第9話 何やら不穏な雰囲気なんだが①

 ――ヴァイスが正体を打ち明けてから一週間が経過した。

 六竜の内の一体という事ではあるが、ヴァイスの願いでもあるので俺は普通に接している。

 そして、今日もまた修繕費を稼ぐ為に森のモンスター討伐依頼をこなしていた。


「……どうじゃ! ワシ、だいぶ手加減が上手くなったじゃろう!」


 相も変わらずモンスターは跡形もなく消し炭にはなっているが、初日のような大穴をあけるような失敗は無かった。

 

「確かに、最初に比べると手加減がかなり上手くなったな……」

「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう。もっと褒めてもええんじゃぞ?」


 俺が素直に認めると、ヴァイスは気分を良くしたのかフフンと自慢げに笑いながら無い胸をはる。

 そうやって調子に乗ってると失敗するのがヴァイスなのだが……言ったところで直す奴ではないと、この一週間でよくわかっている。

 

「はいはいすごいすごい」

「むぅ、なんだかおざなりじゃのぅ……」


 ちゃんと褒めると調子に乗って失敗するので、これくらいが丁度いいのだ。


「気のせい気のせい。心から褒めてるって。ほら、そんな事よりもさっさと街に帰るぞ」

「うぅ……これが倦怠期という奴か……ワシ、負けない!」


 街に向かって歩き始めると、何やら後ろの方でヴァイスがアホな事を叫んでいる。

 まったく、あーいう言葉をどこで覚えてくるんだか。

 

 道中、襲い掛かってくるモンスター共を蹴散らしながら俺達は森を抜ける。


「ん? のう、アンセルよ。何やら騒がしくないかの?」


 森を抜け、街道に差し掛かった辺りでヴァイスがそんな事を言い出す。

 

「いや、特に何も聞こえないけども」


 耳を澄ましてみるが、特に何も聞こえない。

 ……いや、耳に全神経を集中させてみると、確かに何やら聞こえてくる。

 言われて初めて聞こえるレベルなのに、ヴァイスはあっさりと気づいていた。

 もしかしたら、聴覚が人よりも何倍も優れているのかもしれない。

 

