第7話 眠り姫の起床

 アクセリナは昔の夢を見ながら微笑んだ。


 目を開けるが、これが夢か現実かはっきりとは分からない。頭の中に霧がかかっているかのように思考がぼやけるのだ。


「でも……これで、いいのかもしれない。本当なら、あの飛行機事故で死んでいる運命だったのだから」


 アクセリナが見た夢では、綺羅と自分の間に生まれた子を守るために力を使い切って死ぬ運命だった。

 もし、アクセリナが綺羅と結ばれなければ、子どもを守るために力を使いきるという出来事が起きないため、アクセリナの寿命を縮めるという、運命も変えられた。


 だが結局、アクセリナは綺羅と結婚して子どもを四人授かった。そして飛行機事故の時に、自分の息子である朱羅を守るために力を使いきった。ここでアクセリナは死ぬはずだった。

 それが、どうしたことか力を使い切った後も生きている。


 それから、朱羅とその友人が少しずつ力を分けてくれたため、ぼんやりとだが意識を取り戻していったが、完全に覚醒するには力が足りなかった。


 そんな、ぼんやりとした日々の中で綺羅が笑顔で話しかけてくるのが、徐々に分かるようになった。

 年齢を重ねて渋みがある大人の男へと変わっていく綺羅の顔を見られるだけでも嬉しい。そして、何よりも綺羅が自分の後を追って死を選ぶようなことにならなかったことに安堵した。


 アクセリナがそんなことを考えていると部屋に誰かが入ってきた。これが夢の中のことなのか現実のことなのか、よく分からない。


 アクセリナは気配がする方へ顔を向けて微笑んだ。すると入ってきた人はアクセリナの額に右手を添えた。

 そこから優しく、それでいて力強い力が全身を駆け巡る。そして、その力が全身を巡った時、アクセリナの意識は一気に覚醒した。


「……ここは?」


 常に霞がかったようにボンヤリとしか分からなかった世界が全てがクリアになりハッキリと理解できる。


 驚きで白銀の瞳を丸くするアクセリナに安心したような声が聞こえた。


「上手くいってよかったです」


 アクセリナが隣を見ると長い黒髪の少女がいた。記憶の中にある少女と似ているが、どこか違う。そう分かっていてもアクセリナは記憶の中にある少女の名前を呼びかけていた。


「伊織ちゃん?」


 アクセリナの問いに少女が無表情のまま可愛らしく小首を傾げる。


「母様をご存じなのですか?」


 少女の大きな深紅の瞳を見てアクセリナは微笑んだ。


「そう。伊織ちゃんとクリストファーの娘ね。お名前は?」


「紫依です」


 人形のように淡々と答える紫依の頭をアクセリナは軽く撫でた。


「紫依ちゃん。可愛い子ね」


 最後の言葉は隣に立っている朱羅に向けられたものだった。朱羅はどこか安堵したような表情でアクセリナを見ながら言った。


「あいつに連絡しようか?」


 あいつとは朱羅の父親でありアクセリナの夫である綺羅のことだ。だがアクセリナは面倒くさそうに笑った。


「いらないわ。突然、目が覚めたから、しばらくは入院して検査だらけだろうし、わざわざ知らせるほどのことでもないでしょ」


「本当によろしいのですか?」


 心配そうな紫依にアクセリナが微笑みかける。


「連絡しても、ここに来て大泣きするだけだから鬱陶しいのよ。それなら相手をするのは検査が終わってからのほうがいいもの」


「それが本音か」


 十数年眠っていた人が夫へ言う言葉とは思えないが、朱羅はアクセリナの心境を察して頷いた。

 目が覚めたとはいえ、体調は万全ではないし、しばらくはゆっくりと休みたいはずだ。だが綺羅がこのことを知れば大騒ぎをするため、休めるものも休めなくなる。


「なら、医療チームにはオレから連絡したから、あいつには知らせなくて良いと伝えておく。あいつは仕事で二~三日ほど遠くにいるから、帰ってくる頃には検査は終わっているだろう」


「ありがとう。さすが、私の息子ね」


 アクセリナの言葉に朱羅が俯いて首を横に振る。


「オレが生まれなければ、こんなことにはならなかった。すまない」


 謝る朱羅にアクセリナはそっと手を伸ばした。


「あなたは私たちの子ども。私たちに望まれて生まれてきたのよ。私はこの道を選んで後悔していないわ」


「だが……」


 アクセリナが朱羅の口に人差し指を当てて言葉を塞ぐ。


「もう自分を責める必要はないわ。あなたは、あなたの人生を生きなさい」


 そう言うとアクセリナは紫依を見た。


「朱羅のこと、お願いね」


 その言葉に紫依は深紅の瞳を少しだけ大きくして首を軽く振った。


「いえ、私のほうがご迷惑をかけています。お願いされるのは私のほうです」


「謙虚なのね」


 アクセリナは軽く笑うと大きく息を吐いた。


「ごめんなさい、少し休むわ」


「あぁ、そのほうが良いだろう。紫依、行こう」


「また、来ますね」


 紫依は丁寧に頭を下げると朱羅を追いかけて部屋から出ていった。


「もう少し、生きてみるのも悪くなさそうね。面白いものが見られそうだし」


 そう言って微笑むとアクセリナは眠りについた。

 次に目覚めた時に始まるであろう怒涛の検査ラッシュに備えて。そして、大声で泣きついてくるであろう綺羅の相手をするために。


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