Ideal reality

 理想と現実のギャップに戸惑ったこと、誰しも一度は経験があるのではないかと思う。


 結婚生活とか、そういう重い感じのではなしにしても、実際に体験してみると、「あれ、なんか思ってたのと違うな」と感じるようなことは、日常でも多々あるのではないだろうか。


 そうは言っても、このエッセイのタイトルは『もふ日記』であるので、あまり真面目な話をするつもりはない。

 例えば、クマだ。

 クマさんである。


 私が思うに、これほどキャラクタとしての魅力とリアルな実態との差異が大きい生き物もないのではなかろうか。

 デフォルメされたクマのイラストというのは、成る程かわいい。

 もふもふだ。

 ではそういったイラストや絵本でしかクマという生き物を知らない子供に、いきなり檻の中のヒグマを見せて、芳しい反応が得られるものであろうか。


 断言してもいいが、絶対に否だ。

 普通に猛獣だ。

 私は以前、動物園のクマを見てギャン泣きしている幼児を見たことがあるが、宜なるかなといったところであろう。


 そこへいくと、パンダはすごい。

 シルエットはクマと同じなはずなのに、デフォルメされた姿と現実の姿に殆んど差異がない。

 元々キャラクタのような外見をしているのだから当然である。

 コアラやアライグマもこの部類に入るであろう。


 では本題。


 逆に、デフォルメされたキャラクタが実物に劣る例はあるだろうか。

 可愛く描いた動物のイラストが、可愛さで実物に劣るということが?


 私は知っている。

 あるのだ、そんな例が。


 それが、ミニチュアシュナウザーというイヌなのである。


 ところで、私の職場には、パートのおばちゃんが一人いる。

 ここではHさんとしよう。

 可愛らしさと大人の色気を併せ持った素敵な女性で、自他共に認めるイヌ好きである。

 以前新人の女性社員がうっかり「Hさんのイヌは……」と口にした途端、「イヌって言わないで。○○ちゃんて言って。ちゃんと名前があるんだから」と怒られていた。


 そんな彼女が飼っているイヌが、正にミニチュアシュナウザー(以下シュナとする)なのである。


 彼女のSNSはほぼ大半がシュナの写真であるし、彼女と一日職場を共にしてシュナの話題が出ない日はまずない。

 ある休日に初めてそのシュナに会わせてもらった時も、正直初めましてという感覚は全くなかった。

 先日美容室に行ったばかりで短く揃えられた毛並みも、ちょっとだけ他より毛足が長い足先も、くりっくりの黒目と長い睫毛も、千切れるんじゃないかというほど激しく振られる尻尾も、全て私が彼女から聞き、見せてもらった写真や動画そのままであった。


 ああ、やっぱりイヌもいいな。

 尊い。


 さて、私は日頃彼女にお世話になっていることもあって、彼女の誕生日には毎度何がしかの贈り物をするのであるが、当然それはイヌグッズから選ぶことになる(因みにある年の私の誕生日には、彼女から何故か下着が贈られた)。

 しかし、雑貨屋に行って諸々のイヌグッズを探してみても、今一ピンとくるものがないのだ。

 大体の場合イヌグッズのコーナーには同じシリーズでいくつかの犬種が並んでいることが多い。柴やらパグやらレトリーバーやら、色々とある中にシュナも置いてあるのだが、これがどうにも可愛くない。


 シュナというイヌは、イラストにすると途端に可愛くなくなるのである。

 あ、これ上手いな、と思う絵はどちらかとキリっとした表情だし、可愛く描こうという意図を感じる絵は、口元の髭のせいでどうにもアンバランスだ。

 ぬいぐるみなどは最早サンタクロースのような風体である。


 いや、これはこれでまあ可愛いのだ。

 恐らく、私がHさんのシュナを見知っていなければ、シュナというイヌはこういうものなんだと合点して、迷いなく購入できたのだろう。

 しかし、一度実物の可愛いシュナを見てしまうと……。


 このイラストを見て、Hさんは満足してくれるだろうか。

 ひょっとして機嫌を損ねたりしないだろうか。

 ううむ。


 悩み抜いた私は、結局、中でもまあこれなら、というイラストが描かれたティーバッグをチョイスして、気の利いた感じの茶菓子と一緒に恐る恐るプレゼントした。

 その時に「でも、〇〇ちゃんの方が可愛いですよね」などと言い訳じみた台詞を口にしたところ、ちょっと困ったような表情と共に、「そうなの。シュナはね、そうなのよ」という言葉が返ってきた。


 どうやら彼女にとっては、とっくに通過した命題であったらしい。

 まあ、そりゃそうか。


 どなたか、リアルに寄せない、デフォルメされたミニチュアシュナウザーの可愛いイラストやぬいぐるみなどのグッズをご存知の方がいらっしゃれば、是非教えて頂きたい。


 ……ちなみに、世の中には髭犬祭というものが存在するらしい。

 当然Hさんは毎年参加しているそうである。

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