第8話 ヴァイスの正体を知ったんだが

 依頼の報告を終えた俺達は、部屋を借りている宿までやってくる。

 建物の一角が著しく損壊しているのがひどく痛々しい。

 最上階の部屋で本当に良かったと思う。

 もし、これが下の階だったらもっと悲惨なことになっていだろう。

 

「ただいま戻りました」

「おや、もう帰ってきたの? もしかして、もう金の宛てでも出来たのかい?」


 そんな事を考えながら宿に入ると、ドードリアさんが出迎えながらそんな事を言ってくる。


「それに関してはまだですよ。……ちゃんと払うんで勘弁してください」

「はっはっは、冗談さね。アタシの宿を壊されたからちょっとした意趣返しさ。ま、期限は特に設けないから焦らず返してくれればいいさ」


 修理代を払わずどこかに逃亡するという可能性もあるのに、ドードリアさんは何とも豪胆な事を言い放つ。

 まぁ、俺としても逃げるつもりは無いからいいんだけどさ。

 ギルドに冒険者として登録している以上、すぐに犯罪者として手配されるのが目に見えているしな。

 

「それはともかくとして、ほれ受け取りな」

「これは?」


 ドードリアさんがおもむろに鍵を渡してくるので、俺はそれを受け取りながら尋ねる。


「新しい部屋の鍵だ。今度は壊すんじゃないよ?」

「ははは、やだなぁ。もう大丈夫ですって」


 ドードリアさんの言葉に、俺は乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 こればっかりは、ヴァイスにかかっているからな。

