試し読み 第2話

「ジークフリード様、ギルバルド様がお呼びです。至急、地下204号室までお願いします」


 翌日の早朝、看守が自室の扉を乱暴に叩く音で、俺は叩き起こされた。


「……どうした。何かあったのか」

「いや、それは私にも……ただ、ギルバルド様は急用ですと伝えてくれと……」


 看守は敬礼し、走り去った。

 一体、なんだというのだろう。いや……昨日の賊の件で、何か分かったのか。

 あの後、戴冠式は勿論中止になった。式は中断され、王宮とレイアの身辺に対する警備レベルは、極限まで高められた。


 国王の暗殺未遂事件の後だ。それは当然だろう。

 ギルバルドは詳しい犯行動機を賊に尋問すると言っていた。


『確保されたのは顔を焼かれた細身の男で、言動が支離滅裂なため、様子を見てから尋問を開始します……何か分かり次第、ジークフリード様にお伝えします。今日は自室でお休みください』


 この時間に奴から呼び出しがあったということは、賊から何か重要な証言を得たのだろう。

 国王の暗殺だ。賊が一人で行ったとは考え辛い。組織ぐるみである可能性が高い。

 レイアの身辺は、聖女に忠誠心を保証された王宮の騎士団が厳戒態勢で警備をしているので、心配ないだろうが……。

 俺は早歩きで、地下室への階段を下りた。



「どうしたギルバルド、何か分かったのか」

 冷ややかな空気が流れる地下204号室。向かい合う、俺たち二人。

 地下室は石造りで、岩肌が露出しており、空気が湿っぽい。スペースは比較的広く、最大三十人ほど収容出来る造りになっている。

「朝早くからお呼び立てしてしまい申し訳ありません、ジークフリード様」

「いや、気にするな。それより呼び出した理由を教えてくれ」

 ギルバルドは口元に手を当てて、本題に入る前に少し昔話をしましょう、と前置きをした。


「二十年前に終結した百年戦争の余波で、未だに世界は混乱しています。……戦争によって貧困、格差、差別が増幅し、数多の国で革命が起こりました。国王は怒り狂った民によって磔にされ、新政府が乱立……勿論戦勝国であり、あなたがいたエメリアはこの限りではありませんが――」


「……今その話は必要か、早く本題に入れ」

 苛立ち混じりに語気を強めると、ギルバルドは氷のような冷たさで口元だけをにやりと持ち上げた。

「申し訳ありません、ジークフリード様――最後に、手向けのつもりだったんですがね……結末がどうであれ、あなたが残した功績は本物です。エメリアが今平和を保っているのも、全てあなたがいればこそ」

 ギルバルドは冷たい表情を崩さぬまま、静かに笑った。


なんだ、何が始まる。



「――単刀直入に言わせていただきます。あなたには、レイア様暗殺を企てた疑いがかかっています」



 薄ら寒い笑みを浮かべたまま、ギルバルドは確かにそう言った。完全に虚を衝かれた俺は、そのままギルバルドをじっと見つめる。


「……俺に国王暗殺の疑いとは、どういうことか説明して貰おうか」

 国王暗殺を企てた容疑。全く身に覚えのない罪状だった。

 なるほど……手向けとは、そういうことか。


「……実はですね、昨日私が捕らえた賊……どうやら、操り人形であったようなのです」

「操り人形?」

「そうです。操り人形……つまり、何者かによって、操られていた可能性が高いのです……それも、特別高ランクの魔法使いに」

「……なるほど」

 

昨日見た呪印は、特A ランクの魔法陣だった。

 魔法によって人を操る場合、使役される側の人間にも魔法を使用させることが出来る。例えば傀儡くぐつの術を使用することで、本来は魔法を使えない相手に、魔法を使用させることが出来る。


 だが、これにはある程度の制約がある。

 まず一つ。この術を使うには、長時間の大掛かりな儀式によって、使役される人間にマナを流し込まなくてはならない。

 更に、操作対象に発動させることが出来る魔法は、自らの階級の1ランク下が精々だ。

 つまり、術を使用する人間がA ランクだった場合、傀儡に使用させることの出来る魔法は、Bランクが限度。

 いくらマナが流れ込むと言っても所詮は傀儡、自らと同じクオリティーで魔法を扱うことは出来ない。

 

