1-6)本文を用いた話運びや言葉選びについて

 では実際に書いた文章を用いて、なにを考えて書いているのかお話しします。

 テキストは「探偵山田太郎と横須賀一の物語「はじまり」」です。こちらは第一話ではなく序章としての短い話となっています。


 まず書き始める前に何を書くか、ですが、横須賀は正直その性格からも望みからもかけ離れた探偵事務所に勤務する理由が見つけにくいキャラクターでもあります。なので、まずはそのきっかけを説明しようと思ったのが序でした。


 さて探偵事務所勤務ですが、横須賀から言うわけがないですし、山田が横須賀に価値があると見いだしたことを説明するため、山田から話しかけようと言うことを決めました。また、横須賀は就職が叶わずフリーターとして本屋でアルバイトをしているため、山田がはじめて横須賀を見かけたのは本屋としましょう。といっても本屋で突然勧誘にまではいたらないと思うので、横須賀の能力を考えて図書館で再会させます。

 横須賀はアルバイトではなく会社勤めを望んでいるので、履歴書を書くために図書館にいる、として、山田は捜し物をしに図書館、とします。ここで山田の捜し物を見つけることで一目置いてもらおうという案配です。


 まずは山田に声をかけさせます。記録者横須賀一の物語なので、視点は横須賀です。というか、山田の謎を謎とするためにも横須賀視点の必要があるんですよね。横須賀の視点は、読者に謎と答えを明示するためにあるとも言います。


-----本文-----

「お、店員さん」

 降りかかった声に、横須賀は顔を上げた。左手側から横須賀の手元をのぞき込む人物を見、やや考えて——先日本を探しに訪れた客だ、と思い至る。小柄な体に大きなサングラス、サングラスの上に見えるのは少し眉尻があがった特徴的なりりしい眉と、きっちりと撫でつけられたオールバック。たった一度の来店だったが、それらが特徴的だったので、おそらく間違いではないだろう。

-----本文-----


 以上の文章で、①山田が話しかける、②横須賀からみた山田の姿 を描写しています。

 「机の端から」や、「隣」ではなく「左手側」としたのは、視線が横須賀のものであるという示唆、及び横須賀が細かく見ているという示唆の二つを含んでいます。また、「人物」と書いたのは性別を隠したまま進める為ですわかりやすいね。

 「小柄な体に~撫でつけられたオールバック」はそのまま山田の描写ですが、ここでサングラスが大きい=顔が小さい示唆、「少し眉尻があがった特徴的なりりしい眉」で眉を描いているのかもしれない=顔を作っているかもしれない示唆、「きっちりと撫でつけられたオールバック」によって、特徴的な外見をその人が好んで作り出している示唆をしておきます。これらは伝わらなくて問題なく、というよりあまり伝わらないといいなあと思いながら示唆しています。伝わるとばれる。

 「たった一度の来店だったが~」の文章では、この外見が相手に自身の外見を特徴づけるために作られたものかもしれないと考える説を出しています。ミスリードのようですが、この外見さえ特徴づければ山田は五月という過去を思い起こさせることがないので、実際これは山田の狙いの一つでもあるわけです。横須賀はそれをこの段階で感じ取っています、という明示ですね。


-----本文-----

「こんにちは」

 ここは図書館内だ。そのため横須賀は周りに迷惑がかかっていないかきょろきょろと見渡した後、声量を落としてとりあえずという体で挨拶をした。サングラスの人物は、相も変わらず横から見下ろすようにして横須賀を眺めている。

 そしてその手元には、本が三冊と、メモ帳一枚。

「捜し物ですか」

-----本文-----


 ここでは山田が挨拶をしていないのに横須賀は挨拶をするという几帳面さ、山田はそれに返さないというキャラクター性の描写をしています。


 周りを気遣いきょろきょろとする横須賀と違い、話しかけた山田は横須賀を眺めています。横から見下ろすように、なので暗に横須賀の書いていた履歴書も見ているわけですが、サングラスで視線も分からないためこれについては明示していません。

 「手元には~一枚」でわざわざ冊数と枚数を明示することにより、横須賀が本を気にかけること、細かいことを見る性格であるという示唆をします。このあと話しかけるのは横須賀の性格ですね。もしかすると役に立てるかもしれない、という淡い期待。この部分だけが、横須賀が他人になにか言えること、でもあるわけです。


-----本文-----

「あー、おう。司書に聞いたんだがあるはずって言った後見つからねーんだ。変なとこに紛れてるだろうからしばらく待ってくれって言われてな。めんどくせーから別のとこで探そうかと」

「何の本でしょうか」

 サングラスの人物の言葉に、生気のない横須賀の瞳がほんの少しだけ好奇心で煌めく。それを見返すサングラスの奥は、横須賀から見えないもののほんの少し目を見張っていた。そして、横須賀にはよく見える口角をつり上げる。

