第2話  シゴト仲間と女癖

 「俺に渡米せい言うんかい。」

 狂染みたトーンで叫ぶように嘉瀬は謂った。

 「まぁ、そう驚かんでもええやないか。」

 ゆっくりと余裕を持って橘は謂った。不安気に顔を曇らせて、嘉瀬は不服そうに、

 「小耳に挟んだことなんやが、日本の製薬会社がまだ処方薬として、処方してるらしいわ。そのルートから、お前の謂うアンフェタミンを入手すんのはあかんやろか。」

よっぽど渡米したくない気持ちが滲みでている。

 「アホやな。白昼堂々、ヤク貰いに行くなんか、アホがするこっちゃ。手続きがなにかとややこしいし、わしにもお前にもマエ(前科)があるやろし、まず、おれは執行猶予期間や。おちおち街も歩けへん。デコ(警察)にレッテル貼られてるからな取扱危険っちゅうのを。」

「それやったら割れ物注意とちゃうか。何かと当たるし。」

「うまいこと謂いはりますな。嘉瀬はん。座蒲団一枚や。」

そこで橘の胸が震動した。失礼と呟き、赤いガラケーの携帯電話を胸ポケットから出し、橘は電話に出た。席を立ち、店の玄関に足を進ませる。

_______もしもし。何や、暁か。どないしてん。

_______橘さん。すんません。誰かと呑んではりましたか。

_______いや、まぁシゴト仲間とちょっとした話をな。お前こそな

んやねん。

_______それが、今日、組の集会やったんですが橘さんがいらっしゃってなかったんで。ようするに安否確認ですわ。

それだけの用にしては暁はどうも、息づかいが荒い。橘は笑いながら、謂った。

_______お前、エンコ(指)でも詰められてんのか。

暁はあくまでも冷静に、返す。

_______橘さん。冗談でも笑えまへんで。

_______そうやな。すまん、すまん。そんだけならもう切ってええやろ、電話。わしはまだ、ピンピンしてるわ。

_______なら、ええんです。それと、一つ連絡があるんです。

_______謂うてみぃ。

_______ブツの入手の話ですが、何か手伝えることはありますか。

_______ほんならまだ、日にちは決まってへんねんけど大阪港の夜警の二人を殺ってくれや。あいつらがおったらシゴトがやりにくうてしゃあない。

_______解りました。日時はまた、しらせてつかあさい。ほんじゃあ、また。

_______おう。また、組で。

 ツーツーというビジートーンが鼓膜に響く。携帯を閉じ、胸ポケットに丁寧にしまった。席に戻り、珈琲をオーダーした。直に珈琲が届いた。店内の香りと裏腹に届いた珈琲はインスタントの香りがした。

 「なんかあったんかいな。」

 嘉瀬がスマホを弄りながら、興味無さそうに訊いた。

 「組員の暁からや。暁にもこのシゴトに参加してもらおうと思とってな。」

 珈琲をスプーンで掻き回しながら、橘はこたえた。

 「ほう。どんな役柄でや。」

 「夜警のしご(始末)や。あいつは簡単にケツを割るような(逃げるような)奴やない。そのへんはわきまえてる侠気おとこぎのあるやつや。ただな、、、。」

 「ただ、なんやねん。」

 嘉瀬はゆっくりと顔を上げた。眉が小さく動いた。

 「女癖が悪いっちゅうのが唯一の欠点やな。」

嘉瀬は顔をしかめた。

「どの程度やねん。その、暁の女癖いうのは。」

橘も同じく、顔をしかめた。

「ありゃ相当や。すぐどこらのオメコ芸者(風俗嬢)にとっついてヤるまで詰め寄る。そんでマブい(可愛い)奥さんはほったらかしや。腐れ外道にも程があるっちゅうもんやで。」

嘉瀬はふーんと謂うだけで、急に静かになり、ただただ、黙っている。

「んな奴、仲間に入れてええんか。なかなかケツを割らねえ奴でも腹を割らねえかかはわからへんで。案外、そういう奴ほど簡単に、うとうてまう(警察に全部謂う)奴やないか。」

橘は考えた。暁はシゴトに関しては裏切ったことはない。

「大丈夫や。デコ(警察)にさす(密告する)ようなこと、繰り返しとったら影の社会で生きていけへんやろ。」

「いや、わからへんで。これが暁の最初の裏切りなるかもしれん。とにかく、俺は暁が仲間に入るのはどうも賛成でけへんな。」

橘は呆れたような目付きで、

「お前、んなことぬかしてたら、きりがないやろ。なんなら夜警はお前が殺るか。罪のおんぶとだっこも大概にしとき。」

嘉瀬は声を上げて笑った。急にその精緻な面が歪んだ。

「おんぶすんのは慣れっこや。どうなろうとかまへん。失敗してからそのボンクラにおとしまえつけるように謂うようじゃすまへんっちゅうねん。ボケ。どこらのチンピラにシゴト譲る気持ちは微塵もないいうこと、しっかりその若造に伝えとくこっちゃな。」

それから、嘉瀬はゆっくりと橘の面を睥睨した。血走った目は橘の心を見透かすような眼光を放っていた。讞讞(げんげん)とものを謂う嘉瀬に橘は暫し、圧倒された。

「そない謂うてもやな。そら、お前の分け前は減らへんし、なんぼかシゴトが楽になるんやから、合理的に考えたらおいしいんやないか。お前にとっちゃ。」

嘉瀬は否定した。

「楽に銭が入るのは勿論、ええ。実に都合のええこっちゃ。ボンクラのために取り分、鐚一文まける気も毛頭ない。やけどな。プライドが許せんねん。」

「下手なプライド持つんはもう、やめんかい。いつまでも餓鬼染みたこと謂うとりゃいつかもめるど。」

「上等や。モタレ(チンピラ)が。首根っこ掴んで早よ連れてこいや。チャカ(銃)で頭、はじいたらあ。」

嘉瀬は鼻を鳴らした。橘は黙る。

「あぁっ。こら、何とか謂うてみぃ。口ついてへんのか。」

充分、嘉瀬は苛立っている。依然、状態は憤慨である。

「じゃあ聞くが何のプライドやねん。どないなもんや、そりゃ。」

暫く、嘉瀬は俯いていた。橘は新しい煙草に火をつける。

「昔の裏切りや。小川組抗争って覚えてるか。五年前になるけど。」

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