 つまり、だ。昨日の刺客は、特A ランクの魔法陣を生成して見せた。

 仮に奴が、何者かに操作されていたのだとするならば、本丸はSランク以上の魔法使いだということになる。

 Sランク。魔法使いとしての最高位を指すその称号を持つ者は、エメリアに十数人しかいない。


 昨日の賊が王宮を囲むように張られた結界、更には城の周辺を警護していた騎士たちをどう突破したのか不思議だったが……なるほど、操られていたのなら納得がいく。

 内部の人間が都合の良い兵士を操り、昨日の事件を起こした。論理的矛盾はない。

 ……確かに、俺に容疑がかかるのも頷ける。


 だが、

「だとすれば、お前にも疑いがあるはずだ、ギルバルド……いや、そもそも俺を含む賢者全員が、容疑者なのではないか」

「その通りです、ジークフリード様。よくお判りで。流石、ゼロの大賢者」

「俺だけを呼び出した理由を教えろ、ギルバルド」



「まだわかりませんか、ジークフリード」

 


ギルバルドはこちらを振り返る。顔からは、表情が消えていた。

 氷のような冷たさに彩られた蒼い双眸が、俺を見据える。



「あなたは、嵌められたのですよ」



「……!」

「――ティルヴィング」

 瞬間、薄暗い地下室に強烈な光がほとばしった。

 ギルバルドの両手に現れる、どす黒いオーラを纏う長剣。

 

 マナによって具現化された、神器だ。高ランクの魔法使いは《神器》と呼ばれる固有魔装を顕現させることが出来る。

 

 神器とは、言うならばもう一人の自分。自分の内面、真の自分を反映している。

 神器の顕現は具現化魔法に分類されるが、一般的な具現化魔法が武器を創るに留まるのに対し、神器はそれに加え、持ち主の内面を深く反映させた特殊な能力を備えて、更にマナを最大効率で利用出来る。

 つまり、魔法使いが使用出来る最強の魔法こそが神器の顕現なのだ。

 

 ギルバルドは体勢を低くし、有無を言わせず俺に斬りかかる。

「……ぐっ……」

「おしい!」

 間一髪で避けた。切れ味の良い刃先が、頰にかする。

 そのまま俺は、バックステップで距離を取った。

「何の真似だギルバルド!」

「さっきも言ったでしょう……嵌められたのですよ……あなたは!」

 ギルバルドは一瞬で距離を詰める。下から突き上げるような斬撃が、俺を襲う。


 嵌められただと……まさか、昨日賊がレイアを襲った事件は、ギルバルドが裏で糸を引いていたのか。

 それも、はなから俺に罪をなすり付ける算段で。


「レーヴァテイン……ッ!」

 

 すんでの所で、俺も神器を召喚した。

 刀身に鋭い炎を纏う、レーヴァテイン。決して消えることのない揺るぎない炎を灯し、全てを燃やし尽くす破滅の剣。

 ティルヴィングを何とか受け止める。剣と剣がぶつかり合い、衝撃波が発生する。ズオンッと、地下204号室――別名、断罪の間――が激震した。


「真犯人はお前だったのか、ギルバルドッ!」

 ほくそ笑む、ギルバルド。無言の肯定だった。


「ジークフリード。あなたは常に、国を正しい方向へ導こうとする。そして導く力もある」

「……それの、何がいけない!」

「だから、邪魔なのです。あなたがいる以上、私はいつまでたっても、目的を果たすことができない」

「お前の……目的はなんだ!」


「あなたに言う義理はありません」


 斜め下から、ギルバルドが剣を振り上げる。応戦するように剣を合わせ、歯を食いしばる。

 互いに剣を押し付け合う。狂ったように目を見開くギルバルドの額に、汗が伝う。

「この状況でも……まだ、これほどの力が……流石はゼロの大賢者……ッ」

 ぶつかり合う剣の隙間から、ギルバルドを睨みつける。

 

 この部屋はどこかおかしい。さっきから、魔力の源であるマナを集めようにも、上手くいかない。

 ギルバルド相手に戦力が均衡しているのはそのためだ。敵は賢者の称号を持つ、S ランクの魔法使い。エメリアでは十本の指に入る凄腕だ。

 

