第13話

 数を減らしながらも俺たちは進む。道中でポイズンリザードに出くわすこともあったが、ルーがいるので問題ない。問題があるとしたら、俺の心中くらいなものだ。めっちゃルーが心配。

 だが、そんなことを言っている状況じゃないことも分かっている。少しでも早く処理し、森を守らなければならなかった。


「次はこっちだ」


 先頭を歩き、道案内をする。薬草さんありがとう。

 しかし、順調に思えたのはここまでだ。

 今日一番大きな毒沼が目の前にあった。


「……ここが本拠地か。全員で当たるしかないな。まぁ他のやつらも直に合流するはずだし、とりあえず、おれっちたちだけで数を減らしますか」


 数は多いが倒せないほどじゃない。

 その意見は全員同じで、戦闘が開始される。


 俺は、というとだ。

 道案内はいいのだが、戦闘では役に立たない。少し離れた場所で眺め、他のポイズンリザードを見かけたら教える、という見張り役だった。


「ルー! 背中は任せるにゃ!」

「グアアアアアアアアアアア」


 返事なのか、叫んだのか。うん、たぶん両方だろう。

 だが年下の女の子二人に戦わせ、見ているだけというのは情けなくもある。参戦したい気持ちもあったが、足を引っ張るだけだ。

 ただ焦燥感を押さえ、自分を納得させるしかなかった。


 見る間に数は減っていくが、なんせ元が多い。まだ時間がかかるな、と周囲の警戒という仕事に精を出していたのだが……悲鳴が聞こえた。


「離れろおおおおおおおおおおおお」


 少し遠くから聞こえた声。

 俺は腰元の剣を握り、走り出した。


「マスター!?」

「様子を見て来る! ルーを頼んだ!」

「ちょ、駄目にゃ! マスター一人じゃ……マスター!」


 マオの制止を無視し、俺は聞こえた声を目指して走った。



 木の根に足を取られながらも進み、その場所へ辿り着く。

 広がっている光景を見て、舌打ちした。


 俺たちが出会った一番大きな毒沼を、四つほど合わせても足りないほどの大きさの毒沼。

 そして圧倒的な数を誇るポイズンリザードたちが、冒険者たちを蹂躙していた。


「くそっ!」


 見ているだけなんて無理だ。剣を抜いて走り出す。

 真ん中に斬り込むことはできないが、多少の手伝いくらいはできる。

 手近に押し倒されている人がおり、圧し掛かっているポイズンリザードへ剣を振った。


 ポイズンリザードが叫び声をあげ、自由になった冒険者が立ち上がって止めを刺す。


「助かったぜ! っと、《フェンリル》のマスターか!」

「ガンルバ! 大丈夫か?」

「あぁ、大丈夫だ。しかし、こいつはしくったな。毒沼はデカかったがポイズンリザードは大した数じゃないと思って切り込んだんだが、沼の中からうようよ出て来やがった」


 予定が狂った、とガンルバは言う。なるほど、沼の中に潜んでいるのか。

 他は大丈夫かと周囲を見回す。……うん、みんなじわじわ下がっているらしく、他に危険な人はいない。


「一度撤退したほうがいい!」

「駄目だ。さっき、《アーク・パニッシャー》に連絡を入れさせた。増援が来るまで持ち堪える。これだけの数がうろつき出したら、他の被害が増えちまう」

「くっ、確かにそうだ。分かった、やるぞ!」

「おう!」


 巨大な斧を振り回すガンルバ。最初会ったときは逃げようとしていたが、その腕前は確かだった。

 だが、仲間たちは分散しているらしく、彼は一人だ。俺はその背を守るよう動く。


「オレが一番強かったからな。いいところ見せようと引き付け過ぎちまった! 助かるぜ!」

「あまり俺に期待するな。ハッキリ言うが弱い」

「謙遜しやがって。温存してんだろ? だが、それでいい。オレたちに必要なのは時間稼ぎだ。……でも、いざってときは頼りにしてるぜ!」


 謙遜もしていないし、温存もしていない。ヒーヒー言いながら戦っているのだが、どうやら信じてもらえていない。

 恐らく、ブレードリザード討伐のせいだ。あれはルーが一人でやったのだが、俺が主力だったと思われている。最初に言っておけばよかった。


 しかし、今さら悠長な説明をしている時間は無い。

 砂を蹴り上げ目潰しに、時には石を投げて怯ませ、剣を振って足止めをする。そこをガンルバが仕留めてくれるため、どうにかなっていた。というか、ほぼガンルバのお陰だ。


「ヒューッ、やるねぇ」


 いっぱいいっぱいなので返答もできない。だが、どうやら役に立っているようだ。

 心臓がバクバク鳴る中、無理に体を動かす。今にも座りたいと思いながらも、俺は戦った。


 ――だが、数が多すぎる。


 倒しても倒しても減った気がしない。そんな状況は精神を擦り減らし、体力もみるみるうちに落ちていく。

 増援は……増援は!?

