花畑華乃の青春理想帳!

笹山渚

MISSION1 『オサナナジミ』を攻略せよ



「おい、...これ、お前のだよな?」


とあるごく普通の県立高校、とある普通の放課後の廊下にて。

廊下に転がっている私に差し出されたのは、淡いピンク色の手帳。

思いっきり乙女チックなそれは、認めたくないが私のものだ。マチガイナイ。

嫌な予感しかしない...私の背中をツーッと冷たい汗が伝う。

いや、でもまだ望みは...ない事は無いしね!

私はスカートをパンパン払って立ち上がり、ひきつり笑顔を貼り付ける。


鉄壁スマイル装備済みであることを確認してから、私は手帳を差し出す男の子に尋ねた。


「拾ってくれてありがと!部活の予定書いてて、失くしたら困るんだよね...ホント助かる」

「部活?は?」


男の子は怪訝そうな表情を浮かべながら、ピンク色の手帳を開いて勢いよく私の顔に押し付けた。


「ヘブッ!ふごごっ......ふぉっふぉ、なふぃふんほぉほぉ!(訳・ちょっと、何すんのよ)」

「この妄想爆発ノートが部活の予定表?ふーん...」


...笑い混じりのその言葉で私は、手帳の中身を思いっきり見られてしまったことを理解した。

そして同時に深くふかく絶望した。太平洋並みに。



ワタシノガッコウセイカツ、オワッタ...。



と、言う感じのカッコイイ(...?)モノローグはここまでにしておこう。

ここまで語っていたのはむかーしむかし...正確に言うと一週間前、私...花畑華乃に降りかかった17年の人生の中で一番大きな災厄の一部始終である。

そして...ですね。


「おい、頭の中花畑女」

「お願いだから黙って。ホントに」


何故か私は一週間前...私の手帳を拾った...つまり災厄の根源である男の子(いや、まぁ...落とした私が悪いんだろうけどさ。わかってるけどさ!)と放課後の教室で2人っきりなのだ。


小岩井深月。長期入院していたと噂の.....クラスメイトだ。

その小岩井くんはニヤニヤしながらプリントを半分に折りたたむ。


「お前...ホント驚いたわ。地味そうな、どっか探したら同じ顔が出てきそうな顔した女子のくせに、中身は稀代の妄想爆発女だったとはな」

「うん黙って!?だからその口止めとして今君のプリント整理に付き合ってるわけだよね!?私早く帰りたいんだよね、手ぇ動かして!?」


弾丸のように言葉を返しながら、プリントを2つ折りにする。

うむむ...少女漫画ならさ、ここで『手伝ってくれてありがとな、ジュースでも奢るから』「え、そんなのいいよ!」『...ん、俺も飲みたいし』みたいな胸きゅん展開が始まって、何故か語り合いに発展して、『明日も教室で』みたいな...!


「...わかりやすいなお前。全部顔に出てる」


小岩井くんの呆れ声。まじかじーざす!おーまいが!

コホン、と咳払いをして誤魔化し、再びプリント作業を再開する。



あの日...私は、そのまま恥を捨てて土下座をした。


「お願いしゃっす!誰にも言わないでください!...えーと、誰でしたっけ!?」


こんな人、クラスにいたかな...そんな素朴な疑問は私の口からポロリと転がりでた。自慢のバカ正直が足を引っ張る瞬間だ。


「...まぁ無理もねぇか。俺ずっと入院してたしな...」

「え、じゃあ長期入院してたっていう...」

「小岩井だ。小岩井深月...明日から正式に学校に通う予定」


ボソリ、と呟いた男の子は、まぁ中々の美形。私が入学当初から学年中をリサーチしたモテそうな男子ランキングの、1桁代には入るんじゃないだろうか。

て、いかんいかん!こんな所で妄想に走ってどうする。


「小岩井くん、だよね。何でもするからそれをばらまくことだけはやめてくんないかな!?」

「んー...どうすっかな」


唇を意地悪く歪めながら、小岩井くんは手元の手帳をゆらゆら揺らす。

あれは私の誇るべき私的財産なのだ(なんか違う気がするけど)。他人にひけらかすようなものではないんだよ!