 だが本来ならば、俺の相手ではない。


 俺には通常の魔法使いがいくら鍛錬を重ねたところで遠く及ばないような、特別な能力が備わっている。

 それが、いくらSランク相手とは言え、今は戦力が均衡している。煌々こうこうとレーヴァテインの刀身には、炎が宿っている。だが、それは本来の鋭さには遠く及ばない。


 ……やはり、この部屋は何かおかしい。

「……この部屋……何か細工がしてあるな!」

「ご……名答、この部屋は空気中のマナが極端に少なくなっています。よって、体内にマナを宿さぬあなたは、本物のゼロ――おかに上げられた魚も同然……!」

「……そういうことか……ッ!」


「ゼロの大賢者。体内にマナを宿さず、潜在的な魔力の量がゼロのまま、大賢者となったことからその二つ名がついた。魔法が使えない落ちこぼれだと勘違いされて、一時は奴隷にまで堕ちたと聞きます」

 

 嘲るように、ギルバルドは笑う。

「……よく知っているな」

「マナを持たぬあなたが、どうして大賢者にまでなることが出来たのか――答えは至極簡単。あなたは、体内のマナこそゼロ――しかし……!」

 目を見開き、剣を振り上げるギルバルド。密着していた二本の剣が、離される。

「あなたしか有していない、特殊な能力を持っている。それは、空気中に漂うマナを、自らのマナに変換し使用出来るということ――故に、潜在的な魔力は――無限……!」


 ギルバルドは残像を残しながら、電光石火の速さで剣を振り下ろす。


 俺は力を受け流すように、しなやかな動作でそれを受け止めた。

 互いの剣がぶつかり合い、まるで何かが爆発したかのような轟音

がはじけ飛ぶ。


 奴の額から、汗が飛び散る。この部屋に呼び出された当初は、あれほど余裕のあった奴の表情も、今や醜くゆがんでいる。

 またしても、剣を押し付け合う。ギルバルドが上で、俺が下。

 けれど、勝負は僅差ではあるが、俺に分があった。


「……はっきり言って……反則です! 普通、どんな優れた魔法使いであってもマナの量は有限です。体内から生成されるマナを使用している以上、それが道理。使える魔法にも、その威力にもリミットが存在する。しかし、あなたは違う。あなたはその圧倒的なマナの量で、下級魔法さえ、最強の魔法に変えてしまう。私を含め、他のS ランクの魔法使いであっても……正攻法では……まず勝てない!」


「お褒めの言葉と受け取るよ……!」

「しかし、特殊な空間であれば……別。この部屋は、マナが極端に薄くなっています。数か月前から……マナを餌に成長するゴーストを放しておいたのです。この部屋は地下、おまけに密閉されている。マナは、枯渇する――」

 ギルバルドは剣の隙間から、強がるようにニヤリと笑った。


「――はずだったんですがねえ……ふふ……ここまでして、まだこれほどの力を見せますかあなたは!」

「空気中のマナを完全に0にすることは不可能だ。今必死に、僅かに残るマナを……集めているところだッ!」

「私は……こう見えて……エメリアでは五本の指に入る魔法使いなのですがね……!」

「悪いな……無限の前に、十も百も関係ない!」

「老いぼれがあ……!」


 強がるように、ギルバルドは笑う。

 密着していた剣が、離される。光り輝く長剣を振りあげるギルバルド。

 その瞳には、隠せないほどの焦りが表れている。


「ジークフリードォォオオオ!」


 ギルバルドは叫び声を上げ、剣を振り下ろす。間違いない、奴の全身全霊を込めた一撃だ。

 僅かなマナをかき集め、刀身に集中させる。今出来る全てを、剣に込める。

 インパクトの瞬間、衝撃波と共に突風が発生し、互いの髪をきあげる。

 俺とギルバルドの全力が、ぶつかり合う。奴の瞳は、余裕なく見開かれていた。

 ティルヴィングに、ひびが入る。奴の剣が、割れていく。


 勝負は決まった。


 後は、時間の問題だ。

「……ぐおっ……」

「終わりだな」

 

