第4話

 会場に出ると、昨日までチルドレンたちが立っていた場所に見慣れぬ丸い光球が存在していた。よく見るとそれは半透明で中身がうっすらと確認出来る。

 510番の知識から見ると、それは狼に似た姿をしているが、体表を包む非自然的な青い甲殻がそれをただの動物ではないことを教えてくれる。


 ──これが『獣魔』。半世紀以上前に出現し、人類をここまで衰退させた存在。これからチルドレンたちがこの先延々と戦い続けることになる宿命の敵だ。


 しかし、510番は気付く。習った通りならこのサイズは通常の獣魔と比べるとやや小さいのだと。獣魔に性別や幼態の概念があるとは教えて貰わなかったが、今分かることは現役のパイロットがこの日のためにわざわざ小型の獣魔を捕まえてくれたということだけ。

 何であれこれを倒すのがこの儀式における最重要項目。余計なことは考えず、演習通りにすればいい。


『これより、起動式を執り行います。各機、立ち位置へ移動し、宣誓の言葉を』


 機体内から流れたアナウンスに従い、五機の従順機オビディエンスは会場の中央に移動。そして、機体の装備品である細身のランスを構えて五つの切っ先を合わせる。


『我々、オビディエンス・チルドレンは、この世界を脅かす獣魔からの脅威を取り払い、今一度人が笑顔で過ごせる世界にすることを誓います。故に我々一同はこの忌々しき獣魔を討ち、この誓いが真実であることを証明致します』


 今回の代表に選ばれなかったチルドレンたちの宣誓を終えると、会場中から拍手が沸き起こる。

 何ともむず痒い悪寒が走るような言葉だ。510番は内心そう思う。先人のパイロットも皆この言葉を口にし、この式を行ったのだろうか。


 確かに人類の脅威となっているのが獣魔だとしても、機体の腰までしかない大きさとはいえ幼態とも見てとれる個体を見せしめに殺すのが正しいのだろうか?

 もしかしたら通常の獣魔相手は新人であるチルドレンでは倒せないと見越しての判断なのかもしれないが、それでもやはり不平な気分になる。


 人類の敵にそのような感情を催すのはいけないことだと分かってはいたが、『差異』が芽生えている510番にはやるせなさが生まれていた。


「510番。相手は教本のより小さくても獣魔に変わりはないわ。変なことを考えないで討伐だけに集中して。頭脳あなたがしっかりしないと武器をまともに扱えなくなるわ」

「……うん」


 戦闘開始まで残り数秒。521番からの言葉は素直に受け取る。

 確かに胴体を担当するチルドレンがいくら優秀でも、頭脳役が動かなければ武器どころか機体各所の微調整などが行えなくなる。


 獣魔を駆逐するためだけに存在している従順機オビディエンスにとって、頭脳担当はかなり重要な役割を担っている。彼女の言う通り、自分がしっかりしないと521番だけでなくチーム全員の足を引っ張ることになってしまう。

 未だやるせなさは抜けない。だが、仲間たちに迷惑をかける訳にもいかない。


 ──覚悟を決めないと……


『対獣魔拘束を解除します』


 このアナウンスが流れた瞬間、それは檻から解き放たれた。

 狭い空間の縛りから解放された青い小型の獣魔は猛スピードで舞台を駆け回る。それは演習などの仮想獣魔とは比較にもならない速さだ。

 そして、最初の標的にされたのは獣魔の檻から一番近かった510番と521番の乗る機体。


「510番。テイムランス、出力を上げて」

「了解。テイムランスの出力上昇」


 胴体側からの指示に、510番は頭脳としての役割を全うする。

 式の始めから握っていたランスに出力を上げ、奴との真っ向からの勝負に出た。


 白銀のランスには青いパルスが走り、威力を増大させる。これは獣魔という存在に決定打を与えることが出来る手段の一つ。

 徐々に近付くそれに息を細めて集中する521番。510番もコックピット内の空気に感化されて呼吸が小さくなる。そして──


「はっ!」


 獣魔の接近に伴い威勢良く突き出したランスはすれ違い様に奴の青い甲殻を僅かに削る。獣魔特有の表皮と同じ色の血液が純白の機体に付着するも気に留めない。

 傷を付けられた獣魔だが、その勢いは衰えずに今度は別の機体に目がけて突進を試みる。


 次の標的にされた機体はもう一つの武器を装着。テイムバレットと呼ばれるそれを獣魔に向けて乱射する。

 無数に放たれるエネルギー弾の威力はランスと比較すると小さいものの、その手数の多さで圧倒する兵器。目標に与えられるダメージは微々たるものだが、怯ませるには十分。


 二機の従順機オビディエンスはエネルギーを溜めたランスを担ぎ、接近。次の瞬間にはその切っ先を掠らせるように当てた。

 苦しむ獣魔の悲鳴も関係なく、今度はすかさず三機同時にバレットを使って牽制。その奥では再び二機による同時攻撃の準備が進められている。



 ここにいるチルドレン全員は十五年間もの生活で資料や教法を見て培った獣魔との戦い方を理解している。それを知った上でこの起動式に求められた戦い方は『獣魔を殺す』というものだった。

