灯した者の独白

水槽に触る。冷たく、そして中の彼らはまるで反応を返さない。ヒトの内臓のようなブヨブヨとしたグロテスクな頭部。甲殻類を思わせる胴体。挟まれたら最後、切断を覚悟してしまう恐ろしいハサミ。鳥のようでも、昆虫のようでもない翼。


なんと呼んだらよいか、検討もつかない姿をした彼らは、私の仲間だった。そう、過去形。ずいぶんと変わってしまったのだ。想定外の事態に見舞われた21号。何が起こったのか私は上手く記憶出来ていない。……その記憶を取り出して、再生する事は可能である。しかし、私はそれをしていない。彼らは、そんな私を怠惰と言うだろうか。いや、きっと言わないだろう。きっと、一人ずつそれぞれの言葉で慰めてくれるのだろう。彼ら七人に囲まれながら泣く私の姿を幻視する。


水槽から手が落ちる。どうしてこうなってしまったのか。いや、誰かに問いを投げたい訳ではない。これはただの後悔だ。どこかに行ってしまった彼らに告げたくて、彼らの置き土産と言うべき彼らには告げられない。何年後になるか判らないが、墓場まで持って行かねばならない後悔なのだ。


どうして、八人の中で私だけが生き残ったのだろう。生き残ったと言っていいのかは判らない。誰も冷静に判断を下してくれはしないので、断言ができない。全て、私の言葉は宙へと漂う。それこそ空気より軽くて、今にも飛んでいってしまいそう。そんな風に私も飛んでいけたらどんなに良かっただろう。そう思う私に気付き、嘆息する。


溜め息をすると幸せが逃げる、なんてジンクスがあった事を思い出して、地球を想った。私自身ではどうにも行けそうにないが、かのガガーリン曰く、やはり青いのだろうか。それを見に行く為だけに、未確認飛行物体扱いを受けてもいいかな、と思う。自分でも頰が緩んだのが判った。


少し、ほんの少しだがメンタルが復調したので、彼らの復活の為に作業を進めようと思う。体組織の複製はほぼ終わっており、後は待つだけ。職場にあったモニターやキーボードに似せたそれを眺め、さまざまな数値、前回・前々回などのデータを引き出し、照らし合わせて、自分の判断に誤りがないか精査する。………無し。やはり体組織については待つだけで良さそうだ。


そうなると、後は体組織以外のあれこれを一人?いや一体?まぁそれはいい。順繰りにチェックしていくだけである。……一瞬、記憶から地球突入の際のものを取り出そうと考えて、探そうとマウスに手をかけて、けど辞めた。どうせなら自分の目で見て、地球は青かった、と言って笑いたい。そう思う。


さて、記憶といえば今回の死因だが、一通りは目を通した。はっきり言って、気分の良いものでは無かった。私が単なるいち視聴者であり、これが映画であったならいくらか気分はマシだったろうが、これは仲間の死で、手塩にかけた息子たちの死であった。見終わった後に、握りしめ過ぎたせいで手から血が出ていたのには流石に驚いたが。


最初にやられたのがアルだった。持ち前の好奇心で奴に近付いて行き、「キミなんなの?」と聞いて、瞬間に巨大化した腕と爪によって上からざっくりと切り裂かれた。


次にドライ。石を掘り出す作業をしている最中、背後から気付く間も無くやられたようであった。


三番目にチル。そもそも戦闘する事をチームで請け負っているのもあってか、敵である宇宙服を追い詰めていた。しかし、敵もさるもので反撃に沈んだ。


次がヨンとセブンのコンビネーション。ヨンが魔術的に抑えて、セブンはハサミで物理的に。これは見た感じ上手く嵌っていた。およそ二人は完璧と言える作戦を取っていたし、奴もだんだんと弱っている様が見て取れる。けれど、手負いの獣ほど恐ろしいとはよく言ったもので、セブンの認識が追い付かない速さで喰いちぎった。


ウノが殿しんがりだった。恐慌に陥ったサンクを逃がす為に一人、武器を取って仲間を次々と屠った敵に立ち向かった。


私はこれらの戦闘の情報から、どうにか宇宙服、その中身を暴かねばならない。そして然るべき報いを与えねばならない。………その為にも、あの場からどうにか逃げ仰せたらしいヨンを、サンクにはぜひとも助けてきて貰いたい。


『テレレレレレーテレレレレー』


ちょうどいいタイミングで、来客を知らせる音が鳴った。

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