土下座の体勢のまま、必死に言い募っていると。


「何でもしてくれるんだよな?」

「...えーっと、私にできる範囲ならね」


ビビってハードルを下げにかかる私。

それなら...と小岩井くんが提案してきたのは、意外にまともなものだった。


「明日からの学校生活でわかんないことがあったら、全面的にお前に頼む。これでいいか?」

「...はい、構いません!」

「お前、名前は?」


そういや名乗ってなかったか。


「花畑華乃、です」

「はなばたけ?.....くくっ、頭ん中花畑のお前にピッタリの名前だな」


......黙れ。今なら許してやるから、とりあえずそのまんま歯ぁ食いしばれ。



ゲフンゲフン...しまった、また私情挟みまくりのモノローグを突っ込んでしまった。

確かに全面的に手伝うとは言ったけど...毎日毎日プリント整理に付き合うってことではないはずなんだけどな。

でも思いっきり弱味を握られてるわけで、私には抵抗の余地がない。かむばっく、私の平穏らーいふ。


「こっち終わったよ?もう帰っていいかな」

「ん、こっちも頼む」


プリントどんだけあんねん!

くっ...あの時手帳を落としてなければ。何度後悔してもしきれない。

こんな時は普通さ...。


「幼馴染の男の子が迎えに来てくれて、『帰るぞ』的なん言って、告白の流れに...はっ」

「声にでてる...くくっ」


うぐ...別にいいじゃんか!

私は赤面しながら喚く。


「妄想するだけじゃタダでしょーが!別に誰にも迷惑かけてないし」

「そうだな確かに。ただただお前が恥ずかしいだけだよな」

「......うぁぁぁぁ!」


やめて、言わないで!どんどん恥ずかしくなってくる...!

小岩井くんが笑い混じりに続けた。


「大体さ、お前の妄想みたいな出来事、リアルに起こると思うか?」

「...へ?」

「さっき幼馴染がどうこうとか言ってただろ。まず花畑、幼馴染いんの?」

「......いない」


あぁ、少女漫画の定番がまたひとつ破壊されてしまった...。

ん?でもちょっと待て。


「幼馴染ってさ、明確な定義あるのかな?」


ガタッと机に手をつき、身を乗り出して尋ねると小岩井くんは慌てて体を反らしながら言った。


「そんなん、決まってないんじゃ...」

「じゃあいけるよ!今からでも幼馴染、作れちゃうよ!」


そうだそうだ何で気づかなかったんだ私!

無いものは作るべし。人生の基本でしょ!(←絶対違う)

私はビシッ!と親指を立てると、目にも止まらぬ速さでプリント整理を終わらせて立ち上がった。


「それじゃあ早速幼馴染開拓に行ってくるね!善は急げ、っいて言うもんね!」

「は、ちょ待っ」


バタム。

人の話を最後まで聞かずに(※よいこはマネしないでね)私は軽い足取りで教室を飛び出す。



華乃が出ていったあとの教室で、深月は深々とため息をつき、小さな声でボソリと呟いた。


「...ホントに変な奴だな...」



勢いよく飛び出したはいいものの、幼馴染作りにアテがある訳では無い。

実際...現在進行形で校門の前で途方に暮れるという非常事態発生中でござるよ。

うむ、何とかならないものかな...。


もしもクラスメイトに『幼馴染になってくれない?』とか言おうものなら、妄想爆発ガールであることがバレてしまう。手帳を死守するために小岩井くんの下僕(そこまでじゃないけど)となっている私だ。そんなことは絶対に避けたい。


でも...少女漫画的青春がしたいのもこれまた事実なのだよ。

女子だったら誰だって一度は、少女漫画のヒロインに憧れるもんじゃない?イケメンに囲まれたいとか思わない!?

...ダメだ、しみじみと締めようと思ったのに、私の妄想が爆発して上手く締まんなかった...。


うぐぐ、完全に行き詰まってるよね。間違いないよね。

私は覚悟を決めて最終手段に出ることに。

スマホをビシッと構え、検索エンジンのアイコンを軽快にタップする。

出たでた、『Ya●oo知恵袋』!