 けれどギルバルドは、既に勝負が決したにもかかわらず、まるで勝利したかのような余裕で高らかに笑い始めた。


「……ふふふふ……ふふふふははははははははははははは􀊂」

 

 それは決して強がりではない、こちらを嘲弄するような笑い。

 崩れかけの剣を握りながら、ギルバルドは叫ぶ。

「私一人でも勝てると思っていましたが……流石はジークフリード……! そうでなくては面白くない!」


 同時に、まるで合図でもするように、ギルバルドは俺の背後に向かって流し目をする。


 奴につられ、俺も背後を振り返る。

「ッ……!」

 目の前に、女が見えた。白い面で顔を隠し、真っ直ぐに切り揃えられた金髪を揺らす、細身の女。そしてその後ろにも、同様の面を付けた二人の男。

 そのまま女は電光石火の早業で剣を振り上げ、俺に斬りかかる。


 ――仲間がいたのか。


「……ッ……!」

 レーヴァテインで応戦し、弾き返す。衝撃波が発生し、女は向こう側に吹き飛ばされ、俺も反動で後退あとずさりする。


「流石ジークフリード。素晴らしい反応速度!」

 まるで見物人のように、ギルバルドは手を叩いて笑う。

 そして女に後れを取ること数秒、男とおぼしき短髪の二人が、俺の方へと刃を向ける。

 片方の男は大剣を、もう片方は槍を両手に、俺を切り刻むべく襲い掛かる。


 ――敵は、ギルバルドを含め全部で四人。


「……本当は私一人で倒すつもりだったのですがね、まあ致し方ありません。念には念を入れて、正解でした」

「おのれ……っ!」


 槍はこちらを串刺しにせんと突進する。瞬きの猶予もない一撃が突き出される。

 先端からほとばしる雷光。さっきの女も二人の男も、手に持っている武器は間違いなく、神器。ギルバルドほどではないが、こいつら、ただ者ではない。


 ……だが。

「避けられぬほどではない!」

 極限までひきつけ、跳躍で避ける。そしてすぐさま、背後より振り下ろされる大剣。

 男の槍に片足を乗せ、身体を反転させる。背後より振り下ろされる大剣の軌道をすんでのところで見切り、レーヴァテインで応戦する。

 大剣が弾かれる。

 反動で、男は後ずさりした。

「ぐぬっ……!」

「遅い!」

 姿勢を低くし、体勢の崩れた俺を狙うべく、弾き返された女は再びこちらに迫り来る。

 弧を描くように、緑にきらめく剣を振る。

 肩まである金髪が揺れる。俺は倒れこむように身体を後ろに反らす。

 間一髪。剣先が腹にかすったが。

「単なる掠り傷だ!」

 追うように女は剣を振り下ろす。俺は後ろ足を踏ん張り、僅かなマナを刀身に集め、剣を両手で支え次の一撃に備えた。

「……ぐッ……!」

 発生する衝撃波。先ほども感じたが、さっきの二人に比べ、この女の斬撃は重い。恐らくは、A ランク以上の使い手。

 だが、それでもギルバルドよりは幾分軽い。マナを節約し意識を集中させれば、勝機はある!


「……いいのですか」


「……!」

 面の下で、澄み渡るような声が響く。聞き覚えのある、その声。

 現在、レイアを警護しているはずの、騎士団。


「……あなた、昨日の夜から、レイア様の姿をお見掛けしまして?」


「お前……まさか」

 幾多の記憶がフラッシュバックする。思い当たったのは、完全に想定外の人物。

 戴冠式で、国王の負傷を嘆き悲しんでいたはずのあの女。


 まさか、そんな。


 いや、だが。今の声。そして、身のこなし。剣の腕。膨大なマナ。

 やはり思い当たる人間は、あの女しかいない。



「裏切ったのか、カティア……!」


 

 鍔迫つばぜり合いの最中さなか、俺は半信半疑で問いかける。

 素顔は見えない。だがその時、薄気味悪い仮面の下に、よく見知った女の笑い顔が見えた。


「その驚いた顔、気味が悪くて素敵ですよ。大賢者様」


「カティア……ッ!」



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