エピローグ

 まだ全てが終わったわけではない。だが、俺たちは休むように言われていた。

 ココの店の二階。ルーとマオは寄り添うように眠っている。

 二人に布団を掛け直し、一階へと下りた。


 カウンターにはココの姿。

 ココは俺に目も向けずに言った。


「殺したのか」

「あぁ、殺したよ」


 もしかしたら殺さない選択肢もあったのかもしれない。

 だが、俺は殺すことを選んだ。それが正しいと信じて。


 間違っていた、と言われるかもしれない。

 そう思い緊張していたのだが、ココは静かに言った。


「――そうか」


 たったのそれだけだ。

 正しかったとも、間違っていたとも言わない。

 大事なのは、この先どうするかということだろう。


 椅子を引っ張り、カウンターの前に置いて座る。

 どちらも話し出さない中、俺が先に口を開く。


「いくつか決めたことがある」

「ふむ?」


 ゆっくりと、決意を新たにするべく告げる。


「この世界を変える」

「……ほう」

「ルーのデメリットを完全に打ち消す」

「そりゃお前が一緒にいれば――」

「ちょっと事情があるんだよ」


 寿命を五十年先払いした、なんてことはさすがに言えない。これは俺が一人で抱えるべき問題だ。

 ココは眉根を寄せていたが、それ以上は聞いて来なかった。言いたくないと分かってくれたのだろう。

 さらに話を続ける。


「その両方を成し遂げるために、世界最強のギルドを作る。デメリットなんて気にせず、余計な心配が無いまま生きてほしい。ルーと仲間が、なにかに怯えながら過ごすのは嫌なんだ」


 椅子に体を預けたのだろう。ギシリと音がする。


「大変だぞ」

「もう決めたんだ」


 そう、決めたことだ。人をこの手にかけてまで、成し遂げることに決めた。

 影が差していることに気付き、顔を上げる。

 いつの間にか立ち上がっていたココが、少し乱暴に俺の頭を撫でた。


 されるがままになった後、ココを見る。


「なぁ、ココ」

「なんだ」

「うちのギルドに入ってくれよ」


 前とは違う。ココに言われてよく考え、たくさんの人の話を元に考え出した答えだ。

 俺の目を真っ直ぐに見た後、ココは前と同じように聞く。


「ギルドってのはなんだ?」

「一緒に歩いてくれる大切な仲間の集まりだ」

「ギルドマスターってのはなんだ?」


 くすりと笑う。ココは怪訝そうに眉根を寄せた。


「一緒に悩み、力を貸し、答えを出す。……後は厄介ごとの尻ぬぐいや解決、かな」


 他にも色々とギルドマスターがやるべきことは思いついていたが、これが一番しっくりきていた。

 常に仲間を信じる。仲間のために動く。仲間を支える。

 それこそ答えは無数にあるだろう。


 だが、俺の出した答えはこれだ。

 どんなことがあっても、俺は一緒にいる。

 どんな困難な状況になっても、必ず。


 そして、恐らく何度も起こるであろう厄介ごとを一緒に解決する。

 後は面倒ごとを引き受けるのもギルドマスターの仕事だ。


「ハハッ、ハーッハッハッハッハッ! なるほど、悪くないんじゃねぇか? 特に尻ぬぐいってところが気に入った!」


 一頻り笑った後、ココが頷く。


「いいだろう、入ってやるよ。……ただ、一つ聞いておきたい」

「なんでも」


 ココは顔を引き締め、真剣な表情となる。

 俺も背筋を伸ばした。


「オレになにをしてほしい」


 頼みがあるんだろう、とココは言う。

 だから、俺は素直に告げた。


「俺は仲間を助けるので精一杯だ。だから、そんな俺を助けてくれ・・・・・


 一人じゃできない。なら、助けを求めればいい。

 俺の答えに、ココは予想通り笑みを浮かべた。


「――引き受けた」


 任せろと、ココが拳を突き出す。同じように拳を作り、コツンとぶつけた。


 カウンターに寄りかかりながら、ココが聞く。


「だが、他のやつらにはなんて言うんだ? みんなや妹の幸せのために、世界を変えるために、世界最強のギルドを作る。……とは言わねぇんだろ?」


 確かにその通りだ。俺の五十年というデメリットについても話したくないし、そこら辺はうまく隠さないといけない。なによりも、ルーが気にしてしまうことだけは避けたかった。

