第29話

「にイちゃ! 大丈夫!?」

「問題無い、予定通りだ」


 そもそも連れ去られたところから予定通りじゃないし、問題はありまくる。

 だが、それでも問題無いと言う。必ず来ると信じていたから。


 すでに顔の1/3がリザードと化しているラガルティハを指差し、空いた手を妹の頭に乗せる。パリッとしたものが走り、ルーのデメリットが打ち消された。


「蹴散らせ」

「うん!」


 ルーはニッコリと笑い、一切の恐れなく走り出す。

 ザッと音がし、隣にテンガロンハットの男。彼は帽子を直しながこちらを見た。


「さすがに一人じゃ、ちょいと厳しいですよ」

「分かってる。レパードはグレートリザード以外を始末してくれ」

「……シッシッシッ、人使いが荒いですねぇ! あぁ、テガリの町は大丈夫ですので、ご安心を!」


 レパードは文句を言いながらも嬉しそうに笑い、両手の剣をギャリギャリと鳴らす。

 そして、テガリは無事だとも教えてくれた。

 これでなんの憂いも無くラガルティハを倒すことができる。


「さぁ、狩の時間だ」


 獰猛な笑みを浮かべ、レパードが駆ける。

 少し遅れて後方から数体の黒い影が通り過ぎた。予想通り、仲間も連れて来ていたようだ。


 ……あれ? 一人足りない? チラリと後ろに目を向ける。

 死にそうな顔で走っている赤い髪の少女がいた。


「ぶへぇー、ぶへぇー、ぶへぇー。み、みんな速すぎるにゃ……」

「マオは護衛を頼む。なに、心配するな。終わったら好きなだけ休ませてやる」

「りょ、了解にゃ」


 息も絶え絶えの状態で、膝に手を当てながらマオは答えた。


 聞こえていたのか、他の人の動きで察したのか。

 ルーはグレートリザードに狙いを絞っている。

 もちろん残り三体が邪魔しようとしていたが、そこはレパードと仲間たちが引き受けてくれていた。


 ポイズン、ミスト、ブレード。三種のリザードを素早い動きで翻弄し、その体を斬りつけていく。このままいけば、レパードたちはあっという間に三体を絶命させるだろう。

 しかし、ルーは手こずっていた。

 過去最大の敵であるグレートリザードのキング。しかも、こいつだけはラガルティハがコントロールしているため、より厄介な相手だった。


 だが長い時間はかけられない。

 すでに限界に近いラガルティハを目にし、俺は指示を飛ばす。


「ルー! 真っ直ぐ突っ込め!」

「分かった!」

「ちょ、マスター!?」

「マオ。ちょっとだけなんでも防ぐシールドを頼む」

「あたしのギフト名は《イージス》にゃー!」


 マオは不服そうにしながらも両手を前に出し、ギフトを発動させる。デメリットを打ち消すべく、頭に手を乗せた。

 ルーの体が光りに包まれ、あらゆる攻撃を防ぐ。短時間だけとはいえ、その効力は絶大だった。


 若干の劣勢は瞬く間に覆される。

 防ぎ、避ける必要が無くなったルーが、グレートリザードへ傷を刻む。

 大きいものから小さいものまで、無数の傷跡を。それは一撃で死に至らしめるものではなかったが、着実にグレートリザードの体力を奪っていく。


 動きが鈍れば最早敵では無い。

 レパードたちもポイズン、ミストの二体を始末し、残るはブレードリザードのみとなっていた。


「ギ、ギギ。そんな、こんなことが、私のリザードたちガ!」


 全てのリザードを始末してから、と考えていたがそれでは間に合わない。

 俺はラガルティハに向け、歩を進めた。


「マスター、もう少し待ったほうがいいにゃ!」

「駄目だ、時間が無い」


 制止を振り切り、指示を出す。


「ルーはグレートリザードを、レパードたちはブレードリザードを。俺たちには決して近づかせないでくれ」


 返事は無くとも足を進ませる。もちろん二体のリザードは俺に向かって来ていたが、すでに満身創痍。ルーやレパードたちに防がれていた。


 ラガルティハの前に辿り着き、足を止める。彼の顔はそのほとんどがリザードとなっており、体も倍に膨れ上がっていた。


「もういいだろ、ラガルティハ。負けを認めろ」

