崩れる日常

 ふと、唐突に寄り道をしたくなった。「変わらない日常」にもスパイスは欠かせないだろう。そんな考えから、いつもはまっすぐに歩き帰る道を、今日は右に曲がってみた。


 景色が大きく変わるわけではない。何か面白いことが起きるわけでもない。だが、いつもとは違う。そんな「日常の延長」のようなものに、僕はなにげにわくわくしていた。

 

 良い気分転換にもなる。そんなふうにどんどん知らない道へ、どんどんスパイスを求めて歩き回ってしまった。


 ふと気づいた。


 迷ったわけではない。別に何も困ることはない。だが、僕にはとても重大なことだった。そう、「日常の延長」が僕には「非日常」になっていたのだ。


 常に「日常」を好む僕が、好奇心のあまりいつもとは違うもの、「非日常」を歩んでしまった。誰かに言っても理解してもらえないような、そんな僕の問題だ。


 僕は「非日常」の楽しさに触れてしまった。しかし、「日常」の安心感にも浸っていたい。そんな考えがぐるぐると僕の頭を駆け巡る。


 喪失感に似た思いを抱えながら、見慣れた交差点につく。ここは色々な人の通学路のためか、同じ学校の生徒や、違う学校の制服もちらほらと見受けられた。


 もやもやとした感情をもちながら、信号の色が変わるのを待つ。全く、なんで今日に限ってこんなに好奇心旺盛になってしまったのだろうか……。


「……ちょっと下がって。」


 いきなり後ろから小さな、女の人の声が聞こえた。何かの邪魔になってしまっていたのだろうと思い、素直に後ろへ二歩ほど下がる。


 直後、目の前がブラックアウトした。いや、正確には目の前を大きなトラックが通り過ぎたのだ。理解が追いつかぬ間に、複数の断末魔が響き渡る。


 生温かい感覚があった。その感覚のする部分をおそるおそる見下ろす。


 赤黒い、そして温かな液体が僕の体を染め上げていた。そこで僕は一瞬にして理解をする。理解をしたと同時か速いくらいか、ぼくは叫び声を上げていた。


 さっきまで隣に居た女子高生、サラリーマン、小さな子を連れたお母さん。皆、トラックに引きずられ、血をまき散らし、ばらばらに。


「あ、あぁあ……。」


 叫び声もでなくなるほどに、状況を理解しきったとき。僕は膝から崩れ落ちた。僕はなぜ、助かったのか。ふとそれが頭によぎった。


 そう、女の声だ。じゃあその女の人は? 後ろを振り返ってみる。誰もいない。気のせいだった? そんなはずはない。細い声だったが、確かに、後ろから声をかけられたはずだ。


 力が入らない体が、ガクンと動く。揺さぶられているようだ。おそらく救急車がついたのだろう。うっすらとそんな音が聞こえる。すでにショックによってか、音は遠く、声は出ず、ほぼ無心になっていた。


 この状態で考えていたことと言えば……。


 ――あの声は何だったのか……。――

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