 それに、誰かに認めてもらうためではなく、自分自身を誇れるようになりたい。内緒でみんなのために頑張っているって、男らしくて格好いいじゃないか。


 少し悩んだ後、一ついい答えが浮かんだ。


「こういうのはどうだろう」

「ん?」


 指を一本立て、俺は自信満々に告げた。


「妹に頼まれたので世界最強のギルドを作ることにしました」

「なっさけねぇ兄貴だな!」


 快心の答えだと思っていたのだが、ココは今日一番の笑いを見せた。


 ◇


 日記を閉じる。

 何度も読み返しているが、初心を取り戻すと同時に、叫び出したくなるほどに恥ずかしい。


「俺も若かった」


 正直に打ち明けず、隠していることが格好いいなんてのは大間違いだ。過去に戻れるのならば言ってやりたい。どうせいつかバレるんだから、最初から全部話して協力してもらえ、と。


 ……だが、まぁいいだろう。

 結果としてだが、今や世界に悪意をばら撒いていた相手のギフトも止め、俺の寿命についてもココが身代わりとなってくれた。

 ココは鬼族だから寿命は長いらしいが、それでも俺より少し早く死ぬだろう。なのに誇らし気にしているのだから、英雄ってのは困ったものだ。


 そしてそのお陰で、俺は死なずに済んでいる。つまり、ルーのデメリットについても、俺が生きている限りは打ち消し続けられるということだ。


 一つ息を吐き、本棚に日記を戻す。

 扉がノックされた。


「どうぞ」

「おはようございます、兄さん」


 青いボサボサッとした髪は整えられており、身長も伸びている。

 口調は固く、若干の冷たさを感じられるようになってしまったが、それも成長したということだろう。

 ほんの少しの寂しさと、それ以上の誇らしさを持ちながら、ルーを見る。

 切れ長の目で、ルーも俺を見ていた。


「全員準備ができました」

「あぁ、分かった」


 青いマントを手に取り、肩に羽織る。

 そして二人でギルドの一階へと向かった。



 ルーが言う通り、すでに全員が集まっている。

 一段高い壇上に登り、増えた仲間たちを見回す。


 一番後方、壁に寄りかかりながらレパードが帽子を少し上げる。


 先頭にいるフィリコスは、キリッとした表情で頷く。


 後ろにいるココが、俺の背を軽く叩く。


 その隣に立つマオが笑みを浮かべる。


 そして、横にいる天使から女神に進化した、今なお愛してやまない妹は、真っ直ぐに俺を見ていた。


 一度だけ深呼吸をした後、片手を上げる。

 騒々しかったギルドメンバーたちは、全員が口を閉じた。


 結局のところ、俺はギルド内で一番弱い。だが確実にメンバーたちの力にはなれている。これが俺の目指したギルドマスターの形だということだ。


 パンッと手を叩く。自分自身に気合を入れるために。

 手に残る熱が消えないうちに、俺は全員に告げた。


「――さぁ、今日も張り切っていこうか」


 この少しだけマシになった世界を、より優しいものにしよう。

 そんな俺の言葉の元に集ったメンバーたちは、今日も元気よく活動を開始する。


 俺は、そうだなぁ……。大した用事も無かったはずだし、薬草採取にでも行くとしよう。

 扉の先に見える澄み渡る青空。流れる白い雲。

 絶好の薬草日和だなと、静かに笑みを浮かべた。

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