えー...『幼馴染を作りたいです。どうしたらいいですか?』...これでいいかな。


文面を投稿して数分後、メッセージが届く。

お、返事か!?

私の切羽詰まった心の叫びが、ネットサーフィン中の誰かの心を射止めたのか!?


『何を言ってるのかよくわかりません』


......。

悔しすぎる。悔しすぎるがベストアンサーだ。

てかこの辛辣なコメント...まさか小岩井くんじゃないよね。

まぁわかったのは...私の妄想暴走行動は世間一般のどんな皆様から見てもヤバいということぐらいだ。

くうう!幼馴染!おさななじみぷりーず!


「...何してんだ、頭の中花畑」

「ひっ!?...びっくりした...なんだ小岩井くんか。驚かせないでくれる?それと今取り込み中だから用件はあとにして欲しいんだけど」

「別にお前に用とかない。校門前で百面相してるバカっぽい女子を見つけたから声かけてみただけ」


イヤミ炸裂。...はい今日もご苦労さま!貴方の放った現実という名の矢は、しっかりと私の胸にクリティカルヒットしてますよ!

ぐぅ、と胸を押さえながら小岩井くんを睨みつける。


「幼馴染!できないんだけど!」

「そりゃそうだろうよ現実見ろ!いくらなんでもわかんだろうがっ」

「私基本現実見ない人なんだよね!」

「......本気で頭おかしいなお前...病院行くか」


やめてその哀れみの目!悲しくなるからやめて!


私はスマホをそっとしまうと、小さく溜息を漏らした。

俯くと緩く結んだ髪が肩からこぼれ落ちてくる。


「わかってるもん...私...別に可愛くないしさ。特に何ができるわけでも特出したものもないし。話題になるようなもんも正直無さすぎて泣けてくるぐらいだし」

「まぁ...そう、だけど」


小岩井くんがおずおずと口を開き、遠慮がちにフォロー...してくれへんのかい!

そこは嘘でも『そんなことない!』とか言えよ!励ませよ!女子だぞ私!

ありえないってわかってても望むのが、そんなにおかしい事なのか。

俄然燃えてきたぜ...!


「よぉし!小岩井くん、勝負だよ!」

「は?」


人さし指を突き出して宣戦布告すると、小岩井くんは思いっきりバカにしたような表情になった。


「私に少女漫画のような出会いが訪れたら、私の勝ち。逆に小岩井くんに出会いが訪れたら、小岩井くんの勝ち!」

「俺、出会いとか別に求めてねぇぞ?お前じゃあるまいし」


うるさいやい!一言多いやい!

ギリギリと歯を食いしばって、なんとか怒りを押しとどめながら笑顔を作る。


「私の!理想が!本物だって証明してやるからね!」

「......笑顔の裏にとてつもない殺意を感じる...がまぁいいか」


小岩井くんは意地悪く口元を歪めた。この顔、なんか企んでるな。


「その代わり、お前に出会いが訪れなかった場合も俺の勝ち。それでいいだろ?」

「...え、何そのハンデ戦。小岩井くん有利じゃない!?」

「あれぇ?運命の出会いをするんじゃなかったっけぇ?そう豪語してたんじゃなかったっけぇ?」


...鬱陶しい!


「いーよいーよ!それでいい、私が絶ッ対勝つ!」

「その自信、どっから湧いて出てくんだかな。まぁせいぜい頑張れよ...お前が勝ったら手帳、返してやるから」


ナンデスト!

勝つしかない、勝つしかないじゃないかぁぁぁ!


「んじゃ、俺帰るから。バイバイ、頭の中花畑女」

「黙れリアリスト!」


くっそ。勝つ。ゼッタイニカツ!そのためには早急にハイスペック幼馴染をゲットしなければ!

私は次なる一手を考えるべく、頭を抱えた...。



MISSION1 報告書 ...by調査員・花畑華乃

結果的に言おう。

幼馴染はそう簡単にできませんでした、はい。

様々な検索エンジンを網羅して、質問掲示板に書き込みまくったのに...どこにもめぼしいコメントは入らず、3日で撃沈。

でも諦めた訳では無い。これからポロッと見つけられるかもだしね。うん!

青春はこれから!なはず!

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