「これは……戦ってる音か? あっちの方から聞こえてくるの」


 ヴァイスの指さした方を見れば、なるほど。

 確かに何やら蠢いているいくつかの影が見える。

 それと、その中で抜きん出ている大きめの影。


「……よし、それじゃ帰ろうか」

「待て待て! アレを放っておくのか⁉」


 俺が何も見なかったことにして帰ろうとすると、ヴァイスが俺の服の裾を掴んで引き止めてくる。

 だーって、面倒なんだもん。

 それに、この辺のモンスターってさほど強くないから、こっちが手助けしなくても大丈夫だ。

 そんな感じの事をヴァイスに伝えたのだが……。


「困っている人が居るのならば、助けるのが当たり前じゃろう! ほれ、行くぞアンセル!」


 という感じで、何やら妙に燃えている。

 六竜は基本的にこちら側に干渉しないから、そういうのに冷めていると思ったのだがそうでもないらしい。

 ヴァイスが例外というだけかもしれんが。


「はぁ……分かったよ。行けばいいんだろう、行けば」


 ヴァイスにこうまで言われれば行かざるをえない。

 いや、このまま頑として行かないと言い張ってもいいのだろうが、その場合ヴァイス一人で行ってしまう可能性がある。

 色々と思わぬポカをやらかすヴァイスを一人にするわけにもいかないので、結局俺も一緒に行くという選択肢しかないわけだ。


「ふふ、それでこそワシが愛するアンセルじゃ! そうと決まれば、さっさと行くぞ!」

「お、おう」


 裏のない愛情を受け、若干気恥ずかしくなりながらも俺は返事をする。

 ……ヴァイスのこういう所がずるいよなぁ。


 そんな事を感じながら、俺達は戦地へと赴くのだった。



「おいおいおい、マジかよ」


 戦闘が行われている場所に近づく度に影がより明確になっていくのだが、その姿を見て俺は思わず呟く。


「どうしたのじゃ?」


 俺のつぶやきが聞こえたのか、横を並走していたヴァイスが尋ねてきた。


「あのデッカい奴……ギガントアイだ」


 ギガントアイ。

 全長四メートルほどの一つ目の巨人だ。

 青い肌に並大抵の武器では傷一つ付けられない強靭な筋肉。

 そして、その腕から繰り出される強力無比の一撃は喰らえば即死である。

 本来、四級以上の冒険者が束になって挑むほどのモンスターだ。

 間違っても、こんな雑魚モンスターしか居ないような地域に出ていいモンスターではない。


「強いのか?」

「あぁ、くっそほどに強い」


 もちろん、ヴァイスにかかればギガントアイですらもゴブリンと変わらないだろう。

 だが、相手が人間となればそうもいかない。

 ギガントアイが三体に対し、戦っている人数は五人。

 冒険者のランクは分からないが、どうやら苦戦しているようだった。

 ……いや、よく見ると一人の戦力が抜きん出ていて他四人がお荷物と言った感じだ。

 どんなに強くても、他四人を庇いながらギガントアイ三体は厳しいだろう。

 というか、ギガントアイ相手にあそこまで戦えているアイツが規格外すぎる。


「ヴァイス、あのうちの一体を任せていいか? もう一体を俺が引き受ける」

「ワシは構わんが……アンセルは大丈夫なのか? あ奴は強いのであろう?」

「……何とかなるでしょ」


 正直、厳しい気はするがお荷物四人も加わればなんとかなると思う。

 そうすれば、最後の一体はあのくそ強い奴に任せればいい。

 全身真っ赤な鎧に身を包んでおり、男か女かは分からないが身の丈ほどもある重斧を軽々と振り回しているので多分男だろう。


「あ、戦う前にヴァイス」

「分かっておる。手加減をしろ、じゃろ?」


 俺が言おうとした事を分かっていたのか、ヴァイスは頷きながらそう答える。

 分かっているならば大丈夫だ。

 流石に今のヴァイスから六竜を連想する奴は居ないだろうが、それでも本気を出すのは控えてもらいたい。

 どこでどんなトラブルが潜んでいるか分からないからな。


「そうと決まれば、ワシは先に行っておるぞ。……早く来ねばワシが全部倒してしまうかもしれんがな」


 ヴァイスはそう言うと、一気に速度を上げて走り去る。

 流石はドラゴン。見た目はロリでも身体能力が尋常でない。

 

「っと、俺も急がなきゃな……っ」


 このままヴァイスに全部処理させてもいいが、いくらなんでもそれは格好がつかない。

 男というものは、女の前では格好つけたいものなのだ。

 俺はそう結論付けると、速度を上げる。

 正直、こんなに全力疾走したのは久しぶりなので既に心臓がバクバクしているのは内緒である。



 ウェーディンに調査に向かうと聞き、調査隊に志願したのだが少しそれを後悔していた。

 かの街は基本的に平和で特に強いモンスターも居ないと聞いていたのだが、実際はどうだ。

 上級冒険者でも苦戦するというギガントアイに襲われたではないか。

 しかも、それが三体とか最早絶望でしかない。

 そんな絶望的状況でもまだ生きているのは、我ら調査隊の隊長であるモルドレッド様のお陰だろう。

 あの人が三体を引き受けていてくれるからこそ、我々は生き長らえていられるのだ。

 足手まといになってしまっている事実に歯噛みしながらも、少しでもモルドレッド様が楽になるように、我らなりに応戦をする。


「おい、そっちはまだ生きているか!」

「はっ、モルドレッド様のお陰で我ら全員生きております!」

  

 モルドレッド様の言葉が聞こえ、俺は叫びながらそう答える。

 だが、いくらモルドレッド様が十二騎士の一人でお強いとしてもギガントアイ三体を相手には流石に分が悪い。

 しかも、我々四人を庇いながらである。

 我々なりに奮闘しているのだが、ギガントアイの体にはほとんど傷をつけられない状態だ。


「しまっ……!」


 ギリギリ保っていられた均衡状態がついに崩れることとなる。

 一瞬の油断が死を招くとはこの事だろう。

 唯一の武器が、ギガントアイに弾かれくるくると空を舞ってどこかに飛んで行ってしまう。

 そして、目の前に死が迫る。

 あぁ……俺はこんな所で死ぬのか……っ。

 王都には、この調査が終わったら結婚をしようと約束を交わした幼馴染が待っているというのに!

 俺は最後の抵抗として両腕を交差させて、来るべき衝撃に備える。


「グガァっ⁉」


 しかし、結局衝撃は訪れず、代わりにギガントアイの悲鳴が辺りに響く。


「待たせたの! 助けに来たぞ!」


 どこから来たのか、気づけばそこには年端もいかない真っ白な少女が立っていたのだった。

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