1-C 野獣
グオオオオオ!!
オークが低い声を轟かせ、洞窟の空気を響かせる。
「おい!おいおいおいワタル!3匹なんて聞いていないぞ!ほら見てよ
「るせぇ!俺だって聞いてねぇよ!文句あんならならクエスト出した奴に言えや!」
咆哮を皮切りに、ハシンスとワタルが大騒ぎをはじめる。
確かに、資料にはオークが何匹いるかなどとは書いていなかった。
きっと依頼主も、オークをこの周辺で見かけた程度で、複数いるとは思っていなかったのだろう。
目の前では、3匹の巨体が右手に棍棒をちらつかせている。
「ワ、ワタル……!流石にこれは……」
「あんなでっかいの3匹に勝てるわけないじゃないですか!ねえワタル!一旦逃げませんか!?逃げましょうよ!」
いぬっぴとラフラスもオークに
「あぁ?」
しかし、ワタルはこの状況にも恐れず、力強く、二人の声をを跳ね飛ばすように言葉を返した。
「逃げるもんかよ!金がっぽり貰えるチャンスなんだぞ!しかも3匹!多分報酬だって3倍だぞ!」
「だからって無茶です!こっちでまともに戦えるのは3人だけなんですよ!1対1は無理!」
「そうだよ!僕戦えないからね!」
ラフラスもまたはじき返すように反論する。その勢いに便乗してハシンスも口を出していた。
ハシンスは僧侶……つまり仲間の回復に徹する役だ。攻撃は不得意である。
よって、実際迎撃ができるのは剣士ワタル、戦士いぬっぴ、魔法使いラフラスの3人となる。
対して、オークは一匹でもパーティが苦戦するような怪物。
戦力差は圧倒的であった。
「ですから、ワタル……!」
ラフラスが必死にワタルを説得しようとしているその時、いぬっぴが言葉を遮った。
「……私、ワタルに従うよ」
「なぁっ!?」
「いぬっぴ……!?」
勝ち目のない状況ではあるが、その言葉に偽りは無い。
無垢な宝石のごとく輝いた瞳が語っていた。
彼女はワタルと共に戦う覚悟を決めているようだ。
「勝てるって踏んで言ってるんでしょう?なら私は信じる」
「……さすがいぬっぴ。よくわかってるじゃんか」
いぬっぴの迷いのない目……それを見たワタルが、にたりと笑う。
「ぬぬぅ……いぬっぴが……言うなら……」
「多分勝つ見込みあっての台詞じゃないんだろうけどねー……。でも君らが戦うっていうなら、僕は全力でサポートするしかないよ」
ラフラスとハシンスもその光景を見て、仕方ないと言わんばかりに賛同をする。
それを見届けたワタルは、嬉々とした表情でオークの方を振り向き、叫んだ。
「よーし、満場一致だな!?じゃあ行くぞ!」
「「応!」」
ズダダダッ!
ワタルが掛け声と共に走り出すと、いぬっぴ、ラフラスも合わせて走り出した。
「
ハシンスが簡単な防御魔法をかける。これによって、3人は直撃さえしなければある程度は耐えられる。
「仕方なくですよ仕方なく……!こうなったら最善を尽くすまで……!」
ラフラスはぶつぶつと独り言を喋りながらも、オークを囲うように回り込む。そして、隙を見つけた瞬間、炎の呪文を放った。
「
杖からは勢いよく炎が吹き出し、たちまち1匹のオークを包む。
「グオオオ!」
「効いてなさそう……でも足止めには……!」
たしかに炎はオークを焦がすには至らないものの、その熱でオークの動きを封じることは出来ていた。
ラフラスが一匹を封印している後ろでは、いぬっぴが他のオークと武器を交えている。
「くそっ!こいつぅ!」
カカン、カンと、何度も硬い音が響く。
武器を振りかざしては、その度に棍棒で弾かれる。
オークは速かった。その巨体からは思いもよらない反応速度で、いぬっぴの斬撃を防御していたのだ。
「んなぉあ〜!」
目の前の巨体に攻撃が届かない。
歯がゆい思いからか、いぬっぴは奇声を上げ、ギチギチと犬歯を鳴らす。
「こいつぅ〜〜!」
いぬっぴは熱くなりやすい性格であった。
一切の手応えを感じられなかった彼女は、次第に苛立ちを抑えられず、今や冷静に戦える状態ではなかった。
「いぬっぴ!焦っちゃダメだ!隙を突かれるぞ!」
思わずハシンスが声を掛けるも、もう声は届かない。
「アイツまた興奮してんのか?」
近くでオークを倒し終えたワタルも、騒ぎに気づき、振り返る。
「いぬっぴ!落ち着いてください!」
そして、オークへの攻撃に集中すべきラフラスも、思わずいぬっぴに気が行ってしまった。
その拍子、ラフラスに抑えられていたオークが炎から抜け出してきた。
ラフラスがよそ見した隙を突かれた。
「しまっ……」
ドッ
ラフラスも思わず声を漏らすが、言葉を言い切る前にオークの棍棒が直撃した。
これに耐えられるはずもなく、ラフラスの身体は大きな弧を描いて飛ばされた。
「ぐあぅっ!」
「ラフラス!」
床に叩きつけられ、あわや瀕死のラフラス。
それを目にしたハシンスも、慌ててそばへと駆け寄った。
「大丈夫か!?早く回復を……!」
ハシンスが杖を揺らし、魔法での回復に専念する。
「……!」
いぬっぴもコトの一部始終を横目で見たためか、先程まで真っ赤だった顔が一気に青ざめていた。
「ラフラス……!そんな……私……!」
思わず動きが止まるいぬっぴ。
もちろんオークはそのまま待っているわけがなかった。
巨体はいぬっぴへ棍棒を構えると、
そのまま一気に振り下ろしたのだ。
「っ!」
「危ないっ!」
ドゴンッ!
