19.ラッキーストライクと本題


「へぇ。春ちゃんそんなことしたんだ。」


日曜の14時前。僕は静香さんのカフェに来ていた。

今日はエアロプレスで淹れたコーヒーをいただいた。空気の圧でコーヒー成分を抽出したそれは、スッキリしていてコクがあった。「フレンチプレスより短い時間で、強い圧を加えて抽出する。フレンチプレスにはあまり圧力は加わっていないんだよ。」と静香さんは教えてくれた。


「すごい怒ってました。びっくりしました。」

「ふーん…。」

「駅員室に連れて行かれて事情説明して帰してもらったんですけど、それから春の様子がおかしくて。なんか黙ったまま元気なくて。巻き込んでごめんね、って言うんですけど、そんなに大変な騒ぎになった訳でもないんですよね。」

「うーん。そうだねぇ…。」

静香さんはラッキーストライクの箱を上に投げて遊んでいた。


「と、その話の前にさ。」

「はい?」

「裕也、こんなん興味ない?」

静香さんはニヤニヤしながら1枚のチラシを取り出し僕の前に差し出した。

「…ギャラリー?」

「うん。これ私が所有してる物件で今貸してるんだけどね、その人がもう歳だからそろそろ隠居しようかって言っててさ。そこ空いちゃうんだよね。裕也、やんない?」

「ギャラリーのことなんてわかんないですよ…。」

「大丈夫大丈夫。私がいろいろ教えてあげるしギャラリーにちっちゃいけどカフェスペースもあるんだよ。2階は住居スペースになっております。それでこのお値段!」


静香さんがチラシに小さく書かれた数字を指差す。ゼロが多い。


「出展料とコーヒー代で黒字よ黒字。コーヒーのことも教えてあげるよ。」

「なかなか脱サラする気にはなれないですね…。」

「ははは。まぁそうだろね。まぁ気になったら声掛けて。誰か紹介してくれても助かるし。紹介料出すよ。」

「考えておきます。」

僕はチラシを小さく畳んでポケットにしまい込んだ。


「で、本題なんだけどさ。」

静香さんが切り出す。

「あぁ、はい。」


静香さんが眉間にシワを寄せ、視線を斜め下に下げる。沈黙の間ができた。


「静香さん?」

「裕也さ。」

「は、はい。」


静香さんが目線を僕に合わせて、言った。

「佐倉 美奈って知ってるでしょ。優奈ちゃんも。」

「…え?」


静香さんがタバコに火を着ける。


「なんでその名前…。」



「昔ここの常連さんでさ。優奈ちゃんも何回か連れて来てた。」


頭が真っ白になった。


「その頃春ちゃんの家にちょいちょい顔出す時期があってね。そこでばったり出くわしてさ。」


「春ちゃんのから出てきた所とね。」





静香さんの、鋭い目。


「美奈と優奈ちゃんの事、大体は聞いてるけど。全部裕也の口から教えてみな。私の本題はそれだからさ。」

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ベランダの絵描き あね @Anezaki_

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