25 約束

 何故、ユズリは自分の動向を知っているのだろうか。マコトはアツオの手に握られている端末を震えながら見つめた。


「何がどうなってるんだ……」

「ユズリは私を見張ってる……? でも、何のために……? どうやって……?」


 身震いしながらも、マコトは必死に頭を働かせた。

 考え得る可能性は、端末に何かステルスで情報を抜き出すシステムが入れられていることくらいだ。だが、マコトがユズリの端末に触れたことはあれども、自分の端末を触らせたことはない。それに、社会的地位の最底辺に位置付けられているとはいえ、マコトの技術は本物だ。自分の端末に変わったことがあれば、それがほんの些細な変化でも見逃すことはないはずだ。


 それなのに、何故ユズリはマコトの動きを知ることができたのか。


「……まさか」


 腰に下げた作業用ポーチに触れ、マコトは一つの可能性に思い当たった。そっとポーチを開き、中身を取り出して掌に乗せる。

 それは、ユズリから受け取った黒光りする小さな箱だった。


「マコト、それはネット接続用のルーターか」

「うん。ユズリからもらったもの。衛星を通してネット回線に侵入できるからEクラスの私でも自分の好きな時にインターネットを使えるって話だったんだけど……動向を探れる可能性があるなら、これじゃないかなって」


 マコトの予想はこうだった。


 まず、ニンゲンが作った過去のルーターの残骸を探してくる。そして、修理を施す過程で使用履歴を自動的に任意の端末に転送するよう設定するのだ。元々の仕様から盗み見れるようにしているならば変化に気が付かれる心配もないだろう。マコトがインターネットを使うのは、外の警戒レベルを調べたりセキュリティをハッキングによって突破して新しい情報を得るときだけだ。それでも、「何をしようとしているか」くらいは察することができる。


 果たしてアテナに在籍している幼生有機資源にそこまでの技術力があるのかどうかは疑問だが、そもそも彼はアテナの幼生有機資源名簿に名前がなかった。もしかすると、彼が語った自身の身分すら偽りなのかもしれない。それなら、彼がニンゲンの遺産であるルーターを好きに改造できたことも頷ける。


「そんなにマコトについて知りたかったってことか?」

「分からない……でも、実際に今こうやって行動がバレているんだ。どうしたらいいんだろう……」

「このメッセージについてどう思う?」

「メッセージ?」

「さっき届いてたやつだ。「会おう」とか「待ってるから」とか書いてあっただろう」

「それは……多分、約束のことを言ってるんだと思う。ずっと先延ばしにしてたんだ。大事な話があるから会いたいって言われてたのに……その、私は保身しか考えてなかったからなかなか外に行けなくて」

「それで急に外に出たいなんて言い出したのか」

「うん……」


 視線を落として呟いたマコトに、アツオは慰めるよう肩を叩いた。持っていた端末を差し出し、手渡す。そこには先ほどのメッセージが映し出されていた。


 ≪待ってるから≫


 ――……待ってる。ユズリは、またあの廃棄エリアで一人待っているのか。


 マコトはメッセージをぼんやりと見つめながら彼を想った。自分がPDMシステムの管理室の中で有機資源たちの生活を見ていた時も、雨の中彼はあそこにいた。きっと、マコトが来ることを信じて明日も来るのだろう。


 自分の行動が見張られていたという事実はあれど、まだマコトはユズリを疑いきることも見捨てることもできないでいた。これが同情なのか、はたまた別の感情なのか、マコトにも判別できなかった。


 まだ、自分の目で彼の真実を確かめてはいない。


「オッサン。私、行くよ。ユズリに会いに」

「マコト……」

「キョウヤの時もそうだった。私は、自分で本当のことを聞かないと納得できないんだ。だから」


 だから行かせてくれ。そう続くはずの言葉はアツオに遮られた。もういい、と言わんばかりに掌で制止され、マコトは黙らざるを得なくなる。


「マコト。お前の頭が固いことは、それこそ十一エリアで働いているときから知ってる。悩む時間は長いくせに、一度決めたらてこでも動かないこともな」


 やれやれ、とため息を吐きながらアツオは自分の端末に触れ、何かを入力し始めた。先ほどマコトが手渡した情報を確認していた端末ではない。よく見れはそれはE-terから支給されている品ではなく、もっと前の型落ちした機種だ。マコトから見れば使いにくそうなそれを、いともたやすく操っている。


「……行ってこい。ただし、キョウヤも連れていけ。一人きりにするには、こいつは危ないからな」

「オッサン……」

「今キョウヤに連絡した。護身用の武器も用意するから、今から使い方を覚えておけ。練習場には案内する」

「……ありがとう」

「礼なんぞ要らん。そのユズリってのは、レジスタンスの脅威になるかもしれないからな」


 鼻を鳴らし、先導するように地下道を歩いていく。マコトはその後を、ゆっくりとついていった。

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E 逆立ちパスタ @sakadachi-pasta

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