合宿準備中

 そんな訳で今日は3人で軽くジョギング中だ。

 ちなみに僕の中学時代の体育の成績は10段階評価の7。

 佳奈美はお情けで5。

 まだ学内半周もしないうちに早くも佳奈美の呼吸が怪しくなる。

「もう、限界、なの、です。はあ、はあ。インター、バル、時間、なのです」

 という訳で早くもスローダウン。

「佳奈美さん、大丈夫ですか」

「……」

 佳奈美、返事が出来ない。

 ぜえぜえ呼吸をしている。


「これは先が長そうだな」

 と言っている僕も実はそれほど余裕はない。

「では呼吸を整えがてら、のんびり柔軟でもしましょうか」

 雅は余裕そうだ。

 そんな訳で志半ばでランニングは中止。

 グラウンドBの芝生の隅で柔軟体操へと移行する。

「まずは立ったまま。アキレス腱からいきましょう」

 と雅が音頭をとって片足を前に出して後ろ足を伸ばす」

「足は平行でつま先やかかとを上げないで下さい、佳奈美さん」

「はいです」

 佳奈美、おとなしく雅の指示に従う。

 こっち方面はあまり得意でない自覚はあるようだ。

「はい、次は後ろ足は付けたまま前足を一歩下げて。

 前足のかかとをここで着けます」

 雅、妙に詳しい。

 雅の指示のまま曲げて伸ばし、そして寝転んで足を曲げてと一通り。

 心なしか大分身体がほぐれたような気がする。


「だいたいこのような感じでしょうか。他に追加ありますか」

「いやいや、完璧なのです。ブラボーなのです」

 確かによく知っている。

 運動部でもなければこんなの自然に順番に出たりはしない。

 雅は体力もあるようだし。

 何か運動部でもやっていたのか聞こうとして、ふと思い出した。

 そう言えば神流先輩は雅のこと、閉鎖環境で育ったって言っていたな。

 どういう状況かはわからない。

 神流先輩が雅のことをどれ位知っているのかもわからない。

 でも過去の関係を彼女に聞くのはきっとタブーだ。

 何気に僕は何回かやってしまっているが。


「さて、今の体操のおかげで呼吸困難から回復できたのです。それでは高等部前まであと一走りするのです」

 とりあえず佳奈美の意見に乗ることにしよう。

 そんな訳でまた3人で走り出す。

 勿論出来るだけゆっくりと。

 それでもやはり佳奈美の体力では途中でダウン。

「整理体操、プリーズ、なの、です」

 まだ高等部の校舎すら見えない状態だ。


 ◇◇◇


 理化学実験準備室に戻るとテーブルの上に紙が3枚置かれていた。

 タイトルは『新人歓迎合宿のご案内』とある。

 読んでみると微妙に気になる部分が所々……

「この出発時間が朝3時というのは誤記じゃないですよね」

「先生に言ってくれ」

 誤記では無い模様だ。

「水着着用可とはどういう状態ですか」

「先生に聞いてくれ」

 先輩は把握していないと。

「食事の欄の、『先生の苦手な食べ物一覧表』というのは」

「書いてあるとおりだ。私も先生も料理に自信が無い。いや、料理が出来ない事に自信があるというべきだな。だからメニューは1年生で考えろ。買い出しは24時間営業のスーパーに途中で寄る。ガスコンロや鍋は先生が用意するそうだ」