棍棒が岩でできた地面を抉る。
その真横では、ワタルがいぬっぴを抱えて避けいた。
「間一髪ゥ!」
「ワタル……私……!」
「いぬっぴ!気をしっかりさせろ!ラフラスなら大丈夫だ!」
「ご、ごめん……ありがとう」
ワタルの怒号に目を覚ましたかのように、いぬっぴの顔色が元に戻る。
「けどなかなかヤバそうだな。ここは俺に任せろ」
ワタルはオークらの様子を伺う。
そして、いぬっぴに待っていろと言うかのように肩を軽く叩き、ワタルは一人、二匹のオークへと向かった。
「ワタル……」
ワタルとオーク達の目が合う。
お互いに相手を牽制するように、瞳を外さない。
その光景を、いぬっぴは立ち尽くしたまま見ていた。
「いぬっぴ、ワタルに任せよう!今は先にラフラスを……!」
いぬっぴが後ろを向くと、ハシンスがラフラスを抱えている姿が見えた。
ラフラスが目を覚ましていない。
(回復はしていたはずなのに……?)
いぬっぴは最悪の展開を想像したが、
「気絶しているんだ!逃げよう!」
ハシンスの言葉がそれを否定し、ほっと一安心をする。
気つけの魔法はラフラス本人しか覚えていない。
ただ目を覚まさせられなかっただけなのだ。
「う、うん!ワタル!そっち頼んだよ!」
自分は味方の護衛を優先しよう。そう決めたいぬっぴは、ハシンス達を連れて一目散に岩陰へと隠れ込んだ。
その時、いぬっぴは気がつく。
「……暗い……?」
オークはこういった場所ですごしているのだから、きっと暗くても周りがよく見えるだろう。
そうであれば、灯りが無くなるとワタルが不利になる。
「ワタル!光が消える前に!」
「大丈夫だ!任せろ!」
ワタル一人にオークは二匹。ただでさえ不利な状況に見えるが、ワタルの表情には余裕が見えている。
ただ、案ずるなとは言われたが、やはり心配であったのだろう。いぬっぴの頬には一筋の汗が伝う。
それでもワタルを信じたい心が勝っているのか、いぬっぴは何もせず固唾を飲んで見守っていた。
「さっきのオークは拍子抜けだったが……二匹同時はどうなんだろうな……」
ワタルはポツリと呟くと、力強く地面を蹴り、大きく飛び跳ねた。
高さ約2メートル。跳んだワタルはオークの頭に狙いを定める。
「オラァッ!」
そのまま剣を振りかざす。もちろん、オークは先程と同じように棍棒を構えた。しかし、
「無駄ァッ!」
ワタルはそれを見越して、素早く剣を捻る。
その刃先は棍棒へ向き、勢いよく刃を刺しこんだ。
ゴスッ
棍棒に剣が深々と食い込む。
弾かれはしなかったものの、剣は抜けそうにない刺さり方をしていた。
「剣が……!」
その光景に、いぬっぴが思わず声を上げる。
しかし直後、ワタルは笑いながら、
「ハハァ!今だ!」
なんと懐から銃を取り出した。
ワタルがオークの顔へと銃を向け、すぐさま洞窟に銃声が二回響く。
銃弾は見事オークの顔に命中し、その巨体もあっけなく倒れたのだった。
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