第5話

「──ぃぃよっし! 無事命中、ストライクッ!」


 少女の乗る機体は、器用に機体を動かしてガッツポーズを決める。

 流石に遠距離で爆弾を発射するというのは失敗すると大惨事になりかねない危険なミッション。見事建物の直上ど真ん中を狙い撃てたのは自画自賛すべきであろう。


「さて、フィールドは消えたみたいね。そろそろ行くか」


 フィールドの消失を確認すると、少女はライフルを放棄して機体を起こす。

 地面に埋まってカモフラージュしていた機体は装甲などに付着した土塊を落としつつ、その機体を走らせた。


 射撃位置としていた丘を越えると目下にはジャングル。それを二回に分けて跳躍すると、もう建物は目前にまで近付いていた。

 この中に侵入する経路は二つ。一つは外装を破壊して強行突破。そして、もう一つがここから跳んで穿いた中央の穴の中に入ること。そのどちらかの侵入方法を彼女は選んだかというと──


「大! ──っジャぁぁぁンプッ!!」


 そんな絶叫と同時に少女の動きに反抗機リベリオンは応えた。

 細い脚に取り付けられた四つのブースターと腰部のスラスターから赤いエネルギーが放出。そして脚部の跳躍により機体は少女の望んだ動きを再現した。


 先の射撃とも引けを取らない曲線を描いてドーム状の建物を軽々と跳び越える。そこから覗ける内部の光景を確認。


「ぬ! 何で建物の中に獣魔が!? しかも従順機オビディエンスが一機襲われてる。まさか……!」


 上空から見捉えた内部の様子に、少女は驚いた。

 本来なら絶対にこの中にいることが許されない存在、獣魔。それがオビディエンス・チルドレンの式にいるなんて聞いたことがない。


 一体あの中で何が起きていたのか。それは分からないが、今の彼女が理解していたことがある。


「とにかく、目標が食べられる前に奴を叩く!」


 人を襲う獣魔は早急に何とかしなければならない。目標回収の前に獣魔を片付けるのが先決と判断した。


 少女の次なる操作に従う反抗機リベリオンと呼ばれた機体は、各所に装着された加速装置にエネルギーを送ると、それを上向きに角度を調整。次に大跳躍をした勢いが衰えると、次に起きる現象は落下。


 さらに装置によって落下速度が加速する中、赤いパルスが機体全体に纏わって流星の如き光を放つ。

 僅か数秒という刹那の内に建物の内部へと機体は侵入に成功。そして──











 それは突然だった。

 獣魔に押さえつけられて動けなかった機体は、いきなり発生した謎の衝撃によって、獣魔ごと吹き飛ばされてしまった。


 この衝撃は凄まじく、他の従順機オビディエンスも吹き飛ばして、本来フィールドに守られているはずの大人たちが座る客席に激突させてしまう。

 あまりにも唐突な──いや、510番は先に見えていた。あの空に光っていた星がここに落ちてきたことを。


 落下した物体の衝撃によって、二人の乗る機体は客席の真下に叩きつけられ、内部を激しく揺らされたが、体をシートに固定していたおかげで助かったが、なかったら恐らく全身をコックピットの至る所に叩きつけられていただろう。


 それにしても一体何が起きたのだろうか? その疑問が真っ先に浮かんだが、それを押しのけて二つ目の考えが510番を支配する。


「痛っぅ……。521番、大丈夫? ……521番?」


 全身に鈍く響く痛みを堪えつつ、シートの下段に座るバディの様子を確認。だが、呼びかけに反応をしてくれない。

 まさかと思い、510番は固定具を外して下段へ。そこで沈黙する521番の容態を調べる。


「……息はある。良かった……」


 どうやら521番は先の衝撃で気を失っただけらしい。この事実に510番は胸をなで下ろす。

 バディの無事が確認出来たら次に気にかかるのは外部の状況だ。


 先の衝撃によって動力源からのエネルギー供給が一時停止してしまい、中は非常電源の赤い光に包まれている。直接確認しようにも外には獣魔がいるので機体から出るのは危険だ。

 あの赤い星は一体何だったのか。まさか対獣魔フィールドの消失の隙を狙って襲撃してきた新しい獣魔なのだろうか? 仮にそうなのだとすればこうしてはいられない。


「521番! 起きて!」


 この予想に行き着くと、521番の体を揺すって呼びかけるが案の定反応はない。

 従順機オビディエンスを動かすには胴体を司る下段の操縦をしなければならず、その操縦を担当しているバディはこの通り気絶中だ。

 これでは機体を動かせない。このままだと現れた新たな脅威にやられてしまいかねない。


「……よし」


 ここで510番は行動に出る。一度自分の座席に戻って機体の動力源を再起動させると、下段の521番を頭脳側の座席に持って行き、彼女のスーツの固定具をシートに接続した。


 基本的に機体の胴体役と頭脳役が入れ替わることはないが、胴体役が操縦不可な状態になった時のみ頭脳役が胴体の操縦を替わることが出来る。

 今の状況はまさにそれ。チルドレンになる者として教わった通りに上下の位置を入れ替えたのだ。


「充填率確認……三十、四十、五十。起動値水準突破を確認。従順機オビディエンスジェイド四号機、再起動」


 生き返ったモニターに表示されているエネルギーの充填率が水準値に突入したのを確認すると、メインモニターに明かりが点く。


 とにかく、頭脳役が胴体役を替わっているために獣魔と交戦する能力はほぼ皆無と言っても過言ではない今。521番を安静にさせるためにも安全な場所にまで移動しなければならない。

 そして、ノイズが走る不鮮明な画面にはあるが動いているのが映し出されていた。


「……!? なんだ? あれってもしかして……従順機オビディエンス?」


 モニターが表示した外界の景色に510番は驚きを隠せない。

 何故ならば、会場の中央辺りで見慣れぬ機体が獣魔と交戦している様子が映し出されていたのだ。


 白と黒の装甲と細身の造形。一見すると従順機オビディエンスに酷似しているが、よく見ると機体に走っているスリットは赤い。さらに画面が鮮明になっていくにつれて、その機体がチルドレンらが操縦している物と一線を画す存在なのだと気付かせてくれる。


 フィールドが消失した会場に突如として現れた謎の機体。510番らFHKが管理している従順機オビディエンスよりも女性的な姿をしており、脚や腰、肩や背中などに装着されている装甲は過度な装飾が施された異質な形状だ。


 510番は自分のすべきことを一度忘れ、その機体に意図せず見とれてしまう。

 自分が今までみてきた機体というのは、全て同じ形で同じ性能をしていた。この世にはそれしかないと思っていたのが、たった今壊された。


 この世界にはあんなにも型に囚われない姿をする物が存在していたのだ。510番は刹那に思う。


 美しい、と。


 そして、やはりこの世界はおかしいのだと。自分が『差異』であることは異常ではないということも。



 ──かつて燃え上がり、そして今は絶えた510番の心火に数年ぶりの火種が灯った。

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