「御飯は」

「鍋で炊け。私や先生にはやらすなよ。確実に食えない一品を作る自信がある」

 了解した。


「ちなみに昨年のワンゲル新人歓迎合宿の飯は朝コンビニ飯。昼コンビニパン、夜コンビニパン、翌日朝昼カロリーメイトだったそうだ。参考にするなよ」

 重々了解した。

「その辺はこの『想定される食事にシチュエーション』にあわせてこっちで計画すればいいですね」

「その通りだな。ところで聞くが、この中で料理が得意な奴はいるか」

 先輩はそう言って僕らを見回す。

 あ、静寂が部屋内を支配してしまった。


「ごめんなさい。作った事は一度も無いんです」

 雅が告白。

「作ってもいいですけれど腕は朗人が良く知っているのですよ」

 うん知っている。別名炎のアレンジャー。

 食べられる筈の物で毒物を錬成する技術で僕はかつて死を覚悟した

 その経験からして佳奈美に料理させようとは思わない。


 そんな訳で3人の視線が僕に集中する。

 まあ親が共働きだったので一応作れないことはない。

「わかりましたよ。食事は一応僕が計画して実施します。

 でも文句は言わないで下さいよ」

「それはどうかな」

 おいおいおい。


「文句があるなら食べなければいいんです」

「文句を言いながら人一倍食べるのも先輩の特権だろう」

 先生出現以来弱っていたのに、ようやく少しだけ先輩が元気を取り戻したようだ。

 ただ個人的に一言。

 こんな元気の取り戻し方はしないでもらいたい。

 大変に迷惑だ。


 ◇◇◇


 時間は夜9時ちょうど、現在地は寮の自室。

 僕はパソコンを前に合宿の食事メニュー作成中である。

 1日目朝はコンビニ弁当でいいだろう。

 車付近で食べるようだし。

 でも1日目昼は、

  ○ 歩いて持っていくのでカサが少ないもの

  ○ 水に浸かっても大丈夫な物

  ○ 行動後に山中で食べる予定

  ○ 鍋、ガス、水、食器は先生用意

  ○ 身体が冷えているので温かい物希望

という条件だ。

 うん、面倒くさい。


 そんなものまだ日はあるしゆっくり考えればいいじゃないか。

 それはきっと正論だ。

 でも佳奈美の性格を知らなすぎる。

 奴は絶対明日あたりには話題にする。

 そしてその時点で下案だけでも作ってないとずっと気にしてしまうのだ。

 しかも先生からの伝言もある。

 『メニュー決まったら教えてね』という指導を放棄したような感じの。


 そんな訳でネットでアウトドアの食事メニューを検索しながら色々考える。

 ラーメンに餅をいれようかとか。

 チーズの方がいいだろうかとか。

 ベーコンとウィンナーはどっちが正解かとか。

 ニンニクとネギは先生が苦手と言っている。

 これだけで結構選択肢が減ってしまう訳だ。


 勿論味とか満足感を優先しなければ選択肢は色々ある。

 でも実態に食べるのは僕らで、文句を言われるのは僕。

 だからそれなりに満足度の高いものにする必要がある。

 そんな訳で僕は検討に検討を重ね、夜中1時近くまでメニュー作りに費やしてしまったのだった。


 ◇◇◇


 例によって7限終了後、即座に教室を出る。

 廊下で雅と佳奈美が追いついてくる。

 これが最近の一番安全なパターンだ。

 先日の先輩のお買い物お誘いの件も何とか誤解を解くことに成功した。

 でもこれ以上はもう苦労したくない。

 追いついてきた佳奈美は早速尋ねる。

「合宿のメニューは決まったのですか」

 ほら、やっぱり聞かれた。


「一応案は作ってきた。部室で検討して良ければ先生に提出しよう」

「それではまずは検討会ですね」

「でも佳奈美、トレーニングはやるからな」

 一応念の為に言っておく。

「えっ、やっぱりなのですか」

 やっぱりやる気はなかった模様だ。

「やっておかないと当日酷い目にある可能性が高いらしいけれどな」

「うーん、何処かで人生の選択を間違ったのです」

 それはどっちの台詞だ。

 まあそんないつもの感じで理化学実験準備室に向かう。


 ◇◇◇


「それでメニューはどんな感じだ」

 早速神流先輩にこのことを聞かれた。

「一応人数分印刷してきました。テキストデータもあります」

 USBメモリをポケットから出してみせる。

「用意がいいな。じゃあ皆で検討会といこうや」

 そんな訳で僕がつくったメニュー案の検討会が始まった。


 ○ 1日目朝

  ・ コンビニ弁当

 ○ 1日目昼

  ・ ラーメン

     袋ラーメン(中のスープ粉末は半分しか使わない事)

     増えるわかめ小袋

     粗挽きソーセージ

     とろけるチーズ

  ※ 汁を少なくなるように作る事

 ○ 1日目夜

  ・ 麻婆豆腐

     麻婆豆腐の素(挽肉入り)

     豆腐

  ・ 棒々鶏

     サラダチキン人数分

     適当なカット野菜

     棒々鶏のタレまたはごまドレッシング

  ・ スープ

     即席スープの素

     昼に余ったふえるわかめ

  ・ 御飯(炊く)

     米

 ○ 2日目朝

・ スパゲティ

     適当なレトルトソース

     スパゲティ

     ベーコン

     1日目に余ったチーズ

     1日目の余り適当に

  ・ スープ

     即席スープの素

     余った材料適当に


「なるほどな。炊飯以外は極力簡単にという事か」

 神流先輩はすぐに僕の意図を見破った。

「料理に自信がある人間がいないですから。炊飯は一度はやらないと先生が納得しないような気がして」

「それもそうだな。よく考えてある」


「キャンプというとカレーなのだと思うのですが」

 この佳奈美の意見もきっと言われると思っていた。

 もちろん反論材料を揃えている。

「レトルトならともかくだ。材料をいちから切って作るのは却下。面倒だし時間かかりすぎるだろう。きっと疲れた状態で作る事になる。そこで皮剥いたり切ったり充分に炒めたりするのは大変だ。ここはリスクを避け省力化に徹しよう」

「そうですね。なかなかいいと思います」

 神流先輩と雅はこれでOKのようだ。

「あとは焼き肉とかそういうイベントは出来ないのですか」

「調理器具が無いだろう。登山用ガスバーナーという条件なんだから」

「うー、ならしょうがないのです」

 佳奈美も取り敢えず納得と。


「ならデータを寄越せ」

「はいこれです」

 神流先輩はUSBメモリを受け取る。

「それでは準備してトレーニングしてきます」

「おいおい了解。こっちはメールした後先生の反応を見てから動く」

「わかりました」

 そんな訳で次は着替え準備だ。

 僕はこっそり扉を開け、隣の物理実験室へ。


 理化学実験準備室は女子優先。

 何せ人数比が圧倒的だ。

 だから男子たる僕が逃げる立場。

 この前佳奈美と雅がいきなり僕の前で着替え始めた時は本気で焦った。

 背後からだけれども思い切りブラを直接見てしまったし。

 2人ともその辺特に何も感じないらしい。

 だから僕から率先して逃げるようにした訳だ。

 何故僕はこう苦労する立場になるのだろう。

 まあきっと佳奈美と、そして今は雅のせいでもあるのだろう。

 疲れる。

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