「……」


 認められない、認めるものか。彼の目がそう言っている。

 しかし、これ以上続ければ、もう戻ることはできない。ラガルティハは完全にリザードと化してしまうだろう。


「勝ち目は無い」

「……どちラにしろ、もう退けマセン」

「そんなことはない。今なら間に合う。投降し、うちのギルドメンバーになれ。そうすれば、リザード化のデメリットは打ち消せるはずだ」


 人間に戻れる。まだやり直せる。

 この提案を跳ねのけるはずがない。


 俺はそう思っていたのだが、クツクツとラガルティハは笑い出した。


「投降? ギルドメンバー? 戻れる? バかな、そんなことは許さナイ。私は、私が、私でアルために、その提案ヲ受け入れナイ!」

「ラガルティハ!」

「おおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉォォォォォオオオオオオオオオオオ」


 ラガルティハは両手を開き、昏い空を仰ぎ見る。

 覚悟を決めたのだと、誰もが分かった。


 ――ギフトを解くか?

 逡巡したが、その選択を打ち消す。

 俺と彼の考えは平行線。永遠に交わらず、説得できないのならば最後まで戦うしかない。


 だが、せめて理性を失うリザードとなる前に、人として殺してやろう。

 彼と同じように覚悟を決め、腰の剣を抜く。そして膨らみ続けている体に、剣を突き刺した。


「なっ!?」


 刺さらない・・・・・

 人を殺すという覚悟を決めたにも関わらず、俺の剣はラガルティハへ届かなかった。

 グレートリザードのキングと同サイズに思える大きさとなった緑のリザードが、目を細めて笑う。いや、笑ったように見えた。


「《イージス》!」


 体が光に包まれ、リザードの尻尾を防ぐ。

 だが、防げたのは俺だけだ。

 マオはナイフで受け止めていたが、防ぎきれずに吹き飛ぶ。咄嗟のことで、自分にまでギフトを使えなかったのだろう。


「マオ!」

「……クックックッ」


 しゃがれた声で、まるで人のようにリザードが嗤う。

 まさか、と目を瞠った。


「驚くことハないデしょう。私のデメリットはリザード化。ならリザードにナッテしまえば、デメリットは無いノと同じ。後は我がギフト《ライデクセ・ヘルシャフト》で自分を支配スレバいい」


 無茶苦茶だが成功している。

 現状を考えれば、あり得ないなどとは言えない。


「マスター! 逃げるにゃ! そいつ、デカくなり続けてるにゃ!」


 血を吐きながらもマオが叫ぶ。

 最初は意味が分からなかった。だが、ラガルティハの体を見て気付く。

 リザード化のデメリットを倍増しているせいだろう。その体は、際限なく大きくなり続けていた。


 舌打ちし、ギフトを解く。

 推察は間違っていなかったようで、ラガルティハの成長が止まった。


「ふム、止まってシマイましたか」


 自分の体を確かめるように爪を動かしながら言う。

 だが、すでにグレートリザードのキングを凌ぐ大きさ。気付くのが遅すぎた。

 息を吐き、剣を構える。どうせ走って逃げたところで、後ろから襲われるだけだ。


 ラガルティハは喉を雷のように鳴らし、苛立った声を出す。


「……逃げナイんですカ?」

「逃げる? なぜ? まさか少しデカくなったくらいで、俺たちに勝てるとでも思ってるのか?」

「癇に障りマスねぇ!」


 俺の体よりも巨大な手が振り下ろされる。

 しかし、届くことはない。

 体は光に包まれ、その手を防いだ。


「またコレか! あなタから始末する必要がアリます!」


 雄叫びを上げ、ラガルティハはマオに目を向ける。

 だがその前にはレパードたちがいた。

 ようやく気付いたのだろう。ギョロリと目を動かし、周囲の確認を始める。


「なるほど、もう私ダケですか」


 ルーはグレートリザードを、レパードたちはブレードリザードを始末した。残っているのはラガルティハのみ。そして、自分にギフトを使っている以上、外のリザードたちも制御を失っているはずだ。