 後ろに目も向けられない中、ただ救援を待つ。


「くそっ! 動きにくいぜ!」


 確かにこれだけ敵がいては、と思う。だがすぐに違和感を覚えた。

 ピチャリ、と足元で音がしている。

 ポイズンリザードたちの体と霧で見辛くなっているが、その下へ目を凝らす。


「……っ!? ガンルバ下がれ!」

「あぁ? 下がるわけにはいかねぇって――」


 いつの間にか広がっていた毒沼が泡立ったのに気付き、ガンルバを突き飛ばす。同時に、一匹のポイズンリザードが飛び出した。


「あ」


 駄目だ、これは避けられない。

 大きく開かれた咢に向かい左腕を出し、歯を食いしばる。

 噛まれたらポイズンリザードを斬ってから回復。最悪腕を一本失うだけだ。


 ――しかし、痛みが襲って来ることはなかった。


 目の前のポイズンリザードは三枚に下ろされて地に落ちる。

 黒いテンガロンハットを少しだけ持ち上げ、男がニヤリと笑った。


ちょいと・・・・お邪魔しますよ」

「レパ――」

「おっと、申し訳ないがお忍びで動いてましてね。ちょいと名前を言うのは遠慮してもらえますか?」


 口元で指を一本立て、レパードが笑う。なにか事情があるらしい。

 レパードは剣をもう一本抜き、擦り合わせてギャリギャリと音を鳴らした。


「さぁ、狩の時間だ。恩人にちょいと報いさせてもらうぞ、お前たち」


 お前たち? その意味を聞くよりも早く、レパードと同じ黒いコートを着た者たちが、ポイズンリザード目掛け駆け出していた。


 そして、すぐに目を見張ることになる。


 ルーが最強だと、すでに勝てるやつはいないと思っていた。しかし、それは狭い世界しか知らなかったからだと理解する。

 援軍を申し出てくれたレパードとその仲間たちは、草木を伐採するかのようにポイズンリザードを斬り伏せていく。傷一つ負わずに。

 圧倒的な数の差が質で覆される。少数精鋭。そんな言葉が浮かんだ。


 これから仲間たちが集う予定になっているが、その必要すらない。

 薄くなりつつある霧の中、動く黒い影をただ目で追っていた。


「《アーク・パニッシャー》か! オレたちも続くぞ!」


 勘違いしているガンルバが声を上げる。

 いまだ数は負けていたが、冒険者たちは勢いを取り戻していた。


「……ちょいとマズいですね」

「うぉ!? どっから出た!?」


 突然横に立っていたレパードに焦る。


「そんな驚いてないで、あそこを見てくださいよ。どうやらちょいと大物が潜んでいたようです」


 レパードが指差した先は毒沼の中央。目を凝らし見ていると、黒い水柱が上がり、霧が晴れていく。

 ハッキリ目にとれるその姿を見て、思わず身震いした。

 現れたのは他のポイズンリザードより、一回りどころか二回り大きな個体。

 こいつがボスか、と誰が見ても分かった。


「ちょいと数が多すぎるし動きも変だとは思っていたんですが、まさかクイーン・・・・がいるとは」

「クイーン?」


 聞きなれない言葉に聞き返す。


「モンスターの群れには統率するボスがいるんですよ。それがキングとクイーン。大きかったりちょいと特徴的だったりしますし、実力もある。あいつはメスなのでクイーンってわけですね」


 説明を聞きながらも、俺は楽観視していた。なんせこちらにはとても強いレパードとその仲間がいる。クイーンだか何だか知らないが、簡単に片づけてくれるだろう、と。


 しかし、だ。レパードが剣を擦り合わせ、ギャリギャリと音を鳴らす。音に合わせ、黒コートの面々が森の中に消えて行った。


「え?」

「……ちょいと時間を掛け過ぎましたね。なに、大丈夫です。味方が来ていますから。ではこれで」


 横を見ると、すでにレパードはいなかった。突然現れ、突然消える。本当にいたのかと、自分の頬を引っ張ってしまった。

 そして助けてもらったくせに図々しいと思うが……今いなくなられるのは困る。

 レパードは味方が来ている、と言っていたが影も形も――


「聖なる十字よ、悪しきものを浄化せよ! 《アーク・パニッシャー》!!」


 声と同時に、クイーンを中心にして光の柱が空に伸びる。

 十字だったのかは分からない。だが、上から見たら十字だったのだろう。きっとそうだ。


「――お待たせしました」


 凛とした声。颯爽と現れたフィリコスを見て、喝采が上がる。

 だが俺は、「あれってギルド名じゃなくてギフト名というか必殺技だったんだ……」と思っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る