第14話

 フィリコスは剣を掲げ、それを振り下ろす。


「全軍突撃!」


 テガリの町最強と言われているギルド《アーク・パニッシャー》の進撃が始まった。

 しかし、先ほどの一撃で三割ほどを倒している。クイーンも倒したようだし、一安心というところだ。


 ふと、フィリコスが剣を地面に突き刺し、そのまま動いていないことに気付く。

 ガンルバが髭を撫でながら笑った。


「見ろよ。あの堂々とした姿を。ギルドメンバーを信じ、いざというときは自分が動く。あれこそギルドマスターってもんだ」

「……あぁ、そうだな」


 納得したように頷いたが、実のところは違う。

 俺は気付いている。フィリコスの膝が震えていることに。

 強いギフトには大きなデメリットがある。恐らくだが、そのせいでフィリコスは動けないのだろう。


 しかし、わざわざ口に出して言う必要も無い。

 士気を落としたくないし、彼女……違う、彼が状況を変えたのは事実だった。


「オレたちも続くぜ!」

「おう!」


 あれが俺の目指すべき姿なのだろうか? そんなことを考えつつも、ガンルバと共に駆け出した。


 ぬめっとした体を斬る。剣がいいお陰か、ぬめっとした肌にも通るのには助かっていた。

 短めの尻尾といい、ポイズンリザードってトカゲなんだろうか? いや、確かにトカゲだとは思うんだけど……。

 砂を掴んで接近し、目に向けてぶちまける。ポイズンリザードが怯んだ。


「よしきた!」


 そこにガンルバが斧を振り下ろす。頭が真っ二つになり、蠢いた後に崩れ落ちた。


 この短時間で俺とガンルバの連携は良くなっている。追い込まれたからこそ冴え渡るものがある、ということだろうか。

 しかし、そろそろ妹が恋しいし心配だ。マオも大丈夫だろうか? 二人が怪我でもしていたら……。


「……っ!? 全員下がれ!」


 フィリコスが声を上げる。

 だがすぐに動けた人は少ない。そう、俺たちはすでに後始末をしている気持ちで、油断しきっていたのだ。


 毒沼に黒い水柱が上がる。何人かが巻き込まれ、下がって解毒薬を使用しだす。

 姿を現したのは、無傷の・・・クイーンだった。


「死体が浮かび上がって来ないと思ったら、沼の中に逃げ込んでいたみたいですね……!」

「アーク・パニッシャーは高熱を十字に繰り出すギフト。沼が邪魔をしたってことですか」


 フィリコスのギフトについて、《アーク・パニッシャー》のサブマスターが補足する。説明的でよく分かった。

 しかし、問題が解決したわけじゃない。

 ポイズンリザードは数を減らしているが、クイーンは健在。あれを打ち倒さなければ被害が増えていくだろう。


「フィリコス!」


 誰かが言った。


「そうだ、フィリコスがいる!」

「フィリコスなら一撃だ!」

「もう一発頼むぜ!」


 次々と皆が口を開く。

 あの厄介なクイーンをさっさと始末してくれ、と。


「……」


 だが当の本人であるフィリコスは下唇を噛んでいる。まだ万全でないのだろう。でなければ、とっくにクイーンを倒しているはずだ。


「フィーリコス!」

「フィーリコス!」


 しかし、気付いていないのだから声をかける。

 ポイズンリザードと戦い、クイーンの攻撃を防ぎながら、チラチラと誰もがフィリコスを見ていた。


 この状況は良くない。もし答えてしまえば、フィリコスは限界を超える。

 前にココが言っていた。ギフトに目覚めても限界を超えてはならない。デメリットはその身を喰らう、と。

 どういったことが起きるのかは分からないが、良くないことが起きるのは間違いない。


 ――だが、フィリコスは地面に突き刺していた剣を抜き放った。


「任せてください!」

「「「おおおおおおおおおお!」」」


 フィリコスは息を整え、剣を掲げる。マズい、止めないと。

 前に出ようとしたが、体が少し重い。寒気がする。今さら疲れが出たのかもしれない。

 その時だった。


「にいちゃあああああああアアアアアアアアアア!」

「うぎゃっ!」


 背中に恐らく世界一可愛らしい生命体が飛びついた。

 チラリと目を向け、おっと、天使がこんなところに、と笑みを浮かべる。


「ドウしてルーを置イテ行くノ! 駄目ダヨ! ばかバか!」


 少しだけ妙な口調。戦闘で昂っていたのか。……いや、きっと疲れているんだろう。

 休ませてやりたい。

 そんな言葉を飲み込む。ルー以上に頼れる相手はいなかった。


「悪かった、でもそれどころじゃないんだ! 力を貸してくれ!」

「うん、分かった!」


 一切の躊躇いなく、まだどうしてほしいかも言っていないのに、ルーは満面の笑みを見せてくれた。

 頭を一撫でしてやり、クイーンを指差す。


「あいつを倒したい。他の人と協力し戦ってくれ」

「大丈夫だよー」


 あははっ、とルーが笑う。なにが大丈夫なのだろうか? 首を傾げていたのだが、ルーは近くの木を剣でぶった切る。


「え? え?」

「いってくるねー」


 ルーは片手で木を掴み、毒沼に放り投げる。そしてその木を足場にし、クイーンへ向かい走り出した。


「……アーク・パ――っ!? 下がってください!」

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 フィリコスの声をかき消すように叫び、ルーはクイーンへ襲い掛かる。

 そして身の丈よりも大きな剣を振り、一撃で腕を切り落とした。

 だが、先のことを考えていなさすぎる。このままでは毒沼に落ちてしまう。


「危ない!」

「平気だよオオオオオオオオオオ!」


 着地地点まで考えていたのだろう。ルーはポイズンリザードを踏み潰し、もう一度クイーンに斬りかかる。

 見てください! あの身軽で可愛いくて頭がいいの、うちの妹です!