 時間を掛ければ掛けるほど、こちらが優位になる。

 なのに――


「仕方ナい。私一人で全テ片をつけることにシマス」


 なんて言い出しやがった。


 どうする? 全員を見回すと、ルーと目が合う。

 俺は頷き、剣を下ろした。


「諦めマシタか」

「お前の相手は一人で十分だ」

「なんデスって?」


 ラガルティハに背を向け歩き出す。

 先にいるのは、俺が最も信頼している最愛の妹。

 その頭に手を乗せ、告げた。


「やれるな」

「やれるよ!」

「よし、なら――行け」

「うん! うおおおおオオオオオオオオオオオオオ!」


 ビリビリと痺れるような声を上げ、ルーは駆け出した。


「ちょいと無理が過ぎます! 全員でやるべきです! あぁくそっ、行くぞお前たち!」

「あたしがギフトを使って守れば、楽勝にゃ!」

必要ない・・・・


 俺の言葉に二人が目を見開く。

 実際、今までのルーでは勝てないだろう。グレートリザードとだって互角がいいところだった。


 しかし、それは俺の覚悟が足りなかったからだ。


 劣勢となっているルーに向けて手を翳し、強く握る。

 俺は、ルーにかけているギフトを解いた。


「ガッ、アッ、グッ、アアアアアアアアアアアアアアア!」


 一瞬、苦しそうな声を上げる。辛い、とても辛い。この身が張り裂けてしまいそうだ。

 デメリットを打ち消していることにより、ルーの強さは制限されていた。


 しかし、今は違う。

 戦えば戦うほど、どこまでも強くなる。

 ギフト《狂獣》の効果は、最大限に発揮され始めた。


「駄目です! 理性を失いますよ!」

「……」

「ルーが戻ってこれなくなるにゃ!」


 違う、そうじゃないんだ。ルーの限界はまだ先にある。

 なら、なぜ打ち消していたのか。

 それは俺に覚悟が無く、変わっていく妹に耐えられなかったからだ。


 下唇を強く噛む。

 僅かな痛みが走り、血が流れた。


「一緒に強くなる。――そうだろ、ルー」


 戦闘中でありながら目が合う。

 ルーはとても嬉しそうに笑っていた。


「クソックソックソッ! ドウして!? 強くなり続けるナンテあり得ない! 戻レないのが怖くナイんですか!?」」

「怖くない。信じてるし、初めてにいちゃが認めてくれた」


 あぁ、俺は本当に過保護だったようだ。成長しているのに、それを認めようとしていなかった。

 でも、これからは違う。

 みんなと最強のギルドを作るために、妹が強く生きるために、その意思を尊重しなければならない。


 ルーは自分の力で勝たなければならない。

 俺は妹の強さを認めなければならない。

 だから、この一戦だけは他の力を借りるわけにはいかなかった。


「嫌ダ、嫌だアああアアあああアああアあああっ!」


 懇願するようにラガルティハが言う。

 だがその言葉を無視し、ルーは叫ぶ。


「終わりだアアアアアアアアアアアアアアア!」


 気合一閃。渾身の力で振るわれた大剣がラガルティハの頭に食い込む。

 彼は巨体をグラリと揺らし、そのまま崩れ落ちた。


 すぐにルーのデメリットを打ち消すべく走り、その体に触れる。


「まだ!」

「もういい! 止まれ、ルー!」

「……でも」

「いいんだ」


 コクリと頷き、ルーが止まる。

 俺は呻き声を上げているラガルティハに近づき、剣を構えた。


「殺ス、のですか? できマスか? アなタに」

「できるさ。まだルーには早いけどな」


 見た目はリザードとはいえ、元は人。十歳の妹にやらせるわけにはいかない。

 中身が見えている頭に向かい、剣を突き刺す。嫌な感触と叫び声。その全てを無視し、さらに強く押し込んだ。

 ゆっくりと目を閉じようとしていたラガルティハは、最後の力を振り絞るかのように目を見開く。


「これであなたもこちら側・・・・です」


 ラガルティハは満足げに言い、静かに眠りへつく。

 そしてそれを最後に二度と起きることはなかった。

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