 すぐには倒さない。大人からの命令。



 曰く、これは神聖な儀式。温室で育てられた子供たちがこの世界を守る騎士となるための転換の日。これを邪魔するような行為などあってはならない。


 当然、そんなことがこれまで一度たりとも起きたこともない。だが、今日──それが破られることとなる。



 二機による同時攻撃をしようとした時、それは突如として会場の中心を貫いて全体を大きく震わせた。

 地鳴りにも似た大揺れは周囲を取り囲むように座る大人たちに不安の種をまき散らした。そして、それは直ちに発芽する。


「い、今のは……?」

「……! 510番、会場の上からABMアンチビーストマテリアル反応が検知されたわ」

「検知……!? それってつまり……」

「非常事態。対獣魔フィールドが中和されて無効化されている可能性が考えられ……いえ、もうすでに外装のは無効化されているわ」


 同時攻撃をしようとしていたオビディエンスの一機、510番と521番バディはこの会場の揺れが起こした被害にいち早く気付く。

 521番の推測通り、この起動式の会場を包み込むフィールドが消失したのだ。


 フィールドの消失が何を示すのか。その答えは実に簡単。獣魔から人類を守る壁の一つが無くなったということだ。それは会場の外の話だけではない。起動式のためにで展開していたそれも防御壁としての役割を失いつつあるということ。つまり……。


「私たちと獣魔だけが戦うフィールドが消失してしまった以上、このままだと大人たちが襲われてしまう。早く獣魔を仕留めないと」


 この結論に至った時、510番の脳裏によぎったのは二つの思い。

 一つは使命感。獣魔を討伐するために教育を施されたが故の本能に近い。

 だが、それを押し出して強く主張する思いが存在していた。


「ランスの出力を最大限にまで────……!?」


 521番がオビディエンス・チルドレンとして大人たちを護るために振るうランス。それの出力上昇の指示を頭脳役に送った時である。

 先ほどの交錯では確かにエネルギーが纏っていた白銀の槍にパルスを確認出来ない。それは手前のモニターを見ても明らかで、エネルギーが一切送られていなかったのだ。

 このままでは獣魔に有効打を与えられない。こうなる原因はただ一つ。


「510番! 何をしているの? 早く出力を……」

「わ、分かってる。分かってるよ……。でも、どうしよう。521番……?」

「な、何故……あなたは泣いているの?」


 この機体の頭脳を担当している少年の方を振り返ると、それに気付いてしまう。

 510番は操縦桿に手をかけながら、その両目に大粒の涙を浮かべていた。それは本人も分からない涙だ。


「出力を、送らないといけないのに……体がそれを拒むんだ……。それで、僕の中の何かが言うんだ。『このまま放っておけ』って……。頭では分かってるのに、体が言うこと聞かないんだ……!」


 この告白に521番は思わず絶句する。

 長年同機体のバディを勤めてきて初めて知った内心の吐露に、驚きを越えて恐怖すらも感じてしまったのだ。


 大人を放っておけ……そんな恐ろしい考えはどうやったら浮かぶのか。それがどうしても分からず、初めてバディの『差異』という存在に得体の知れない闇を感じてしまっていた。


 それは510番自身も同じで、今まで不満や疑問を思ってもここまで強い感情など抱いてはこなかった。自分自身でも訳の分からない事態に陥ったことに酷く混乱していたのだ。


「510番……」

「どうしよう……。こんなことを考えてたのがバレたら僕、どうなっちゃうんだろう……?」


 この緊急事態にも関わらず、自己嫌悪にただただ泣き出し始める510番。初めての出来事にどうすればいいか分からず固まるバディは、この時初めて胴体としての役割を完全に忘れてしまう。

 それが最大の隙であった。


「っうう!?」

「きゃっ!?」


 お互いが始めて感じ取った変異に混乱していた最中、機体が大きく揺れる。モニターを見ると、そこには青色の甲殻が映っていた。

 一度交錯した相手の色を忘れることはない。二人の乗る機体は攻撃をまともに受けて倒れ、その上に獣魔が乗る形で押さえ込まれていた。


「まずい……。今の攻撃で左腕が……!」


 小型とはいえ今の一撃は機体の一部を損傷させるには十分に威力があった。モニターが示す損傷率は左腕部はほぼ半壊を表す数値を示している。

 このままではいずれコックピットもやられてしまうだろう。お互いにそれが分かっていてもなお、これ以上の抵抗は出来なかった。


「ごめん、521番。僕が『差異』だったから、こんなことになって……」

「もし、私が『差異』だったら、あなたの気持ちを少しでも汲むことが出来たんでしょうかね」

「……!? それってどういう……」

「これで私に『差異』が芽生えたら、すべてあなたのせいですからね」


 危機的状況にも関わらず、この時に交わした会話にはどこか暖かいものがあった。

 初めて交わした感情らしい感情の籠もった言葉。そしてどこか意味ありげな521番の返事は次に起きた現象によってかき消されてしまうのだった。


 獣魔の攻撃によって仰向けにされた機体は建物の直上を向いており、コックピット内のモニターには獣魔だけでなく、本物の青空が映っている。そして、その空に見慣れぬ赤い光がここに向かって落ちてくるのを510番は目撃していた。

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