということかしら?」


 でもこんなショボイ装備で来るだなんて、ずいぶんと魔王軍もナメられたものね。


 私は少し考えたあと、黒いマントをバサリと翻して立ち上がった。


「――いいわ。勇者共を大広間に呼びなさい。私が直々に相手をしてあげましょう!」


 あのハゲカス勇者には、私自ら手を下してやらないと気がすまないわ!


「姫ーっ!」

「姫、どこですか!」

「ご無事ですか!?」


 やがて勇者一行が大広間にやってきた。


「ここよ」


 私は黒い最高級のドレス姿を身にまとい、黒いハイヒールをコツコツと鳴らしながらもったいぶって登場した。


「……姫!」

「ご無事ですか!?」

「姫、なんだか様子が……?」


 私はボロを身にまとった勇者一行を鼻で笑った。


「あなたたち、一体ここに何しに来たの?」


「何しにって、君を助けに来たんじゃないか! さあ、城に戻ろう!」


 両手をこちらへ差し出す勇者。

 全く、状況が分かってないわね。


「城には帰らないわ。私、こちらの魔王様と結婚したの」


 そう言うと、奥から赤ん坊を抱いた魔王が現れて私の肩に手を回した。


「――そういう事だ。姫のことはあきらめろ」


「えっ、あれが魔王!?」

「イケメンだ!」

「カッコイイです!」


 女魔法使いと女戦士、女僧侶がつぶやく。 


 そりゃそうよ。魔王はそこのハゲ茶瓶とは比べ物にならないほどのイケメンなんだから!


 勇者はギリリと歯を食いしばった。


「な、何だと!? 薄汚い魔族と結婚しただと……しかも子供まで! 君は僕の婚約者だろう!」


 声を荒らげる勇者。


 あーもう。散々人を放っておいて浮気までしておいて何が婚約者よ。人を金ずるとしか思ってないくせに。


 どうせ城に戻って私と結婚したって、「姫とは政略結婚だ。本当に好きなのはお前だけ」とか言って他の女をキープするくせにさ!


 そのねじ曲がった根性、叩き直してやるわ!


「薄汚い? 汚いのはどっちよ! このハゲ茶瓶!!」


 そう言うと、私は手の中の水晶玉に力を込めた。


 パッと壁に映し出されたのは、勇者と抱き合う女魔法使いの姿だった。


『本当に愛してるのは君だけだよ、マイハニー。戻ったら一緒に暮らそう』


『嬉しい、勇者様♡』


 すると、それを見た女戦士と女僧侶の顔色が変わった。


「おい、どういうことだよ、勇者! 勇者はアタイと付き合ってるんじゃねーのか!?」


 女戦士が勇者につかみかかる。


 女僧侶も涙目で勇者に詰め寄る。


「わたくしだけを愛してるっておっしゃっていたのはウソですの!?」


「……えっ? どういうこと? 勇者、二人とも付き合ってたの!?」


 女魔法使いもジロリと勇者をにらむ。


「……い、いや、こんな魔族の言うことを信じるなよ……」


 しどろもどろになりながら後ずさりする勇者。


「後は勝手にしなさい」


 私がその場を去ると、ほどなくして勇者の悲鳴が聞こえてきた。


 きっと、あのハゲは三人にボコボコにされているんでしょう。自業自得だわ……。


「やけに騒がしいが、どうなった?」


 次男にミルクをあげて寝かしつけを終えた魔王が戻ってくる。


 さすがに三人目ともなれば手馴れたものね。


「さあ、後はあの四人に任せましょ。それと……」


「それと?」


 心配そうな顔の魔王に、私はかねてから考えていた計画を話した。


「――この際だから、私は自分の城に戻ろうと思うの。少し、計画があって」


 ***


「姫のご帰還だ! ばんざーい!!」


 沿道には、国に戻った姫の姿をひとめ見ようとたくさんの人が集まっていた。


 その中には、人間もいれば、魔族の姿もある。


 そう、私の計画というのは、魔王と私が結婚したことを公にして、魔族と人間が共に仲良く暮らす国を作る、というもの。


 お父様やお義母様の説得には手こずったけど、魔王軍の力を見せたら最終的にはほぼ無抵抗で私たちに城を明け渡し、辺境の城に移ってくれたわ。


 国民のみんなも、お父様の圧政に困っていたみたいで、まるで私たちは救世主みたいな扱い。


「姫様! お話を聞いてください!」


 そこへ、一人のぼろをまとった少年が駆けてくる。


「年貢が重すぎて、小麦も買えません! どうにかしてください!」


「そう……。それでは、税を下げましょう。城の倉庫にある穀物も解放するわ」


「ありがとうございます!」


 頭を下げる少年。

 私は首を横に振った。


「いえ、教えてくれてありがと」


 どうやら、この国には課題が山積みたい。

 人間と魔族との間にも、まだ軋轢はあるし……。


 きっと私、不安そうな顔をしていたんでしょうね。


 四歳になる長男と長女、双子の兄妹が私の頭を撫でてきた。


「ママ、大丈夫だよ!」

「そうそう! だってママは、さいきょーなんだもん!」


 二人の笑顔に、つられてこちらも笑顔になる。


「そうね。何ったってママは、魔王も勇者も倒したんだから」


 そうよね。きっと私――私たちなら大丈夫。


 私は愛する夫と子供たちに順にキスして回った。


 愛さえあれば、どんな困難だってきっと乗り越えられる。

 そう信じているから。


【完】

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

囚われの姫ですが、浮気され見捨てられたので好きに生きます! 深水えいな @einatu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説