-----本文-----


 横須賀が本を探す、ということに好奇心を持っている、好意的な感情をもっていることを示す文章です。横須賀の外見描写をしていないので、既に横須賀一の話で横須賀自身が描かれているとはいえ一応ここに「生気のない横須賀の瞳」という対比も混ぜて横須賀の外見についてもさらりと混ぜます。主軸が横須賀の視線なのであまり文章続けられませんね。

 あくまでここでは、山田について描写をしたいと考えているのでこの段落ではこれだけです。そして横須賀にとって見えない「目を見張」るという表現で、山田が少しその横須賀のきらめきに注目したことを示します。これは面白いや好奇心、好意、不思議と言った感情までは明示しません。ただ山田がなにか反応をしたことを読者に伝えることが目的です。書き手としては面白いだとか不思議、好感とかだったりして、山田が横須賀を死んだ目が普通なように思っていること、自身の好奇心とかを持たない印象であることを考えていますが、ここは別にどうとられてもいいかな、と思ってますね。何故かというとこの段階でわからなくていいことだからです。

 ただ、口角をつり上げる、というのは横須賀から見えているので明示する必要があります。これによってなにかたくらんでいるように見えたらいいな、とこの一文だけは一応意図というか願いみたいなものがありますね。


-----本文-----

「変な伝承の本さ。民話のコーナー無し、地域のコーナーにも無し」

 本をすべて右手で抱え直し、左手でメモを横須賀に見せる。抱え直された本の背表紙とメモを見比べ、ややあって横須賀は立ち上がった。

 机に広げていた紙を鞄に仕舞い、二冊の本は重ねて席の隅に置く。

-----本文-----


 通常なら司書の方が見つける物なので、規定の場所になかったという話にしています。これを横須賀が見つけることでかかわっていく感じですね。


 山田の利き手は右手なので、重い物は持ちやすい方で、ということと、もう一つ、あまり見せる気がないという意味もあって本を右手で抱えさせます。利き手でない左手はどうでもいい、または横須賀に任せる、といった意味を示すためにメモだけを見せています。

 通常本を片手で持つのに表紙を隠すように持てば背表紙は見えると思うので、横須賀は背表紙を見ています。これは山田がどういった本を探しているか横須賀が観察したことになります。それと、相手の物であるメモは覗かせてもらうだけで、手にしない横須賀の性格ですね。わざわざ左手はメモだけを持つようにしたのに、横須賀はそれでもメモを受け取らず相手の物としているわけです。横須賀の気の弱さというか、相手に関わりきらないスタンスを示しています。

 また、紙を鞄にしまい本を重ねて席の隅に置く、という表現は横須賀の几帳面さを表すためにわざと細かく書いています。


-----本文-----

「その本なら、宗教のコーナーかもしれませんね。ご案内いたします」

「ほう」

 鞄を持って、するすると本棚の隙間を歩く。コーナー自体は分かっているが、横須賀の目的のコーナーに行く前に何度か動く視線と、コーナーにたどり着いてもするすると進む歩みはサングラスの人物とも見つけられなかった司書のものとも違う。

 横須賀が立ち止まり、指で本の背表紙をなぞるように手を動かす。そうしてから、一番上の本棚から一冊の本を抜き取った。

-----本文-----


 ここはそのまま横須賀が場所を知っていること、及び図書館という場所に馴染んで動くことが自然であることの描写ですね。また「人物」という言葉を再度だしてます。性別でなく人物。この人物表記が浮かないようにしたいんですがどうにも浮きがちで難しいなあという中の人のぼやきはおいといて、まあそういう意図です。


 「指で本の背をなぞるように」というのは確認を示していますが、指でなぞるってなんとなくこう、愛しそうな気がしませんかね。個人的になんだか愛情を感じられるのでそういう表現にしました。すぐ手にするよりも、ワンクッション動作挟んだ方が特別っぽくて。


-----本文-----

「こちらでよろしいでしょうか」

「おう。すげーな店員さん」

「以前見かけて、コードが違うな、って思ってたんです。タイトルまでちゃんと覚えてませんでしたが……その時は本を抱えてたのでそのまま通り過ぎてしまったんですけど、きちんと司書の方にお伝えすべきでしたね。申し訳ありません」

 深々、と横須賀が頭を下げると、失笑が返った。顔を上げた横須賀は不思議そうに首を傾げ、しかし笑っている、という事実にへらりと笑う。

-----本文-----


 横須賀の几帳面さと気の弱さですね。そこ謝るポイントじゃないだろお前、って感じなので山田が笑ってます。失笑という言葉は思わず笑い出す、吹き出すという意味ですが、失笑を買うについての辞書での表記が愚かな言動のために人から笑われるとあるように、あまりいい意味にはとれない気がするので失笑という言葉を選びました。笑い出すのに笑いを失うって文字面白いですよね。

 馬鹿にした感じを出すために選んだ言葉ですが、横須賀は馬鹿にされていても気にしません。不思議そうに首を傾げた割にその意味を考えるよりも笑っている事実だけに笑い返しています。へらり、は間の抜けた気の抜けた様子を示していますね。自分が笑われることを特に気にもせず、相手が不愉快でなさそうであることに安堵する自己肯定感の低さを書いているつもりです。


