101-110


101


私は名前を知らないある人間と、数年に一度、数十秒ずつ、会っては別れる夢を重ねている。市場の老鳥打が、私の顔を見てそれを見抜く。それが約束だ、無数の生物が無数の約束を守ることで、天の網はほつれず私達を覆うのだと鳥打が言う。鳥打の背縄、結わえられた鳥が、首を落とされるのを待っている。



102


淫蕩な人間と淫蕩な人間がある時間絡み合い睦み合い、にゅくにゅくとした肉の植物となって床の上に蔓延り開花し種を蒔き、また開花しては種を蒔き、二人の手足は蔦のように伸びて部屋の四隅を埋め尽くし、密林の茂みの中で互いの身体が無限に拡張されていくことを知って震えながら確かめあった。



103


誰にも見つからない場所で先祖を飼っている。先祖の体長は20號ほど、鱗は黒く尾は膨れ、とてもおとなしい性格で、私を見るときゃらきゃら鳴いて、よたよたよたと寄ってくる。日傘をさしてやると笑う。私達の先祖なのだ、いずれ博物館にでも連れてゆき、皆で共有するべきだが、それもなんだか忍びない。



104


谷向こうの遊園地の歓声が、この団地にまで響いてくる。丘の端に建つ築四十年、三号棟五〇八室のベランダで、私は布団を干している。昼下がり、すこし冷たい風に乗り、明るい声の届く日の方が、かえって静かなのはなぜだろう。ジェットコースターの遠い轟音が、今年の秋の、澄んだ空気を今日も鳴らす。



105


溯上するヒトビトを追って今年もウロゴラが総連を組み、ヒト色の紅を纏ったウロゴが花波に鰭肌を晒す。単体のヒトをヒトと、複数のヒトをヒトビトと称し、ヒトビトの遡上はこの地方のウロゴの風物詩で、ウロゴラは跳ねるヒトビトを眺めてそぞろゆき、地の恵みに感謝して、めいっぱいに春を謳歌する。



106


春になると、海は、泡立つので、人が、おおぜいやってきて、泡立つのを見て、白いねえ、白いねえ、と言い、くねくねと、肌着になって、波間を歩き、泡の中で、つがいを見つけ、つがいは、海からあがり、濡れた足で、浜を抜け、牛乳粥を啜って、あたたまる。人が、海に行くのは、生涯に一度きりである。



107


明日には廃棄される花々を哀れんで花屋の子どもは花と寝る。奇癖に気づいた花屋が毎夜子どもの枕元に立つ。夥しい数の花瓶を、片付けながらそっと言う。花の中で眠るのおよしよ、死んでるみたいよ。子どもは夢遠く、答えない。寝返りをうつまるい背中、萎れかけた花々の束に、花屋は何かを後悔する。



108


別の星で生まれた私は砂でできた体をしていた。砂の体は足下の砂丘とつながっていて、常に流動し循環し入れ替わっていた。私たちの役目は、星を歩き、砂丘を巡って、地表の砂を混ぜ合わせることだった。私たちはいつも乾いた裸で、遠くに人影を見つけては手を振った。そんなふうに人を愛していた。



109


いかなる漁村にも夢見が居り、夢見は明日を愛し夢見ることを定められている、そのため夢見は男を、女を、海を魚を、愛したが、今日舟に乗れば明日帰らないはずの男らが漁に出るのを止められず、今日縄を綯えば明日首を括るはずの女らが投網を編むのを止められない、自身の夢見を止められないように。



110


わたしたちは歩いていた。ある時殺人が起こり、わたしたちから四人が減った。死んだ者一人、殺した者一人、探偵一人、助手一人。それらが減って崩れた箇所にわたしたちは別の者を充て、元のとおりのわたしたちとなってまた同じように歩きだした。殺した者と探偵と助手が並んで、わたしたちを見送った。

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