 自慢したい気持ちを押さえるように腕を組む。


 息を荒げながら、心配していたもう一人が現れた。


「マスター! ルーは来たにゃ!?」

「マオか。怪我はないか? いきなり離れて悪かった」

「怪我はないにゃ。心配してくれて――じゃなくて! ルーはどうしたにゃ! 様子がおかしかったにゃ!」

「え? いや、普通にあそこで戦ってるよ?」

「アハハハハハハハハハハハハ!」


 笑い声まで可愛いルーを指差す。マオは目をパチクリとさせていた。


「あ、あれ? ついさっきまでバーサーカーも裸足で逃げ出すような暴れっぷりで、思考能力が落ちていたにゃ。もしかして、クイーンを倒したかった、から?」

「うーん? よく分からないけど、クイーンを倒すのに力を貸してくれって頼んだら、快く引き受けてくれたよ」

「え? え? 会話ができたにゃ? ……さっぱり分からないにゃ!」


 暴れていた。思考能力が落ちていた。会話ができなかった。

 どことなく不安になることを言われたが、そこまでおかしかったとは思えない。

 でもマオが嘘をつく理由もないわけで……。まぁいい、後で考えよう。

 俺はルーを指差す。


「大丈夫、もう終わるよ」

「ガアアアアアアアアアアアアアアア!」


 気合一閃、ルーがクイーンを真っ二つに切り裂く。

 そのまま毒沼に倒れたクイーンは、今度こそ二度と立ち上がることがなかった。



 残るポイズンリザードは《アーク・パニッシャー》の面々が処理をすると言い、俺たちは森の外へ戻って来た。

 今は全員治療をしているところだ。


「あー! ここに傷が!」

「もう治ってるよー」

「そ、そうか。……じゃあこっちは!?」

「こっちも大丈夫だよー」


 ルーの全身を隈なくチェックし、怪我が無いかを調べる。

 だが自己再生能力があるため全て塞がっているようだ。毒のことも心配だったので、最後の一本を飲ませたので大丈夫だろう。


 回復薬は残り僅か。解毒薬は使い切った。激戦だったことがよく分かる。


「マオは大丈夫か? 自分でやるって言っていたけど、今調べるからな。解毒薬も飲んだよな?」

「ちゃんと飲んだにゃー。怪我も平気。……でも、ちゃんとルーだけじゃなくてあたしも心配してくれてたにゃ。ありがとう」

「そんなの当たり前だろ? 俺は――」


 膝を突く。自分でもなぜそうしたのかが分からなかった。

 視界が歪む。指先が冷たく、とても寒い。


「にいちゃ?」


 ぐにゃぐにゃになっているルーが、俺に手を伸ばしている。触れられているようなのだが、どこに触れているかが分からない。


「あ、う……」

「なんか熱いよ? すっごく汗掻いてる」


 熱い? こんなに寒いのに?

 それを伝えたいのに声が出ない。朦朧としており、声もうまく出せない。


「まさか……!? ルー! マスターの体を調べるにゃ!」

「う、うん」


 耳に薄い膜が張られているように、声が曇って聞こえる。

 地面が近く、自分が倒れていることに気付いた。


「これにゃ! 足に小さな傷。服が濡れているし、毒沼に足を突っ込んで、傷口から毒が入り込んだにゃ!」

「ど、どうしよう……」

「落ち着くにゃ! 解毒薬を持っている人を探し――あぁルーはここに残っていいにゃ。マスターに声をかけて、手を握ってあげるにゃ!」

「にいちゃ、にいちゃ」


 ルーが泣いている。なのに、答えたいのに答えられない。

 あれ? 今、俺はどうなってるんだ? ……分からない。


「誰か! 解毒薬が余って――」

「退けマオ。ったく、本当にお前は馬鹿だな。自分の分くらい取っておけ」


 聞き覚えのある声。恐らくハゲてて筋肉ムキムキで悪人面をしていそうだ。

 しかし、安心した。これで俺は助かるという、そんな確信がある。

 口からなにかが流し込まれた。だが飲み込めず、咳き込んだ。


「ゴボッ、ゴホッ」

「……ちっ、しょうがねぇ」

「にいちゃ、やだよ、返事してよぉ」

「ルーも退いてろ。あー、美女だったら良かったのによぉ」


 男は禿頭を撫で、俺に口付けした。流れ込んで来た液体を頑張って飲む。

 いや待て。……口付けした? 意識が一気に目覚め、視界も戻る。

 すぐ目の前に、なぜか目を閉じているココの顔があった。

 

「ふぅ」

「「……」」


 目を見開いたまま固まっている二人。そして何度も口を拭い、うがいまでしているココ。

 毒のせいか、おっさんにキスをされたせいか。

 俺は意識が遠のきかけている中、たった一言だけ告げる。


「は、はじめてだったのに」


 それ以上の力は残ってなく、俺はそのまま気を失った。

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