 その後、二言三言言葉を交わすと、俺とヴァイスは新しい部屋へと向かう。

 部屋の中は、以前俺が借りていたのと内装はほぼ変わらなかった。

 違う点を挙げるとすれば、若干広くなってベッドが二つになったことだろう。

 これで、もう見た目ロリなヴァイスにドキドキしなくて済むと考えると、少しだけホッとする。

 いくら中身はかなり年上とはいえ、見た目が幼いとどうもいけない性癖に目覚めそうで怖いのだ。


「なんじゃ、ベッドは一つで良かったのにのぅ」


 そんな俺の葛藤を知ってか知らずか、ヴァイスは不満そうにつぶやいている。


「いやいや、いくら夫婦(仮)とは言っても節度はきちんと守らないと。えーと、ほら……ちゃんとした関係になるまで、ヴァイスを大事にしたいからさ」

「アンセル……。うむ、分かったのじゃ! アンセルがそう言うならワシ……大事にされる! 我慢して別々に寝ることにするぞ!」


 ふぅ、ヴァイスがちょろゴンで助かったぜ。

 ――と、いつまでもこんな益体もない話をしてるわけにもいかない。

 先ほどから気になっていた事を聞かなければ。


「さて、ヴァイス。話を聞かせてもらっていいか? ヴァイス、お前はいったい何者なんだ?」


 最初はただの長生きなドラゴンだと思っていた。

 だが、その戦闘力は常軌を逸していてドラゴンの枠にすらおさまらない。

 それに、黄竜の事を知っているような事まで言っていた。

 黄竜というのが俺の知っているアレならば、ヴァイスの正体はとんでもないものかもしれない。


「ワシの正体か……。まぁ、呼ばれたときは知ってて呼び出したのかと思ったが、間違いだったみたいじゃし、知らんのも無理は無かろうな」


 俺の問いに対し、ヴァイスは腕を組みながらウンウンと一人で納得したようにうなずく。


「教えても構わんが……今まで変わらずに接してくれると約束してくれるか?」

「……分かった。約束しよう」


 ヴァイスの懇願するような表情を見て、俺はそう答える。

 彼女の正体が何であれ、変わらず接しようと心に誓う。


「ワシの正体は……六竜じゃ」


 やはり、か。

 ヴァイスの言葉に、俺はやっぱりかという思いがあった。

 手加減してあれだけの威力の攻撃が出来るドラゴンと言えば、それくらいしか思いつかない。


 ――六竜。

 それは最も神に近い存在と言われる六体のドラゴンの事だ。

 普段は幽界アストラルに住み、こちらの世界にはほとんど干渉してこない。

 六竜の一体一体が凄まじい力を秘めており、六体全て揃えば世界を滅ぼせるとまで言われている。

 赤竜、青竜、黄竜、緑竜、黒竜、白竜の六体が居て、地域によってはそれぞれのドラゴンを祀っている所もあるくらいには遥か上の存在である。

 そんな六竜の内の一体を、手違いとはいえ召喚してしまった自分の才能が恐ろしい。


「あんまり驚いておらんの」

「だいたい予想はついてたからな」


 実際、いざヴァイスから正体を聞いても冷静な自分が居る。

 予想がついててある程度覚悟が決まってたのかもしれない。

 ……いや、多分六竜という凄い存在だったとしても、ヴァイスのポンコツぶりが全てを帳消しにしてるからまったく恐くないというのが大きな理由だろう。

 これを言ったら、多分拗ねるだろうから言わないけれども。


「流石は我が婿殿。聡明じゃな。まぁ、おそらくこれも予想がついていると思うが……ワシはその内の光を司る白竜じゃ」

 

 それも、ヴァイスの元の姿からなんとなく予想がついていた。

 基本的に六竜は、それぞれの名前を冠する鱗の色をしている。

 赤竜なら赤い鱗、青竜な青い鱗……といった感じだ。

 とはいっても、直接見たわけでなく文献などで見聞きした程度だが。

 六竜がこちらの世界に来るのは本当に稀なので、直接姿を見た事がある奴など居るかどうか怪しいレベルである。

 六竜がこちらの世界に来る時は、世界に危機が訪れる時……なーんてことも言われている。

 ぶっちゃけ、ヴァイスみたいなのが来たところでとも思うが、戦闘力に関してはマジなので案外馬鹿に出来ない伝承かもしれない。


「正直に言うと、アンセルがワシを召喚した時は本当に驚いたんじゃよ? ワシら六竜を召喚しようとして出来た人間・・は今までに居らんかったからな。じゃから、敬意を表して願いを叶えてやろうとちょっと頑張った訳じゃ」


 最初のあの妙に堅苦しい話し方はそういう理由だったのか。


「それが、てっきりどこかの国を滅ぼせとかそういう事じゃと思っとったから、求婚された時はめちゃくちゃ驚いたんじゃからな。……まぁ、ワシの勘違いだったわけじゃが」


 それに関しては本当に申し訳なく思っている。

 後で思い返してみても、アレは誤解を招く言い方だったと思わなくもなくもない。


「じゃから、あれじゃぞ? 六竜を嫁にするなんて、それはもう……すっごい事なんじゃからな?」


 ヴァイスはそう言いながら、チラチラとこちらを上目遣いで見てアピールしてくる。

 確かに六竜を嫁になんてのは前代未聞だ。

 おそらく、歴史の中で誰一人そんな事をした奴は居ないだろう。

 もしそれが出来たら、そいつはとっくに世界を征服できている。

 俺? もちろん、そんな事をするつもりは毛頭ない。

 俺は美人な嫁さんが居ればそれで満足なのである。


「まぁでも、お試しはお試しなんだけどな。それを聞いたからじゃあ、正式に結婚しようとは思わないんだよ」

「何でじゃ⁉ ワシが年増だからか⁉ 年齢は気にしないと言ったろう!」


 いや、確かに年は気にしないさ。

 でも見た目がロリだからなぁ……。

 ロリな見た目でも問題なく愛せると自信を持って言えるまでは、このままの関係で居たい。

 あやふやな気持ちで結婚するのはヴァイスのも失礼だしな。

 まぁ、ヴァイスが大人の姿に変身出来たら速攻で結婚するんだけどな!


「とりあえず、あれだ。まだ知り合って二日目だしな。気長にいこうぜ気長に」


 俺はそう言うと、がぁがぁ喚きたてるヴァイスの頭に手を置いて撫でてやる。


「そんな撫でたくらいで、ワシはほだされたりは……ふにゃぁ」


 ほだされてるほだされてる。

 流石はちょろゴンの名を冠するヴァイスだ。即落ちってレベルじゃねーぞ。


「とりあえず、約束通り今までと同じように接するからそのつもりで。改めてよろしくな?」

「う、うむ……よろしく、の」


 そんな感じで、俺は六竜であるヴァイスと何とも奇妙な関係を続けることになるのだった。

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