第13話 真実

 暗がりの中に、老婆の藁を叩く音が響きました。

「ふん、本当に光戦の民を見つけてくるとはな……。あのばかスミアも、なかなかやるわい」

 老婆があきれたようにつぶやきました。

 積み上げられた藁束の上に、アルヴェは腰を下ろしました。

「あんたもあんたじゃい! あんな娘ッ子の言うことを鵜呑みにして、土鬼退治の片棒を担ごうとはな!」

 藁を叩く音が、いっそう大きく響きました。

「私も土鬼が憎いのだ。利害が一致しただけの話」

 顎を突き上げるようにして、老婆はアルヴェをじっと見つめました。

 老婆の懐には、サファイアが輝いているはずでした。

「まぁ……いいわな。それであんたは何が聞きたい?」

 藁を打つ音が止まりました。

 醜悪なだけの老婆に見えましたが、やはりスミアの祖母だけあって、孫のことを憎いわけではないようです。

「十二年前、我々はこのあたりに住む土鬼を皆殺しにした。しかし、スミアは生き残りがいて、この村を襲ったと言いはっている。そして私に、一緒に土鬼を狩ってほしいと言ってきた。だが、土鬼がこのあたりのどこにいるのか、本当にいるのか、私にはわからない」

 老婆は、鼻の穴を膨らめてふふんと笑いました。

「それはな、わしらがそう言って育てたからな。あの子を……。事実は、あんたにもあの子にも辛いぞ」

 アルヴェは眉をひそめました。

 やはり、スミアの知らないことが、十二年前に起きていたようです。

「真実を聞きたい」

 アルヴェは息を押し殺しました。


 老婆は立ち上がると、アルヴェの向かいに腰をおろしました。

「宝石をもらったから教えねばならんのう。驚くなよ……。あの子の両親を殺したのは、土鬼ではない」

 それは弟のシルヴァの意見と一致していました。彼は、村を襲ったのは盗賊か何かだと考えています。

「土鬼でなければ、なぜ彼女に土鬼に殺されたなどと……」

「あの子の記憶には、妹のゴアが土鬼どもにさらわれた記憶が鮮明だったからな。親も土鬼に殺されたことにしておいた。そのほうが何かと面倒なくてな」

 アルヴェは、再び眉をひそめました。

「ということは、土鬼どもが生き残ってこの村を襲ったのは事実なのか?」

「あぁ、事実だよ。でも、あんたらの攻撃の後なんかじゃないよ。奴らはわしらに報復するため、攻撃してきた」

「???」

 よくわかりませんでした。光戦の民の困惑した顔に、老婆は満足したらしく、にやりと微笑みました。

 そして醜悪な顔をアルヴェのすぐ目の前まで持ってきて、ささやきました。

「あんた、ジッタんところの瓦礫の山を見ただろう? あれはな、わしらが土鬼どもから盗んだ品々だ。わしらはな、昔から土鬼の言葉を理解し、土鬼を欺き、やつらの巣穴から金目の物を盗んで生計を立てていたのさ」

 老婆からは、土鬼にも似た生臭い臭いがして、アルヴェは顔を引きました。

 道理であれだけの土鬼の武器が山積みできたわけです。

 この村は、盗賊の村でした。しかも、土鬼の物を盗むということで、生き延びていたのです。

 古の戦いで使われた武器。土鬼たちが掘り起こしたのでしょう。中には光民の折れた剣すら混じっていたのです。磨き上げれば、かなりの価値があるものもありました。

 穴を掘るのに長けている土鬼たち。彼らが掘り集めたものを横からくすめとる。それがスミアたちの生き方だったのです。

 あの瓦礫の山を見て、少しは想像できていましたが、さすがにそれが真実となると、動揺しざるをえません。

 アルヴェは邪魔臭そうに髪をかきあげ、この村の醜悪さにため息を漏らしました。

「土鬼を殲滅したら、この村は困るのか? スミアはそれでは……」

「スミアはな、成長するにつれてその事実に気がつきはじめたようなんじゃ。仇だと思っている土鬼のおかげで生き延びているとは、思いたくはなかったんだろう。突然、光戦の民を探して土鬼に復讐する! とか、わけのわからんことを叫んで、家を飛び出してしまったんじゃ。困った娘だよ」

 アルヴェの脳裏に、アザミ川で小船に身を潜めていたスミアの姿が浮かびました。

「ばかで、のろまで、どうしようもない子じゃ。現実に目をそむけてどうする? そりゃな、わしらがあの子に嘘を言って育てたのも悪いがな」

 幼い子供を納得させるには、話は単純なほうが楽だったのです。大人が子供をかまう時間など、この村にはなかったのですから。

「だからと言って嘘を吹き込まなくても」

 眉をひそめたまま、アルヴェがつぶやきました。

 その言葉を聞きつけて、老婆の顔が引きつりました。

「……偉そうにいうな! あの子の両親を殺したのは、あんたら光戦の民のくせに」

「何だって?」

 あまりの言葉に驚いて、アルヴェはそむけていた顔を老婆に向けました。


 十二年前のことです。

 スミアの両親は、腕利きの盗賊でした。

 土鬼の巣穴に忍び込み、多くの金目のものを盗みまくり、村に豊かさを与えていました。しかし、その日は土鬼どもに見つかってしまい、他の仲間たちとともに土鬼の巣穴に監禁されてしまったのです。

 土鬼どもは怒り狂い、女子供を巣穴に残し、土鬼の戦士たちは村を襲撃したのです。

「その時、大勢の子供が連れ去られたよ。スミアの妹のゴアもそうだ。まぁ、それでも取引すれば、大人も子供も返してくれるはずだった。よくあることさ。わしらは土鬼たちとはもちつもたれつ。でもな……。奴らが帰ったところで、巣穴はもうなかった。光戦の民の戦士がやってきて、焼き払ってしまったからな」

「スミアの両親は……その時、土鬼の巣穴の中にいたと?」

「そうだ。あんたらが土鬼とともに焼いてしまったよ」


 アルヴェは、思わず手の平で顔を被いました。

 十二年前、丘の上でシルヴァとともに、燃え盛る炎を見ていたのは、確かに自分でした。

「嘘も言いたくなるだろう? まさか親が神の業火に焼かれて死んだとは言いにくいって」

 自分を慕うスミアの顔が、ちらつきました。純粋で真直ぐなハシバミ色の瞳。けなげに走ってゆく後ろ姿。

 それが、音を立てて崩れていくようでした。

「あの子は、自分の親の仇に、仇討ちを頼みにきてしまった……と?」

 アルヴェは、手で顔を覆い隠したまま、言葉を失ってしまいました。

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