第13話 慰め

「どうすれば」

俺は、美玲が泣いている姿を見て、頭を悩ます。だが、一人だけ、操られたようにリビングに入っていく妹がいる。無論、ミチルだ。

「ミチル?」

俺は、ミチルの後に続きリビングに入る。

「そんなのに構ってないで、一緒に夕飯作ろう?」

男装姿でそう言われてもなんとも思わない。しかし、ミチルという妹であると思うと少し母性本能がくすぐられる。

「ああ、そうだな。」

俺は、曖昧な返事をし、台所へ入る。ミチルは、ガサゴソと冷蔵庫をあさり、次々と野菜が俺の腕に収められる。人参、じゃがいも、玉ねぎ、ブロッコリー。そして、チルド室から、牛もも肉を取り出している。… おそらくこれは、美玲が好きなビーフシチュー。きっとこれは、ミチル(姉)なりの思いやりなのだろう。それに比べて俺は、何もできなかった。兄失格である。よく言うもんな。長男よりも長女の方が役に立つって。俺は、不意に、ミチルと目が合ってしまった。美しい目。可愛いのに隠しているその顔。俺の鼓動が波打つ。この気持ちはなんだ?


「兄貴、野菜と牛肉を切って。兄貴?」

俺は、しばらくの間、ミチルに見とれていた。そんなミチルの頬は、ほんのり赤みを帯びている。


「兄貴ってさ、好きな人、いる?」

野菜を半分ほど切った後、ミチルがおっとりした口調で聞いてくる。俺は、思わず、包丁の手を止めてしまう。

「い、いないよ」

… ミチルの様子がどこかおかしい。いつものぶっきらぼうの言葉ではなく、素であるかのような。まるで、無理やり兄貴といったような…。そういえば、今気づきたが、ちゃっかりエプロンをしている。このエプロンは、小学校の時無理やり作らされた、おなじみのエプロン。まさに女の子って感じの色合い。この時は、男装という言葉すら知らなかったかであろう。そして、男装しているとは、思いもしなかっただろう。どうして、女の子ではなく、雄んなの子として暮らそうとしたのか全くわからない。

「兄貴、野菜切り終わった?」

「ああ」

「そしたら、牛もも肉を塩コショウして軽く揉んでて。俺は、玉ねぎと人参を炒めているから。」

ミチルは、タブレットを手にし、クックパッドを見ながら指示している。ミチルにとって、ビーフシチューを作るのは初めてなはずだが。まあ、俺も。親が海外で仕事に行ってはや一年になるが、ビーフシチューなど作ったことない。俺は、ただ、ミチルの指示通りに作業して行った。


ガチャ。美玲が、鼻をヒクヒクさせながら、リビングに入ってくる。香りにつられたのか。よく見ると、涙が止まっている。案外軽い。

「ビーフシだ。」

美玲が目を輝かせ、幼い子供のようにはしゃいでいる。

「兄貴が、美玲を励ますために作ってたよ。俺は、少し手伝ったけど。」

「おい、違う…。」

俺は、反論しようとしたがやめた。これは、ミチルなりの美玲を喜ばす慰めだから。

「お兄様、大好きです。」

美玲は、俺に抱きついてくる。美玲の胸が、俺の胸板のあたりで擦れる。まるで押し付けているかのように。美玲は、何分も俺に抱きついていた。




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