-----本文-----

「いやなに、助かった。……店員さん、さっき書いてたのは履歴書だろ?」

「あ、はい」

「俺のトコにこねえか?」

「はい?」

-----本文-----


 短い会話の交差で地の文がありません。これはその話話によって違うですが、今回の話に限っては会話のテンポが一番の理由ですね。それまでは考える、相手に説明するなどといった形で、会話が続いても三回くらいで、また会話文章も長いものだったと思います。ここで短い区切りの会話を四回連続地の文を挟まず使うことにより、話題の急変、及び山田が相手の返事を気にしていないという描写を意図しています。多分。

 また横須賀にとって話題が急に変わって驚いた、という感覚を示すための意味でもあります。かつ、物語のわかりやすい転でもありますね。


-----本文-----

 きょとり、と横須賀が瞬く。目の前の人物は愉快げだ。上から見てもサングラスはまるでゴーグルのように顔を覆っていて、なんとか見えかけた隙間の奥は暗くて分からない。ぱちり、ぱちり、と理解できず横須賀はただ見返している。

-----本文-----


 会話のテンポから一点、ゆっくりとした横須賀の所作。また、サングラスについての描写で、このサングラスは目が透けて見えることないくらいかっちり覆い隠しています、横須賀はこの人の素顔をどうあがいても見ること出来ません。横須賀以外もおそらく同じで、サングラスを奪わない限り見えませんよ、という明示をしています。

 「ぱちり、ぱちり」と同じ擬音を繰り返すこと、冒頭の「きょとり」という音と同じようなリズムをイメージして、ここの横須賀の緩慢さ、逆に山田の性急さがでるといいなーと思いますがまあリズムがよければいいんです(暴論)。


-----本文-----

 サングラスの人物が本を横須賀に差しだし、横須賀が反射で受け取る。そして礼も言わずに自身の胸ポケットから名刺を取り出し、横須賀のズボンの尻ポケットに無理矢理ねじ込んだ。

-----本文-----


 山田はひどいやつだよ。


 なにも言わずに本を渡すことで山田の使う側としての描写をしています。礼を言わないのも使うのが当然って感じだからですね。ズボンの尻ポケットってあたりは山田と横須賀の身長差から楽なほうに、ってのと、後でやらせる叩くという動作をしやすいからです。また、正面でなく後ろということで、拒否させない有無をいわさない感じがあるような気がするので。見えないとこに勝手にって中々ですよね。


-----本文-----

「明日十九時、履歴書はさっき書いてたのそのままでいい。判子も持ってこいよ」

「へ、え、え?」

「まってんぜ店員さん」

 名刺をねじ込んだ後、パチンとポケットを叩く。びくりと強ばった横須賀に愉快そうに目を細め、さきほど渡した本を奪い返すようにしてひっつかんだ。

「じゃあ、明日な」

 サングラスの人物はそれだけ言うと上機嫌で立ち去り、横須賀はひどく困惑したようにねじ込まれた名刺を取り出す。しわの寄った名刺を丁寧にのばせば、探偵、という文字がある。

「探偵、山田太郎……?」

 それが横須賀と山田のはじまり、だった。

-----本文-----


 横須賀がわかってない、という描写と、聞く気のない山田ですね。「十九時」と明示することで、おそらく山田は横須賀のバイト先の勤務時間などを把握している可能性を示しています。が、それ以上に示したいのはこの人十九時にいるんですよね、事務所に。当然の顔して。


 十九時じゃ普通の勤務時間じゃ、とか思われるかもしれませんが、このあとの第一話で朝早くからいることを示すので、事務所にずっといるんじゃっていう暗示ですね。第一話内で事務所に住んでいると描写もしますが、基本仕事以外していないんじゃないかなって感じのアレです。

 態度的にどうあがいても仕事人間には見えないだろうのでそういうところでこっそり仕込んでおきます。


 叩かれて強ばる横須賀を愉快そうに見ることで暴力的なことに躊躇いのない人に見えたらいいな、って思いつつ、ポケットなので殴るではなく叩く、ということを大事にしたいと思っています。実際は暴力と言うより横須賀の反応に愉快そうにしただけなんですね。もしかすると楽しみなのかもしれません山田さん。と内心ではほのぼのしながらここ描写してます。まあ横須賀はびっくりしてますが。

 本を奪い返すようにしてひっつかんだ、とありますがこれも山田の横暴さですね。多分こいつ図書カードないんでこれからコピーしにいくんですけど、横須賀が名刺見ちゃってるので描写しようがありません。困った。横暴な人間の勝手な言い分なのに名刺の皺を丁寧にのばすあたりに横須賀の性格があると思ってます。

 そしてようやくサングラスの人物の名前が判明しましたひゃっはー! これで浮いた表現である人物を使わなくてよくなります助かった!! ちなみに書きながら何度かうっかり男性とか書いてあとで消すとかやってました。女の子! って思いつつも、外見が男性だと男性表記しちゃうんですよねえ反省……最初男にしようか女にしようか随分悩んだのも理由の一つです。気をつけよう。気をつけます。

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