最終話:文学を愛するすべての方へ

ネガさんもマイクに唇をガシガシぶつけながら会場に語りかけた。


「皆さん、俺は小説に命を賭ける人間として、この再建案を支持したい。なぜなら、文学というものに関わることへの志と緻密な戦略の両方を見てとったからだ。皆さんはどうだ!」


いいぞ! という声と拍手の音が大きさを増した。ただ、会場後方の書き手や同人即売会に参加していた人たちが中心で、会場前方のより切実な債権者たちは静観している。


「そして、ここからは俺の案なんだが・・・サナ部長!」

「は、はい!」

「キミが社長に就任してくれないか!?」

「あ、はい。社長ですね・・・え、ええっ!?」


会場が一気にざわめく。

いや、その前にわたしの鼓動がざわめきMAXだ。

ネ、ネガさん? どういうこと?


「もちろんキミはまだ高校生でしかも受験生だ。会社経営に時間とエネルギーを割くことが難しいのは分かっている。だが、キミの志す道は文学なんだろう?」

「は、はい。もちろんです!」

「なら、そのまま飛び込むんだ! ケラ高校文芸部員たちよ!」

「は、はいっ!」

「もしキミ達もサナ部長と同じ志ならばどうか可能な範囲で文学に浸ってくれないか? サナ部長・・いや、社長をサポートしてくれないか。そういう清涼な出版社ならば、俺は死ぬ気で書く! 死ぬ気で後世に残る大作を書き上げてみせる!」

「ちょっと待て!」


立ち上がったのはダウンヒルのNo.2、月刊誌編集長の久我さんだ。


「僕ら社員の不甲斐ない経営のせいで皆さんにご迷惑をおかけしたことは本当に申し訳なかった。だが、僕らだって文学に対する愛情は負けないつもりだ。今一度この再建案を元に、現社長に代わる僕らにやらせてもらえないだろうか」

「編集長、あなたたちが間違ってたわけじゃない。今の社長だって文学への愛情深く、だからこそ真剣に酷評もしてなんとか文学の危機を救おうとしてたんだ」


ネガさんの口調が静かなものに変わる。


「この再建案も斬新だ。うまく行くと思う。だが、どうせやるならダウンヒルだけの再建じゃなく、文学界全体の再建をしちゃどうだい? そのためには青春期にある文学の当事者たち、すなわち高校の文芸部員たちを中心に据えるべきだ。債権者のみなさん、そうじゃないとどのみち文学の未来はないだろう?」


会場の空気の流れが柔らかになった。


エレナさんが谷くんからバトンを受け、債権者に語りかける。


「では、わたしから各債権者の皆さんに対する配当案を提示いたします」


エレナさんが整然と説明を進める。


「・・・・・配当案は以上です。異議のある債権者様は期日までにわたしにお申し出ください。大きな変動がなければ調整は個別協議とし、基本的にはこの配当案で再建の手続きを進めさせていただきます。」


そこで一旦エレナさんは区切り、姿勢を正してもう一つの議案について説明を始めた。


「さて、本日は議事の中で新社長についての重大なご提案がありました。経緯は先程の通りです。極めて異例なことではありますが、ここで議決をとらせていただきます」


今やるのかー? という声も聞こえたが、エレナさんが制した。


「はい。ダウンヒルの状況は非常に厳しく再建はスピードが求められます。すぐさま実行に移れるよう、今決めさせてください」


そう言って深々と頭を下げる。上げた頭で、


「では、決を取ります。サナ部長の新社長就任に賛同の方、ご起立願います」


ガタガタガタッ!


会場の椅子という椅子が一斉に動いた。


まさか。


「全会一致で議決されました。サナ部長!」

「はい・・・」

「全員賛成とは予想外でした。ですが言い換えれば皆さんの強い危機意識と大きな期待が込められていると思います。新社長、お受けいただけますか?」


わたしは一息吸い込んだ。


「はいっ!」


おおおー! と、わたしの声に応えるようなどよめきが会場から沸き起こる。エレナさんが締める。


「では本日よりサナ新社長の下、迅速誠実に再建案を実行することをお約束します。皆さま、ありがとうございました!」


ネガさんが歩み寄ってきてわたしに握手を求めた。


「サナ社長、約束通り俺の小説、高く買ってもらうよ!」

「傑作ならば!」


わたしも笑顔で彼の手を強く握りしめた。勝気そうな顔と違い、柔らかく滑らかな感触だった。


「エレナ、おめでとう」

「ユズル、ありがとう」


ユズル部長とエレナさんがハグしている。あーあ。

まあ、いっか・・・あれ?


「エレナ、おめでとう」

「タイチ、ありがとう。大好きよ」

「エレナ、おめでとう」

「シンジ、ありがとう。愛してるわ」


エレナさんと寮の男子の先輩方全員がファーストネームで呼び合い、ハグしあっている。しかも愛してる、とか言いながら。


さすがのわたしも我慢できなくなった。


「ちょ・・・エレナさん。いくらなんでも自由すぎませんか?」

「え? なんのこと?」

「だって、男の人と、その・・・」

「? ああ、ハグのこと?」

「はい・・・」

「わたしアメリカでもフレンドリーな学校にいたからさー。寮長のわたしの方針で、寮内は男女でも挨拶に軽くハグして仲良くしようって決めたのよ。ファーストネーム呼び捨てもね」

「でも、愛してる、って・・・」

「親愛の情を表現してるのよ。他意はないわ」

「じゃ、じゃあユズル部長とは・・・」

「みんなと同じ。大事な友達よ」


ええ?


なんだなんだなんだ。

なんなんだ一体!


・・・・・・・・・・


「ユズくん、ユズちゃん、スカノちゃん、原稿やイラストの上がり具合は?」

「A県立カサク高校文芸部は締め切りギリギリ間に合いました!」

「私立アクタガワッポイ高校、催促中です!」

「B県立ナオキモドキ高校、全滅!」

「全滅ってなによ。語彙の意味がわかんない」


受験生であるわたしたちは思うように時間が取れないのでダウンヒルの仕事に1年生の子たちをコキ使いまくった。


でも、その方がよりイキのいい感性で進められるはず。


再建案どおり、全国の高校文芸部をサークル単位にして、毎号誌面に小説やイラストや漫画をぶち込んだ。SNSでの展開ももちろん並行しているけれども、ずっしりした同人誌のような実態感にこだわった。そして毎号の定期購読を各高校に売り込んだ。


部室でAO入試用の小論文を書きながら三年生でぺちゃぺちゃと雑談していた。


「でも、ほんとに売れるのかなあ」

「あ。谷くん。また守りに入ってるよ。債権者集会のプレゼンではあんなにイカしてたのに」

「だってさ、はっきり言って普通の高校生が書いたもののごった煮だよ。お金出してまで買ってもらえるかなあ」


わたしは力説する。


「それは全国の文芸部のみんなの本気度次第よ。中二病のごとき思い込みのような真正面の本気。それでできる限り生々しいわたしらの感性で掘り起こして掘り起こして掘り起こしまくるのよ」

「中二病って、高校生なのに?」

「高校生だろうがおじさんだろうがおばさんだろうが老人だろうが、中二病でもなんでも本気ならいいのよっ!」


そう。


わたしは文学みたいに破壊力のあるメディアをほかに知らない。


だって、色も匂いも固定したイメージも無く、この文字列をそのまんまあなたの心に撃ち込めるんだから!



・・・・・・・・・・・・・・FIN







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”ユズル”という名前の意味を、わたしはしってる naka-motoo @naka-motoo

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